東ティモールの言語状況

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2002年に独立した東ティモールの言語状況は、歴史的経緯から非常に複雑なものとなっている。ここでは、東ティモールで使われることの多い4つの言語について紹介する。なお、これ以外にも14~36の現地語が同国内では使われている。

  • テトゥン・ディリ語:東ティモール国内で広くリンガフランカとして用いられ、国民の7割ほどが話す[1]とされている。公用語の一つで、多くは、第2、第3言語としてこれを話すが、首都であるディリを中心に、これを第1言語とするものが増えてきており、東ティモール政府も辞書の編纂などでこの言語の整備に着手している[1]。だが語彙の多くを以下に述べるポルトガル語から借用している。
  • ポルトガル語:同国を1974年まで統治したポルトガルの言語で、公用語の一つ。もともと少数のエリート層の言語。インドネシア支配下では教育機関から排除され、教会等で用いられていたに過ぎず、ポルトガル語を解さない若い世代と言語的断絶を引き起こしている。人口の2%~5%が、ポルトガル語を話せるとされるが、これらは、ポルトガル統治時代に教育を受けた高齢者とポルトガル語圏に留学した人々に偏っている。なお、東ティモールはポルトガル語諸国共同体加盟国である。
  • インドネシア語:同国を1975年から1999年まで占領統治していたインドネシアの言語。テトゥン語と同じオーストロネシア語系であることやインドネシア統治下での教育の成果もあり、多くの国民がこの言語で意思疎通可能で、特に占領統治時に学生時代を過ごした世代はこの言語を主に話す[1]。独立後もテレビなどを通じ流入してくるため、影響を持っているとされる[1]
  • 英語:国際機関やNGO関係者の言語、事務用語。

各言語の問題点[編集]

しかしながら、どの言語をとっても一長一短がある。

  • テトゥンディリ語:東ティモール固有の言語であるテトゥン語を基礎とした構成語。語彙の多くは、ポルトガル語からの借用語である。というのも、政治用語・経済用語の語彙が少ないことが挙げられるためである[1]。また、書き言葉の発達が遅れている面もある[1]。科学用語や出版物の少なさを考えると、現段階では実用性は低いが、標準化、語彙創造が進められている。しかしながら、人口数から教科書を作成するにもコストがかかり過ぎる点が、国際協力機構東ティモール事務所所長の高田裕彦によって指摘されている[1]
  • ポルトガル語:旧宗主国の言語としての利用。ポルトガルやブラジルなどとの文化交流が容易になったり、これら諸国での出版物やテレビ放送などの利用が可能になるという利点があるが、ポルトガル語を解さない大多数の国民は不便を強いられる。東ティモールの周囲にはポルトガル語を用いる国はなく(あえて言えばマカオぐらい)、経済促進効果の期待は薄い。若年層からは再植民地化と解釈され、ポルトガル人教師の入室にあわせ、高校生が教室を出て行く運動が広まっている。しかし一方でポルトガル語を話さない国民も含め、ポルトガル語圏諸国に連帯感を持っている人も多いとされる。なお、政府は教育機関を通じ普及を図っている[1]が、前述のようにポルトガル語話者が少ない点[1]やボイコット問題がネックになっている。また、ポルトガル語が話せないため、研修のほとんどにポルトガル語の習得に充てられるというふうで、教えるという段階までに至っていない[1]。さらに法文書(法律)がポルトガル語で書かれているため、公務員が十分に理解できず、行政に支障が発生しているという弊害も起こっている[1]
  • インドネシア語:ティモール島の西半分や周囲の島々で日常的に使われているほか、マレーシアシンガポールブルネイで使われるマレー語ともほぼ同じであり、実用面からすれば最適の言語だが、かつて海外を拠点に独立運動を主導した現政権の指導層の間では抵抗感が強い。
  • 英語:あくまでも外国人との意思疎通のための言語であり、日常生活で使う言語ではない。

現在ポルトガルやブラジルからポルトガル語教師が多数同国に派遣され、小学校などで国語としてポルトガル語を教えている最中であり、人口の1/4ほどがポルトガル語を使うようになったとされるが、インドネシア時代の24年余りにわたるポルトガル語抑圧政策のため前途は多難であると言わざるを得ない。この問題が解決しない限り、今後の発展の足かせになる可能性もはらんでいる[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 2012年8月1日付中日新聞夕刊2面『デスクの眼 東ティモール 言語の混乱なお』より。