志筑忠雄

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志筑忠雄(しつき ただお、宝暦10年(1760年) - 文化3年7月3日1806年8月16日))は、江戸時代蘭学者長崎通詞

中野家に生まれ、志筑家の養子となる。通詞を辞職した後、中野柳圃と号し、蘭学天文学などの研究に励み、多くの弟子を育てた。ニュートンの万有引力説やコペルニクスの地動説を紹介した。

[編集] 訳著書