山田乙三

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山田 乙三
Yamada Otozo.jpg
生誕 1881年11月6日
日本の旗 日本 長野県
死没 1965年7月18日(満83歳没)
所属組織 日本陸軍
軍歴 1903 - 1945
最終階級 陸軍大将
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山田 乙三(やまだ おとぞう、1881年(明治14年)11月6日 - 1965年(昭和40年)7月18日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍大将

最後の関東軍総司令官としてソ連軍に降伏した。

経歴[編集]

成城学校(新宿区原町)を経て、陸軍士官学校14期生。同期に古荘幹郎西尾寿造宇佐美興屋らがいる。

陸軍大学校24期。同期に土肥原賢二飯田貞固牛島貞雄香月清司酒井鎬次谷寿夫柳川平助山岡重厚

終戦時、関東軍参謀長秦彦三郎や参謀副長松村知勝、作戦主任参謀草地貞吾らとともにソ連に抑留され10年以上経って日本へ帰国した。

年譜[編集]

伝記[編集]

  • 楳本捨三『将軍の四季 最後の関東軍総司令官山田乙三大将』(光人社、1983年) ISBN 4-7698-0211-0