菱刈隆

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菱刈隆

菱刈 隆(ひしかり たかし、1871年12月27日明治4年11月16日) - 1952年(昭和27年)7月31日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。幼名、幸吉。

経歴[編集]

薩摩藩士、菱刈八郎太の三男として生れる。成城学校を経て、1894年(明治27年)7月、陸軍士官学校(5期)を卒業。同年9月、陸軍少尉に任官し、日清戦争では歩兵第3連隊付として出征した。1902年(明治35年)11月、陸軍大学校(16期)を卒業。歩兵第26連隊中隊長、陸軍戸山学校教官、台湾総督府参謀を歴任。日露戦争では、第1軍参謀として出征した。

戸山学校教官、教育総監部課員、欧州出張、陸軍省軍務局課員、陸軍歩兵学校教官、歩兵第4連隊長、第2師団参謀長などを歴任。1918年(大正7年)7月、陸軍少将に進級し、歩兵第23旅団長、戸山学校長などを経て、1923年(大正12年)8月、陸軍中将に進級。由良要塞司令官第8師団長、第4師団長、台湾軍司令官などを歴任。1929年(昭和4年)8月、陸軍大将に進み、関東軍司令官、軍事参議官満州国大使などを歴任。1935年(昭和10年)8月、予備役に編入され、1941年(昭和16年)4月に退役した。

大日本忠霊顕彰会会長(忠霊塔を参照)、大日本剣道会会長も勤めた。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。

演じた人物[編集]