宮城遥拝
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宮城遥拝(きゅうじょうようはい)とは、日本、大東亜共栄圏において、皇居(宮城)の方向に向かって敬礼(遥拝)する行為である。遥拝する場所は、日本国内(内地)、外地、外国を問わず用いられている。皇居遥拝(こうきょようはい)とも言う。
天皇への忠誠を誓わせる運動の一つであり、君が代の斉唱、日の丸の掲揚、御真影への敬礼と共に、宮城遥拝も盛んに行われた。特に第二次世界大戦中には、天皇に忠誠を誓い、日本国民の戦意の高揚を図る目的で、宮城遥拝の動きは頂点に達した。
[編集] 日本基督教団
日本のプロテスタント教会では宮城遙拝が問題となった。日本のプロテスタント教会の多くは、日本基督教団に統合され、国家が教会を管理し、宮城遥拝が偶像礼拝ともされた。他方、これに宮城遙拝を実施しない教会は弾圧されることもあり、牧師や信徒が投獄されることもあった(ホーリネスの弾圧はこれとは違う次元で計画、実行され国家方針に不従順な教会に対する見せしめの傾向が強かった)。ところが、日本基督教団は皇室を宗家と仰ぐことを受け入れ、統理は伊勢神宮の参拝も行った。教会は特別高等警察に監視され、礼拝の中で君が代斉唱、国旗掲揚、宮城遥拝が行われた。この傾向は大都市より地方ほど厳しく、その地域教会を主管する牧師の思想によっても差が大きかった。戦後50年に当たる1995年には、明治学院が「明治学院の戦争責任・戦後責任の告白」、日本福音キリスト教会連合「第二次大戦における日本の教会の罪責に関する私たちの悔い改め」を発表するなどした。
[編集] 参考文献
- 『日本基督教団史資料集』日本基督教団宣教研究
- 『日本プロテスタント・キリスト教史』 土肥昭夫
- 『日本プロテスタント教会史』小野静雄 聖恵授産所出版部
- 『日本プロテスタント宣教史』中村敏 いのちのことば社