宗叡

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Dharma Wheel
密教
仏教
金剛乗仏教
時代・地域
初期 中期 後期
インド チベット 中国 日本
主な宗派(日本)
東密
※は、「真言宗各山会」加入
- 古義真言宗系 -
高野山真言宗
東寺真言宗
真言宗善通寺派
真言宗醍醐派
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真言宗泉涌寺派
真言宗山階派
信貴山真言宗
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- 新義真言宗系 -
真言宗智山派
真言宗豊山派
新義真言宗
真言宗室生寺派
- 真言律 -
真言律宗
台密
〈日本〉天台宗
信仰対象
如来 菩薩 明王
経典
大日経 金剛頂経
蘇悉地経 理趣経
思想 基本教義
即身成仏 三密 入我我入
曼荼羅 護摩
東密
古義 (広沢流 小野流) 新義
関連人物
東密
金剛薩埵 龍樹
龍智 金剛智 不空 恵果
空海
真言律
叡尊 忍性 信空
台密
最澄 順暁 円仁 円珍
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宗叡(しゅうえい・しゅえい、大同4年(809年) - 元慶8年3月26日884年4月29日))は、平安時代前期の真言宗。俗姓は小谷氏。京都の出身。読み方については「しゅうえい」とも「しゅえい」ともいう。入唐八家の(最澄空海常暁円行円仁恵運円珍宗叡)一人。

[編集] 略歴

14歳で比叡山に入り載鎮に師事して出家し、のちに興福寺義演から法相教学を、延暦寺義真から天台教学を、円珍から金剛界・胎蔵界両部を、実慧から真言密教を学び、禅林寺真紹から灌頂を受けた。862年貞観4年)真如法親王とともにへ渡った。五台山天台山を巡礼し、また汴州玄慶長安法全などに密教を学んで、865年(貞観7年)に帰国。869年(貞観11年)に権律師、879年(元慶3年)僧正に任じられ、東大寺別当・東寺二長者も歴任している。清和天皇の帰依を受け、天皇が出家する際にはその戒師も務めた。

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