灌頂

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Dharma Wheel
密教
仏教
金剛乗仏教
時代・地域
初期 中期 後期
インド チベット 中国 日本
主な宗派(日本)
東密
※は、「真言宗各山会」加入
- 古義真言宗系 -
高野山真言宗
東寺真言宗
真言宗善通寺派
真言宗醍醐派
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- 新義真言宗系 -
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新義真言宗
真言宗室生寺派
- 真言律 -
真言律宗
台密
〈日本〉天台宗
信仰対象
如来 菩薩 明王
経典
大日経 金剛頂経
蘇悉地経 理趣経
思想 基本教義
即身成仏 三密 入我我入
曼荼羅 護摩
東密
古義広沢流 小野流新義
関連人物
東密
金剛薩埵 龍樹
龍智 金剛智 不空 恵果
空海
真言律
叡尊 忍性 信空
台密
最澄 順暁 円仁 円珍
ウィキポータル 仏教

灌頂(かんじょう)とは、主に密教で行う、頭頂にを灌いで緒仏や曼荼羅と縁を結び、正しくは種々の戒律や資格を授けて正統な継承者とするための儀式のことをいう。

概要[編集]

元々は天竺といわれたインドで王の即位立太子での風習である。釈迦の誕生日を祝う祭りである灌仏会もこれの一例であったが、インド密教において複雑化した。いくつかの種類や目的の別があり、場合によって使い分けられる。

日本では、805年に日本天台宗の開祖である最澄が、高雄山神護寺で初めて灌頂を行ったといわれる。また、最澄は渡唐の際に龍興寺の順暁から「秘密灌頂」を受け、後年、真言宗の開祖である空海が伝来した金剛界・胎蔵界の両部の「結縁灌頂」も受けた。

種類[編集]

灌頂の種類は以下の通りとなる。ただし、現在の中国密教やチベット密教においては「結縁灌頂」と「受明灌頂」とに儀式上の違いは無く、チベット密教の「ジェナン」と呼ばれる形式のものを「許可灌頂」と訳す場合もあるが、授者が灌頂の種類と内容を理解し、儀式後に授かった戒律を守った上で、修法等を基本的に毎日行なうか否かという実践上の違いによって、結果的に「結縁灌頂」と「授明灌頂」の違いとなる。

  • 結縁灌頂(けちえん かんじょう)
    • 出家や在家、あるいはその対象を問わず、どの仏に守り本尊となってもらうかを決める儀式。投華得仏(とうけ とくぶつ)といい、目隠しをして曼荼羅の上に華(はな)を投げ、華の落ちた所の仏と縁を結ぶところから結縁灌頂の名がある。
    • 各曼荼羅には鬼神羅刹なども描かれるが、その場合でも、祀り方等や儀式を伝授される。空海は3度これを行い、3度とも大日如来の上に落ちたと伝えられる[1]
  • 受明灌頂(じゅみょう かんじょう)
    • 修行して密教を深く学ぼうとする人に対して行われる。仏と縁を結ぶ入門的な結縁灌頂と違い、弟子としての資格を得る灌頂なので、弟子灌頂ともいう。
    • また、密教を学ぶための資格である「十四根本堕」や、「八支粗罪戒」等の三昧耶戒を授かることから、現在の日本密教では「許可灌頂」(こか かんじょう)ともいう。
    • 中国密教やチベット密教では、この場合の灌頂には多くの種類がある。また、空海の著作『請来上表[2]によると、「受明灌頂」と「許可灌頂」は本来別々のものと見られる。
  • 許可灌頂ジェナン
  • 四灌頂
  • タントラの灌頂
  • 伝法灌頂(でんぼう かんじょう)
    • 金胎両部伝法灌頂ともいう。阿闍梨という指導者の位を授ける灌頂。日本では、鎌倉時代覚鑁十八道次第を先駆とし成立した四度加行(しど けぎょう)という密教の修行を終えた人のみが受けられる。ここで密教の奥義が伝授され、弟子を持つことを許される。また仏典だけに捉われず、口伝や仏意などを以って弟子を指導することができ、またさらには正式に一宗一派を開くことができるともいう。
    • 別名を「阿闍梨灌頂」、または「受職灌頂」ともいう。現在の中国密教やチベット密教の「伝法灌頂」は日本のものとは大きく異なり、チベット密教では主にタントラ経典の灌頂の際に「阿闍梨灌頂」を伴い、別尊立ての大灌頂の際にも「阿闍梨灌頂」を行なうことができる。
    • ただし、日本には「阿闍梨灌頂」はあっても、密教の阿闍梨が守り継承するべき徳目を挙げた戒律である「阿闍梨戒」が無い。それに対して、中国密教やチベット密教には今も「阿闍梨戒」が伝わっているところから、一説によると、「阿闍梨戒」は伝わっていないのではなく、現時点では「古密教」(こみっきょう:鑑真から「入唐八家」までの密教)の事相の大系や「出家戒」と同様に、鎌倉時代に失伝したのではないかと見られている。

また、日本では鎌倉時代から幕末にかけて天皇即位式には即位灌頂という行事が行われていた。灌頂を受けた者として、後鳥羽院後深草院の名が記録されている。

脚注[編集]

  1. ^ 東寺蔵、空海の『御請来目録』(国宝最澄筆写)による。
  2. ^ 『請来上表』は空海の『御請来目録』(国宝)の草稿本で、現在のところ空海の真筆と言われている。

参考文献[編集]

関連項目[編集]