孫元一 (軍人)

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孫 元一
Sohn Won Yil before1960.jpg
生誕 1909年5月5日
死没 1980年2月15日(満70歳没)
軍歴 大韓民国海軍
最終階級 中将
除隊後 国防部長官
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孫 元一
各種表記
ハングル 손원일
漢字 孫元一
発音: ソン・ウォンイル
ローマ字 Son Won-il、Sohn Won-yil
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孫 元一(ソン・ウォンイル、손원일1909年5月5日 - 1980年2月15日)は、韓国軍人外交官政治家。韓国海軍の父と呼ばれる。初代海軍参謀総長を務めた。後に潜水艦・孫元一の艦名となった。

人物[編集]

  • 1909年平安南道孫貞道韓国語版の長男として生まれる。
  • 三・一運動後、中国に渡り1930年に中国中央大学航海学科卒。中国海軍部外国留学試験に合格してドイツの練習船に乗船。ハンブルクのアメリカ汽船会社に勤務した。
  • 1933年から上海海岸警備船及び商船勤務。
  • 1935年、船長免許を取得。
  • 1945年、終戦後帰国。同年8月、海軍の母体となる海事隊を創設。11月、海事隊を海防兵団に発展。
  • 1946年1月、海軍兵学校(現海軍士官学校)を設立し、初代校長となる。同年6月、海防兵団は朝鮮沿岸警備隊に発展。朝鮮沿岸警備隊総司令官(中領)。
  • 1947年1月、大領に昇進。
  • 1948年8月、朝鮮沿岸警備隊から韓国海軍に改編されると、少将に昇進し、初代海軍参謀総長に就任。
  • 1949年、募金活動で12万ドルを集め、アメリカから戦闘艦4隻を購入。
  • 1951年、アメリカ海軍参謀総長の要請でアメリカの海軍省と海軍基地を視察。
  • 1952年、任中将。
  • 1953年6月、予備役編入、国防部長官。エリザベス女王戴冠式に参列。
  • 1954年、ワシントン韓米軍事経済会談代表。
  • 1955年、韓米軍事援助会談代表。
  • 1957年6月、駐西ドイツ公使。同年8月、駐西ドイツ大使。
  • 1963年7月、在野政党統合推進委員会委員新党(国民の党)発揮準備委員。同年8月、国民の党企画委員会委員。同年11月、第6代国会議員(国民の党)落選。
  • 1964年11月、民主党脱党。
  • 1966年8月、戦線視察とベトナム派遣軍の慰問のためベトナム訪問。同年10月、アジア民族反共連盟第12次総会代表。
  • 1967年民主共和党入党。反共連盟理事、韓国在郷軍人会顧問。
  • 1968年2月、郷土防衛諮問委員会委員。
  • 1970年、大韓潤滑油社長。
  • 1971年1月、反共連盟理事。同年8月、世界反共連盟総会出席。星友会顧問、国土統一顧問。
  • 1972年2月、韓国弘報協会会長。同年3月、反共連盟理事長。同年4月、世界勝共大会出席。同年8月、第6回世界反共連盟総会代表。
  • 1974年2月、韓国弘報協会会長に再任、反共連盟顧問。
  • 1976年、国際文化協会常任顧問。
  • 1980年、死去。享年70。

参考文献[編集]

参考[編集]

公職
先代:
申泰英
韓国の旗 大韓民国国防部長官
第5代:1953.6.30 - 1956.5.26
次代:
金用雨
外交職
先代:
-
韓国の旗西ドイツ大韓民国大使
初代:1958 - 1960
次代:
全奎弘
軍職
先代:
-
韓国の旗 大韓民国海軍兵学校校長
初代:1946.1.17 - 1946.3.15
次代:
金一秉
先代:
-
韓国の旗 大韓民国海軍参謀総長
初代:1948.9.5 - 1953.6.30
次代:
朴沃圭