名古屋鉄道鳴海工場

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鳴海工場(1987年)。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

鳴海工場(なるみこうじょう)は、かつて愛知県名古屋市緑区鳴海町柳長にあった、名古屋鉄道車両基地である。名古屋本線鳴海駅に隣接していた。

広さは用地が27,713m²。建物が6,379m²[1]。併設して、鳴海検車区が存在した。

概要[編集]

  • 1928年(昭和3年)、愛知電気鉄道の鳴海車庫として開設。名古屋鉄道鳴海車庫となった後の1940年(昭和15年)に鳴海工場となる。西部(旧・名岐鉄道)の新川工場と、東部(旧・愛知電気鉄道)の鳴海工場が名鉄の車両基地の中心であった。
  • 広さは約21,086m²。22両留置可能であった。1938年(昭和13年)には隣接して日本車輌製造鳴海工場(現・日本車輌製造鳴海製作所)が開設されたこともあり、かつては列車検査のみならず、車両の製造や改造なども行っていたが、1954年(昭和29年)からは定期検査専門工場となり、閉鎖前は定期修繕と日常点検が中心であった。
  • 1954年(昭和29年)の改組と同時に「タクト・システム」と呼ばれる作業工程が導入された。これは工場内の作業を同時にこなし、一定時間の経過とともに一斉に次の作業へと移る方法で、指揮者(タクト)の指示に従って次節へと移る楽団を模してこう呼ばれた。タクト・システムでは車種に関わらず同一時間で作業をこなす必要があるため、同方式を車両工場に採用する例は少なく、採用当時は業界から注目を浴びた。
  • 鳴海駅周辺高架化のため、1997年(平成9年)に閉鎖される。車両改造などの工場機能は舞木定期検査場(現・舞木検査場)へ、検車区の機能は豊明検車区に引き継がれた。

脚注[編集]

  1. ^ 『名古屋鉄道社史』 名古屋鉄道、名古屋鉄道、1961年、704頁。ASIN B000JAMKU4

参考文献[編集]

  • 水野鈴一「名古屋鉄道車両工場の概要」、『鉄道ピクトリアル』第246巻、電気車研究会、1971年1月
  • 油原誠「車両工場・検車区の概要」、『鉄道ピクトリアル』第473巻、電気車研究会、1986年12月

関連項目[編集]