全ウクライナ連合「祖国」

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ウクライナの旗 ウクライナの政党
全ウクライナ連合「祖国」
ВО «Батьківщина».png
総裁 ユーリヤ・ティモシェンコ
成立年月日 1999年
本部所在地 キエフ
最高議会議席数
101 / 450   (22%)
(2012年11月11日)
党員・党友数
60万
政治的思想・立場 保守主義
中道右派
ポピュリズム
欧州統合主義
親米
反露
公式サイト 全ウクライナ連合「祖国」
シンボル 赤・白
欧州人民党との協力
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全ウクライナ連合「祖国」(ぜんウクライナれんごう そこく、ウクライナ語: Всеукраїнське об'єднання «Батьківщина»)は、ウクライナ自由主義政党1999年に創立。総裁はユーリヤ・ティモシェンコ。反露・親欧米派の路線をとっている。ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロックの中枢[1]

党首のユーリヤ・ティモシェンコ 2014年
第15代ウクライナ首相となったアルセニー・ヤツェニュク
大統領代行となったオレクサンドル・トゥルチノフ

構成[編集]

以下の5つの政党が合併してできた。

政策[編集]

ポピュリズム保守主義とされる。連合を組む人民ルフ党は元々反ユダヤ主義の民族主義極右政党であり、極右政党の全ウクライナ連合「自由」(スヴォボーダ)党首であるオレーフ・チャフニボークが所属していた。そのようなことから、反露的な立場を持ち、ウクライナ・ナショナリズムの影響から、ロシア語の第二公用語化には反対している。2012年の選挙時にNATO加盟には言及はしていなかったが、2014年8月にはNATO加盟路線を表明した[2]

政権[編集]

党首のユーリヤ・ティモシェンコが第10代(2005年1月24日~2005年9月8日)、第13代(2007年12月18~2010年3月4日)の首相を務めた。また、2014年に起きた政変後にアルセニー・ヤツェニュクが第15代(2014年2月27日~)首相を務め、4年ぶりに首相の座を奪還している。同時にオレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行に就任している。しかし、2014年9月10日に党首のティモシェンコとの対立からヤツェニュク、トゥルチノフが離党して新党、人民戦線党を結成した[3]

選挙[編集]

2002年から2007年までの最高会議選挙には、政党連合ユーリヤ・ティモシェンコ選挙ブロックの一員として参加した。

軍隊[編集]

2014年にウクライナ軍とは別の党が組織した独自の親衛隊のような軍隊キロヴォフラード州に拠点に結成し、ウクライナ東部での内戦へ参加し、分離独立派への軍事攻撃を行っている。

脚注[編集]

リンク[編集]