全ウクライナ連合「祖国」
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| 全ウクライナ連合「祖国」 | |
|---|---|
| 成立年月日 | 1999年 |
| 本部所在地 | キエフ |
| 最高議会議席数 |
(22%)
101 / 450
|
| 党員・党友数 |
60万
|
| 政治的思想・立場 | 社会自由主義・社会民主主義 |
| 公式サイト | 全ウクライナ連合「祖国」 |
| シンボル | 赤・白 |
| 欧州人民党との協力 | |
全ウクライナ連合「祖国」(ウクライナ語: Всеукраїнське об'єднання «Батьківщина»)は、ウクライナの自由主義の政党。1999年に創立。総裁はユーリヤ・ティモシェンコ。親欧米派の路線をとっている。ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロックの中枢[1]。
選挙[編集]
2002年から2007年までの最高会議選挙には、政党連合ユーリヤ・ティモシェンコ選挙ブロックの一員として参加した。
- 2002年ウクライナ最高議会選挙:ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロックという政党連合の一員として当選した。7.24 %の支持率を得て、22の議席を獲得した。野党に入った。
- 2004年ウクライナ大統領選挙:ヴィクトル・ユシチェンコを支持し、オレンジ革命に関わった。ユシチェンコの当選した後、ティモシェンコはウクライナの首相に任命され、ティモシェンコ内閣を形成した。副総裁のオレクサンドル・トゥルチーノウはウクライナ保安庁の庁長となった。
- 2006年ウクライナ最高議会選挙:ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロックという政党連合の一員として当選した。22.29 % の支持率を得て、129の議席を獲得した。野党に入った。
- 2007年ウクライナ最高議会選挙:ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロックという政党連合の一員として当選した。30.71 % の支持率を得て、156の議席を獲得した。与党に入り、ティモシェンコは再び首相任命され、内閣を組織した。
- 2010年ウクライナ大統領選挙:ティモシェンコを支持した、落選。その後、ティモシェンコ系の議員の数十人が地域党に寝返った。
- 2012年ウクライナ最高議会選挙:全ウクライナ連合「自由」と連携。101議席を獲得した[2]。ティモシェンコが収監中であるために、臨時総裁はアルセニー・ヤツェニュークが務めた。
脚注[編集]
- ^ 全ウクライナ連合「祖国」の公式サイト
- ^ “ウクライナ議会選、与党が第1党の座を守る”. 読売新聞. (2012年11月12日) 2012年11月13日閲覧。
リンク[編集]
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