丸石サイクル
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒342-0042 埼玉県吉川市中野311-1 |
| 設立 | 1972年(昭和47年)3月16日 |
| 業種 | 製造業 |
| 事業内容 | 自転車および同部品・健康機器・車椅子・介護機器等関連商品の製造販売ならびに輸出入貿易業 倉庫業 損害保険代理業 情報処理・情報提供サービス 映像、音楽、出版に関する著作権・著作隣接権・商標権・意匠権・特許権の取得・譲渡・使用許諾及び管理 |
| 代表者 | 代表取締役社長 荒井通好 (2009年4月10日就任) |
| 資本金 | 1億円 |
| 従業員数 | 50名(2008年9月現在) |
| 主要株主 | 天津富士達電動車有限公司 100% |
| 外部リンク | http://www.maruishi-cycle.com/ |
株式会社丸石サイクル(Maruishi Cycle Ltd. )は、埼玉県に本社を置く企業。自転車および部品の製造・輸入を中心に様々な事業を展開している。
目次 |
[編集] 概説
[編集] 石川商会
- 1894年(明治27年) - 石川賢治、貿易商石川商会創業。絹織物、段通などを輸出入する。後に自転車・オートバイ等の輸入も手がける。
- 1900年(明治33年) - 横浜本店を新築。
- 1903年(明治36年) - 横浜のボーン商会が輸入した「ミッチェル」とよぶ米国製乾電池装置付オートバイ2台を販売した。
- 1906年(明治39年) - トライアンフ製オートバイを輸入販売。
- 1909年(明治42年) - 社主の急病により会社解散。
[編集] 丸石商会/丸石自転車
- 1909年(明治42年) - 石川商会の業務を継承する形で社員たちにより丸石商会が創業された。
- 1910年(明治43年) - 本店を旧石川商店本館に移す。英国製自転車トライアンフの不正コピー警告の広告を掲載。
- 1918年(大正7年) - 株式会社丸石商会として設立。
- 1933年(昭和8年) - 国益チエン株式会社を宮田(現在の宮田工業)、新家(現在の新家工業)、丸石の出資により設立。(後の大同工業)
- 2004年(平成16年)6月1日 - 丸石自転車株式会社が株式移転を実施し、持株会社の丸石ホールディングス株式会社を設立、同時に上場。しかしその矢先、当時の社長が行った架空増資が発覚し前社長が架空増資の際に行った電磁的公正証書原本不実記録の疑いで逮捕。
[編集] 丸石サイクル(旧)
その後製造子会社であった「滋賀丸石自転車工業株式会社」が、(株)プライムシステム(現サンライズ・テクノロジー)の出資を得て旧丸石から自転車事業を譲り受け、本社を首都圏に移転し、社名を「株式会社丸石サイクル」(旧)に変更。
- 1973年(昭和48年)12月3日 - 滋賀丸石自転車工業として設立。
- 2004年(平成16年)9月1日 - 滋賀丸石自転車工業株式会社が、丸石自転車株式会社から、自転車事業を事業譲受。
- 9月13日 - 丸石自転車株式会社の製造子会社だった滋賀丸石自転車工業株式会社の株式86%を、ロータス投資事業組合が株式会社プライムシステム(現サンライズ・テクノロジー)に譲渡。
- 2005年(平成17年)9月1日 - 滋賀丸石自転車工業株式会社が、株式会社丸石サイクル(旧)に商号変更。
[編集] 丸石サイクル(新)
2006年中国の自転車メーカーである「天津富士達電動車有限公司」が、株式会社丸石サイクル(旧)の関連会社である福島丸石自転車工業を買収。株式会社丸石サイクル(旧)が、福島丸石自転車工業株式会社に自転車事業を営業譲渡した上で、同社は社名を「株式会社丸石サイクル」(新)と改めた[1]。従って、現在の「株式会社丸石サイクル」は、法人格としては旧福島丸石自転車工業を継承したものとなっている。
なお、自転車事業を譲渡した後の株式会社丸石サイクル(旧。元滋賀丸石自転車工業)は、その後社名を「株式会社ペンタくん」と改め[2]、当時ロータス投資事業組合傘下となっていたペイントハウスが保有する塗装事業を譲り受けている。
- 事業所 本社、東北営業所、西日本営業所、九州営業所
[編集] 国産ランドナーの牙城
丸石サイクルは、古き良き時代の面影を今に伝える国産ランドナー「エンペラー」シリーズを製造し続けていることで名高い。
[編集] 脚注
- ^ http://www.sr-t.co.jp/whats/pdf/200610202.pdf (PDF)[リンク切れ]
- ^ http://www.sr-t.co.jp/whats/pdf/200611011.pdf (PDF)[リンク切れ]