上原清吉

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フィリピン時代の上原清吉(35歳)
フィリピン時代の上原清吉(35歳)

上原 清吉(うえはら せいきち、1904年3月24日 - 2004年4月3日)は、本部朝勇の高弟の一人であり、本部御殿手古武術の第12代宗家。

目次

[編集] 経歴

[編集] 生い立ち

上原清吉は、明治37年(1904年)、上原蒲戸の五男として、沖縄県島尻郡小禄村(現・那覇市小禄)に生まれた。上原家は農業と味噌・醤油の醸造を生業とする比較的裕福な家庭であったが、上原清吉が小学生の頃、兄の事業の失敗で一家は一転苦しい生活に追い込まれた。これが原因で、上原清吉も進学を断念して、家業を手伝うことになった。

武歴

大正5年(1916年)、上原清吉は本部朝勇の道場に入門した。本部朝勇は、本部御殿(ウドゥン)と呼ばれた旧琉球王族であり、弟には当時沖縄最強の唐手(現・空手)家として知られていた本部朝基をもつ著名な武術家であった。上原は本部朝勇から本部御殿に伝わる体術、取手術、武器術、馬術などを学んだ。

大正12年(1924年)、上原は首里城南殿で開催された演武大会に本部朝勇とともに参加した。翌年の大正13年(1925年)にも、那覇の大正劇場で開催された唐手大演武大会に、師とともに参加した。この演武大会は、総勢40名が参加し、祖堅方範喜屋武朝徳ら当時の大家も出演した大規模なものであった[1]

大正15年(1926年)、上原は兄を頼ってフィリピン南部の大都市ダバオへ移住した。当時、ダバオには多数の日本人入植者がいた。昭和3年(1928年)、上原はフィリピンで開催された昭和天皇御大典記念演武大会に、沖縄県代表の三名のうちの一人として参加した。また、同年、ダバオに道場を開設し、太平洋戦争が始まる昭和16年(1941年)まで、当地で唐手、琉球古武術を指導した。昭和16年、上原は戦争開始によって、フィリピンで軍属として徴用され参戦した。

戦後、上原は復員し、昭和22年(1947年)には、沖縄県に帰郷した。数年の間は従軍時の戦争体験で実際に武術の技や刀で乱戦を切り抜けた経験をしたため、型の稽古や武器を持った時に戦争とはいえ人を殺した感触の嫌悪感を思い出してしまう事情で武術を教授することなく過ごす(占領下の沖縄で、乱暴行為をする米兵を、やむを得ず御殿手の技で制したと云う逸話が残っている)。やがて昭和26年(1951年)、宜野湾市に道場を開設。昭和36年(1961年)、上原は自身の流派を本部流と命名し、本部流古武術協会を設立した。また、同年6月、比嘉清徳(武芸館)、祖堅方範(少林流松村正統)、島袋善良(少林流聖武館)、兼島信助(渡山流)らとともに、沖縄古武道協会(後、全沖縄空手古武道連合会)を結成した[2]。また、同年11月、第一回沖縄古武道発表大会に出演した。昭和45年(1970年)、上原は本部御殿手古武術協会を設立した。

[編集] 晩年

昭和57年(1982年)、上原は全沖縄空手古武道連合会の会長に就任した。昭和59年(1984年)、勲六等単光旭日章を受章、昭和60年(1985年)には、日本古武道協会より古武道功労者表彰を受賞した。平成16年(2004年)4月3日、上原清吉は老衰のため死去した。享年101。本部御殿手は、本部朝基の子息で本部流宗家・本部朝正が継承して、再び本部家に戻った。

非常に温厚で人当たりの良い性格のため、様々な空手家、武術家から尊敬を受けており高い技術力と相俟って、沖縄武術界では高い評価を受けていた。その一つのエピソードとして、作家の菊地秀行が「沖縄古武術の大家」に取材しようとした時、菊池の少林寺拳法の師であった伊藤昇に誰が良いか相談したところ、上原清吉の名前を出されたという。実力について菊池が「誰からも文句の出ない人がいいのですが」と聞いたところ伊藤は「絶対に出ませんよ」と保証した。取材に来る武術雑誌の記者と記念写真を撮る時も、肩を並べ手を繋いだり肩を組んだりとフレンドリーで気さくな人柄であった。

また弟子に対する気遣いも深く、ある武術大会で武術師範が弟子と演武をして弟子を打ったり蹴ったりして血まみれになる光景を見て気分を害し「稽古で弟子に怪我を負わせる先生と言うのは、自ら指導する力量が無いことを表してるようなものだ。」と語った。御殿手の稽古も大変厳しいが、それでもなお稽古で重大な怪我人を出してないのは弟子たちを遥かに凌駕する実力の持ち主であったからなのである。

なお、上原清吉が八光流柔術の講習を受けた記録があることから、本部御殿手の取手術は八光流の影響を受けているのではないかと主張する研究者がいたが、本部御殿手側の資料提供により、この説を唱えた研究家が雑誌上で謝罪するなどして、この説は否定された[3]

[編集] 脚注

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  1. ^ 『空手道歴史年表』38頁参照。
  2. ^ 同上54頁。
  3. ^ 『JKFan』2006年5月号参照。

[編集] 関連記事

[編集] 著作

  • 上原清吉『武の舞 琉球王家秘伝武術「本部御殿手」』BABジャパン出版局 ISBN 4894221845

[編集] 参考文献

  • 池田守利『琉球王家秘伝武術・本部御殿手の科学的研究』壮神社 ISBN 4915906477
  • 上地完英監修『精説・沖縄空手道』上地流空手道協会
  • 外間哲弘『空手道歴史年表』沖縄図書センター ISBN 4896148894
  • 月刊『秘伝』2004年7月号 BABジャパン

[編集] 外部リンク