ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦
| ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦 | |
|---|---|
| 艦級概観 | |
| 艦種 | 戦艦 |
| 艦名 | |
| 前級 | カイオ・ドゥイリオ級戦艦 |
| 次級 | |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 基準 41,177 トン、満載 45,963 トン |
| 全長 | 224.5 - 237.8 m |
| 全幅 | 32.43 m、32.9 m |
| 吃水 | 10.44 m(常用荷重時) |
| 機関 | ヤーロー缶8基、4軸推進、140,000 hp |
| 最大速力 | 31.50ノット (58 km/h)(公試時) 29ノット (54 km/h)(常用荷重) |
| 航続距離 | 3,920海里/20ノット (37 km/h)時 |
| 乗員 | 1,920名 |
| 兵装 | 50口径38.1cm砲3連装3基9門 55口径15.2cm砲3連装4基12門 50口径9cm砲単装12基12門 54口径37mm高射機関砲連装10基20門 65口径2cm機銃単装20基20門 |
| 装甲 | |
| 搭載機 | 3 |
ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦 (Classe Vittorio Veneto) あるいはリットリオ級戦艦 (Classe Littorio) は、イタリア海軍の戦艦。 前期2隻はワシントン海軍軍縮条約における代艦建造規定に基づき、後期2隻は純然たる増強分として建造された。
本級は1930年代にフランス海軍のダンケルク級戦艦、リシュリュー級戦艦への対抗として開発され、1940年から就役を開始した。その建造はムッソリーニの考える新ローマ帝国による地中海支配の一環であった。
[編集] 設計
本級は主要海軍国で建造した近代型戦艦の嚆矢で、基本的にはカヴール級の拡大改良型である。リットリオ、ヴィットリオ・ヴェネトに続いて建造されたローマ、インペロは前2隻の実績を取り入れて設計が一部改められており、資料によってはローマ級とするものもある。当時新造戦艦の基準排水量は35,000tに抑えられており、本級も当初はこの排水量で計画されたが、結果的には41,000t強となった(公称は35,000t)。主砲は38.1cmと控えめだが50口径、高初速とし、威力は40.6cm砲に劣らなかったという。また艦尾の3番砲塔がかなり高い位置にあるのは、射撃時に艦尾にある搭載水偵を損傷しない為であった。
主機出力は速力30ktを発揮する為に140,000馬力の4軸推進となったが、一箇所の被弾で推進力を失わないように、缶室を挟んで前機室(外舷機室)、後機室(内舷機室)を設けている。舷側の水線下防御は、改装後のカヴール級と同様に、艦内舷側に水中爆発の衝撃を吸収する(というよりかえって衝撃を増幅する欠点がある)大きな円筒を設けたプリエーゼ方式である。ただし、水線部装甲は対38cm徹甲弾防御として250mmの中間区画をおいて外側70mm被帽破壊用硬化鋼、内側280mmのKC甲鉄、計350mmの装甲を11度傾斜して装備している。艦首は造波抵抗を軽減するために球状艦首を採用した。しかし、これについては航行時に振動が発生してよくないとされ、竣工後に艦の長さを1.5m延長している。
バランスの取れた兵装と高速航行できる性能から、本級は第二次世界大戦の戦艦ではビスマルク級戦艦やリシュリュー級戦艦と並ぶヨーロッパきっての名艦となるはずだったが、燃料不足や上層部の戦意不足により消極的な運用に終始した結果、さしたる活躍もせずに降伏を迎えて終わった。1943年には連合軍の空襲によって損傷を受け、さらにローマはドイツ軍からも攻撃を受け、フリッツXの攻撃によって爆沈してしまった。
更に設計段階で活動範囲が地中海方面限定に近い形になったため、他の列強の戦艦類に比べて航続距離が短く、4000海里以下であった。イタリア降伏後に連合軍では本級の高速能力を活かした空母部隊護衛も考えられたが、航続距離が短いため(日本の大和型戦艦でさえ、7200海里)に不適とされたように、航続距離の短さが本級の価値を落としていることも否めないとされている。
この使い勝手の悪さ、および平時維持費の高さがネックとなり、本級は旧式のカイオ・ドゥイリオ級よりも先に廃艦となり、あるいは賠償艦として連合国に引き渡されてしまった。
[編集] 外部リンク
- Littorio class - Plancia di Comando
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