レイ・ホートン

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レイ・ホートン Football pictogram.svg
Ray Houghton 1995.jpg
名前
本名 レイモンド・ジェームズ・ホートン
ラテン文字 Raymond James Houghton
基本情報
国籍 アイルランドの旗 アイルランド
生年月日 1962年1月9日(52歳)
出身地 スコットランドの旗グラスゴー
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1979-1982
1982-1985
1985-1987
1987-1992
1992-1995
1995-1997
1997-1999
1999-2000
イングランドの旗ウェストハム
イングランドの旗フラム
イングランドの旗オックスフォード
イングランドの旗リヴァプール
イングランドの旗アストン・ヴィラ
イングランドの旗クリスタル・パレス
イングランドの旗レディングFC
イングランドの旗スティブネイジ・ボロ
001 00(0)
129 0(16)
083 0(10)
153 0(28)
095 00(6)
073 00(7)
043 00(1)
003 00(0)
代表歴
1986-1997 アイルランドの旗 アイルランド 73 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

レイ・ホートン(Ray Houghton 、1962年1月9日 - )は、アイルランドの元サッカー選手。ポジションはMF(攻撃的MF)。

経歴[編集]

ホートンは1962年1月9日にスコットランドグラスゴーアイルランド系の家庭に生まれた。クラブレベルではウェストハム・ユナイテッドFCで選手経歴を開始し、1987年にリヴァプールFCへ移籍すると、フットボールリーグ優勝2回(1988年、1990年)FAカップ優勝2回(1989年、1992年)に貢献するなど多くの成功を収めた。

アイルランド系の出身であることからアイルランド代表への招集を受け、1986年3月26日のウェールズ戦で代表デビューを飾った(試合は1-0でアイルランドの勝利)。なお、この試合はジャッキー・チャールトン監督就任最初の試合でもあった。

チャールトンの指導の下でUEFA欧州選手権1988予選を突破し、1988年夏に西ドイツで開催された本大会に出場。1次リーグ初戦、シュトゥットガルトで行われたイングランド戦では、開始6分にヘディングシュートを決め1-0の勝利に貢献[1]。第3戦で、この大会を制するオランダに敗れたが、この大会に旋風を起こした[2]

FIFAワールドカップにおいても、1990年のFIFAワールドカップ・イタリア大会ではベスト8進出、1994年のFIFAワールドカップ・アメリカ大会ではベスト16進出に貢献した。

特にアメリカ大会1次リーグ初戦、ニューヨークで行われたイタリア戦では、前半11分にフランコ・バレージのクリアボールを拾いミドルシュートを決める活躍を見せ、1-0の勝利に貢献した[3]。その後、1997年秋に行われたFIFAワールドカップ・フランス大会予選プレーオフ、ベルギー戦で同国が敗退すると、この年を最後に代表から退いた。ホートンは国際Aマッチ73試合に出場し6得点を記録した。

2000年に引退後は、サッカー解説者としてアイルランド放送協会BスカイBのテレビ番組に出演。またアイルランドサッカー協会(FAI)のアンバサダーを務めている。

脚注[編集]

外部リンク[編集]