ヤマハ・モーター・レーシング

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ヤマハ・モーター・レーシング
2010年 カタールGP
2011年
チーム名
ヤマハ・ファクトリー・レーシング
本拠地 イタリアの旗 イタリア・Gerno di Lesmo
代表 ダビデ・ブリービオ
ライダー 1 ホルヘ・ロレンソ
11 ベン・スピーズ
マシン ヤマハ・YZR-M1
タイヤ ブリヂストン
ライダーズ
チャンピオン
5回
2004年 バレンティーノ・ロッシ
2005年 バレンティーノ・ロッシ
2008年 バレンティーノ・ロッシ
2009年 バレンティーノ・ロッシ
2010年 ホルヘ・ロレンソ

ヤマハ・モーター・レーシング ( Yamaha Motor Racing S.r.l. ) はロードレース世界選手権のMotoGPクラスでワークス・チームを運営するヤマハの子会社[1]2011年シーズンはヤマハ・ファクトリー・レーシングの名前で参戦する。

チームの経歴[編集]

1998年シーズンまで "チーム・レイニー" として2年間ワークスサポートを受け500ccクラスに参戦していたウェイン・レイニーが監督業を引退・チームを解散したことに伴い、新たなワークス・チーム運営のために1999年に設立された[2]。当初チームの本拠地はオランダに置かれたが、2002年イタリアに移転する。

初年度の1999年から2002年までは、マックス・ビアッジカルロス・チェカをライダーにシリーズを戦った。当初はYZR500、2002年はYZR-M1を駆ったビアッジは、在籍中に通算9勝を挙げた。

2003年には、ビアッジに代わりマルコ・メランドリがチェカのチームメイトとなる。この年チームは勝利も表彰台も得ることが出来なかった。

2004年はメランドリに代わりバレンティーノ・ロッシが加入すると、シーズン9勝を挙げMotoGPクラス初チャンピオンをチームにもたらす。

2005年にはロッシのチームメイトにコーリン・エドワーズが加入。この年もロッシはシーズン11勝という圧倒的な強さでチャンピオンシップを連覇する。

2006年は両ライダーともチームに残留する。ロッシは5勝・シリーズ2位でシーズンを終えた。

2007年もライダーに変更はなく、新しい800cc仕様のYZR-M1でシーズンを戦った。ロッシはシーズン4勝・シリーズ3位に終わった。

エドワーズに代わりルーキーのホルヘ・ロレンソが加入した2008年シーズン、チームはユニークな体制を取ることになった。ロッシ車がブリヂストンタイヤ、ロレンソ車がミシュランタイヤを履くため、互いのタイヤメーカーの機密保持のため、2人は壁で隔てられた別々のピットを使用することになった。しかしエントリー上は単一の "フィアット・ヤマハ" としてチームタイトルを目指すかたちとなった。ロッシは18戦中9勝、残り9戦のうち7戦で表彰台を獲得する圧倒的な強さでチャンピオンに返り咲く。一方のロレンソもルーキーとは思えないほどの活躍を見せ、第3戦エストリルで早くも初優勝を収めた。

2009年シーズンはライダーのラインナップに変更はなかった。MotoGPクラスのタイヤ供給体制がブリヂストンのワンメイクに変わり、チーム分断の必要はなくなったが、前年の体制がうまくいったことから引き続き「壁」を設置することになった。ロッシとロレンソは激しいタイトル争いを展開したが、最終的にはロッシが競り勝って2年連続チャンピオンを獲得、ロレンソはシリーズ2位となった。

2010年もロッシ・ロレンソの体制を維持して臨んだ。ロレンソが18戦中9勝を遂げ、圧倒的な強さで初のチャンピオンを獲得、チームとコンストラクター部門合わせての3冠タイトル3連覇を達成した。ロッシは第4戦イタリアGP脛骨開放骨折の重傷を負い4レースを欠場、復帰後も開幕前に負った肩の怪我に苦しみ、シーズン2勝でシリーズ3位に留まった。ロッシの欠場中、第7戦カタルニアGPにのみ開発ライダーの吉川和多留が代役参戦した。

2011年シーズンは7年間在籍したロッシがドゥカティワークスに移り、後釜としてベン・スピーズがチームに加入する[3]。ロレンソは3勝を挙げたがシリーズ2位にとどまり、スピーズは第7戦オランダGPで初優勝しシリーズ5位となった。なおシーズン終盤にケガをしたロレンソの代役として中須賀克行が第17・18戦に参戦し第18戦バレンシアGPで6位入賞した。

2012年シーズンもロレンソ、スピーズのコンビで継続。このシーズンロレンソはシーズン5勝と優勝回数こそホンダのペドロサに劣るも (ポールポジション4回、リタイヤ2回はペドロサと同数)それ以外は全て2位という安定してポイントを稼ぎ王者奪還に成功した。 (ちなみにペドロサは優勝以外は2位、3位4回、4位1回だった) 一方スピーズは前年から一転最高が4位2回、未勝利という苦しいシーズンとなりランキング10位に終わった。 なお最終戦ではスピーズに代わり前年と同じく中須賀が参戦。予選16番手から2位表彰台を獲得した。

2013年シリーズは移籍したスピーズに代わり3年ぶりにロッシが復帰。ロレンソとコンビを組む。 開幕戦カタールグランプリではロレンソ、ロッシが1-2フィニッシュを決める。ロッシはこの2位入賞で表彰台獲得回数177とし 史上最多記録を更新した。

メインスポンサーとマシンカラーリングの変遷[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]