ミラ・ショーン

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ミラ・ショーンMila Schön、本名:マリア・カルメン・ヌストリツィオ・ショーンMaria Carmen Nutrizio Schon)、1916年 - 2008年9月5日)はユーゴスラビア生まれのファッション・デザイナーである。

経歴[編集]

ミラ・ショーンはイタリアのファッションで最も尊重された名前のうちのひとつで、その高度なスタイルと正確な仕立職は有名である。

当時オーストリア=ハンガリー帝国領だったダルマチア地方の古都トラウ(現トロギル)出身。両親は裕福なクロアチア出身の貴族であったが、第一次世界大戦後にオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し、ユーゴスラビア王国が樹立したのをきっかけに、家族でイタリア領になったトリエステに移住した。そして18歳で兄と共にジェノヴァに転居した。生年月日は非公表、1916年生まれと1918年生まれの文献がある。

最初、ショーンはバレンシアガクリスチャン・ディオールの顧客であったが、彼らの服を着用するうちにファッションに対しての愛情と興味を持ちはじめた。その後、裕福なミラノの貴金属商だった夫の宝石ビジネスの失敗で離婚をしたことで、一度も職を持った経験は無かったが自立をしなければならなくなったのと、また本人も金銭的にパリのオートクチュールの洋服を買えない経済状態になったので、それならば自分で同じような服を作ればよいという結論に達し、洋裁店を立ち上げファッション業界に身を投じることになった。ということで最初の頃はパリのオートクチュールのデザインを模倣しつつも、それと同等の品質の洋服を、より安い価格で提供することに重点が置かれていた。

  • 1950年代からディオールやバレンシアガの顧客としてオートクチュールに親しむ。
  • 1958年にイタリア(ミラノ)洋裁店を設立。
  • 1965年にフィレンツェ(Palazzo Pitti)で初めてのオートクチュールコレクションを開催する。
  • 1971年メンズライン、ミラショーンウォーモを発表
  • 1969年1972年、イタリアの航空会社、アリタリア航空のユニフォームをデザイン
  • 1992年バルセロナオリンピック、イタリアのサッカーナショナルチームのユニフォームをデザイン
  • 2002年9月からのミラショーンブランドの若手デザイナーマーク・ヘルムート2003年ミラノ春夏コレクションから発表される。
  • 2004年9月のファッションウィーク、2005年春夏コレクションはショーン自身のデザインによるもので発表された。

ショーンは、ミラショーンブランドと共に一緒に仕事をした3人のデザイナーチーム(Citron, Myler and Piaggi)と共に85歳でショーのフィナーレ最前列に立った。

現在ではミラショーンブランドはマニエラ・ブラーニに所有されているが、その後もデザインの監督をしていた。

香水[編集]

  • 1981年 Mila Schon (Woman)
  • 1986年 Mila Schon Uomo (Woman)
  • 1990年 Haute Couture (Woman)
  • 1997年 Schon (Woman)
  • 1990's Y-10 Avenue (Woman)
  • 2005年 Mila Schon (Woman) relaunched

賞歴[編集]

  • 1967年 アメリカ、ファッションオスカー受賞
  • 1986年 ミラノ、「リコノセンザ賞」を受賞
  • 1986年 イタリア、「ソレマーレ賞」を受賞「ジ オネール」
  • 1990年 パリの「ザ ベスト」を受賞
  • 1991年 ウォーターマン賞ファッション部門

外部リンク[編集]