マックス・エーワ

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マックス・エーワ (1945)

マックス・エーワMax Euwe, 1901年5月20日 - 1981年11月26日)は、オランダ数学者チェスプレイヤーである。本名はマッヒーリス・エーヴェ(Machgielis Euwe, [ø:və])であり、マクヒリス・エーワ、姓はエーウェエイヴェとの日本語表記もある。彼の本職は数学の研究だが、チェスの世界チャンピオンになったことによりチェスプレーヤーとして大きな業績を残した。

アムステルダム近郊のヴァーテルフラーフスメールWatergraafsmeer)出身。4歳の時に母にチェスを教えてもらい、10歳の時から大会に出場した。1921年ウィーンの国際大会で2位となり、オランダの国内チャンピオンとなった。1935年当時の世界チャンピオンアレクサンドル・アレヒンに挑戦し彼を破り世界チャンピオンとなったが、2年後のリターンマッチではアレヒンに敗れチャンピオンの座を失った。1948年アレヒンの死後空位となった世界チャンピオンの座をめぐり、ミハイル・ボトヴィニクワシリー・スミスロフパウリ・ケレスサミュエル・ハーマン・レシェフスキーと5人で新チャンピオン決定戦が行われたが、最下位に甘んじた。その後国際チェス連盟の会長に就任。

エーワは世界チャンピオンの中ではもちろん、グランドマスターの中でも数少ないアマチュアで通したことで知られている。公認会計士、航空パイロットハーグ大学数学部長、NATOコンピュータ部長と数多くの資格、肩書き及び数学の博士号を持ち、学生時代は水泳ボクシングの選手としても活躍した。