ヘンリー・ミラー

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ヘンリー・ミラー、1940年

ヘンリー・ヴァレンタイン・ミラーHenry Valentine Miller, 1891年12月26日 - 1980年6月7日)は、アメリカ合衆国小説家

来歴・人物[編集]

ニューヨーク州ニューヨークマンハッタン区にカトリックドイツ系アメリカ人の家で生まれる。父親は仕立て職人。ブルックリンウィリアムズバーグで育つ。ニューヨーク市立大学シティカレッジ中退。

1931年シカゴ・トリビューンでの仕事を得る。職業を転々としたのち、ヨーロッパを放浪。1934年、自伝的小説『北回帰線』をパリにて発表。しかし本国アメリカでは、その奔放な性表現により発禁になる(1964年、連邦最高裁にて「猥褻文書ではない」とする判決が下された)。

現在ミラーの書類はカリフォルニア大学ロサンゼルス校に保存されている。 著作集が各10巻で、1960年代に新潮社、21世紀に入り水声社(2008年12月現在7冊まで)刊行。

女性たち[編集]

女性遍歴が豊富なことでも知られている。結婚は5回している。最後の妻だったホキ徳田は、本人からは8人目の妻と聞いていたという[1]

中でも2番目の妻、ジューン・ミラーは作家としてのヘンリー・ミラーにもっとも影響を与えた女性で、パリ時代に夫婦ともに交流のあったアナイス・ニンの日記をもとに、映画『ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女』も作られている。ジューンはブコビナ生まれ、ニューヨーク育ちのルーマニア人で、ジプシーの出と言われている。ミラーと知り合ったときはタクシー・ダンサー(ダンスホールに常駐して、一曲ごとに金をもらって男性客のダンスの相手をする女性)だった。1924年に結婚し、1934年に離婚。

ホキ徳田との結婚は、ミラーが75歳の1967年で、50歳近い年齢差があったことから、遺産目当てと目されて欧米では批判的な記事が踊った。あるパーティで徳田を見染めたミラーは、ロスの日本料理店でピアノを弾いていた徳田のもとに通い詰めた[2]。膨大な数の熱烈なラブレターを徳田に送り続けたが、徳田自身は、単に日本女性を自分の恋愛コレクションに加えたいだけのようだったとインタビューに答えている[3]。徳田の滞在ビザが切れそうになったのをきっかけに、寝室は別にすることと友人の同居を条件に、徳田が結婚を承諾[1]。3年で別居したが、離婚したのは1978年である。300通にのぼるミラーからのラブレターは、当初徳田がミラーに興味がなかったことと英語の問題で未開封のものもあったが、のちに本としてまとめたられた[3]。手紙の実物は徳田の生活費のために売却された[4]

作品[編集]

  • 北回帰線 (1934年/Tropic of Cancer)
    • 大久保康雄訳、新潮社 1953 のち文庫 
    • 本田康典訳、水声社、ヘンリー・ミラー・コレクション 2004 
  • 南回帰線 (1939年/Tropic of Capricorn)
    • 大久保康雄訳、河出書房新社、1966 のち新潮文庫  
    • 清水康雄訳(完訳)角川文庫 1971
    • 河野一郎訳、講談社 1971 のち文庫、文芸文庫 
    • 幾野宏訳 集英社、1989(ギャラリー世界の文学) 
    • 松田憲次郎訳 水声社、ヘンリー・ミラー・コレクション 2004 
  • 薔薇色の十字架1 セクサス (1949年/Sexus)
    • 木屋太郎訳 ロゴス社、1953
    • 大久保康雄訳、新潮社、1954 のち文庫
    • 谷口徹訳 高風館、1955   
  • 薔薇色の十字架2 プレクサス (1953年/Plexus )
    • 大久保康雄訳、新潮社、1966(全集)
    • 武舎るみ訳、水声社、ヘンリー・ミラー・コレクション 2010
  • 愛と笑いの夜 (1955年/Nights of Love and Laughter)
    • 吉行淳之介訳、河出書房、1968 のち角川文庫、福武文庫  
  • 薔薇色の十字架3 ネクサス (1960年/Nexus)
    • 河野一郎訳 講談社、1965 
    • 大久保康雄訳、新潮社、1967(全集) 
  • 梯子の下の微笑 (1948年/The Smile at the Foot of the Ladder)
    • 大久保康雄訳、新潮社、1954 
  • 宇宙的な眼 (1939年/The Cosmological Eye)
  • マルーシの巨像 (1941年/The Colossus of Maroussi)
    • 幾野宏訳 新潮社、1966(全集)
    • 金澤智訳 水声社∥ヘンリー・ミラー・コレクション 2004
  • 冷房装置の悪夢 (1945年/The Air-Conditioned Nightmare)
    • 大久保康雄訳、新潮社、1954 
  • 追憶への追憶 (1947年/Remember to Remember)
  • わが読書 (1952年/The Books in My Life)
    • 田中西二郎訳 新潮社、1960  
    • 迷宮の作家たち 木村公一訳 水声社∥ヘンリー・ミラー・コレクション 2006 
  • 性の世界(1940年/The World of Sex)
    • 吉田健一訳 新潮社、1953
    • 菅原聖喜訳 水声社、ヘンリー・ミラー・コレクション 2008
  • ビッグ・サーとヒエロニムス・ボッシュのオレンジ(1957年/Big Sur and the Orange of Hieronymous Bosch)
    • 田中西二郎訳、新潮社、1971(全集)
  • 暗い春 吉田健一訳 人文書院、1953 のち福武文庫
    • 黒い春 山崎勉訳 水声社∥ヘンリー・ミラー・コレクション 2004
  • ランボオ論 小西茂也訳 新潮社、1955 
  • ローレンス論(宮本陽吉訳) ヘンリー・ミラー全集 第12 新潮社 1967
  • 「クリシーの静かな日々」 大久保康雄訳、筒井正明訳、新潮社、1971(ヘンリー・ミラー全集 6)
     他は梯子の下の微笑・マリナンのマーラ・蜂鳥のごとくじっと立て
    • 静かな日の情事(世界セクシー文学全集 第10)村上啓夫訳 新流社 1961
       改題 「クリシーの静かな日々」 二見書房 1968
    • クリシーの静かな日々 小林美智代・田澤晴海・飛田茂雄訳、水声社∥ヘンリー・ミラー・コレクション 2004
  • わが生涯の日々 河野一郎訳  講談社 1971
  • 北回帰線からの手紙 ガンサー・スタールマン編 中田耕治深田甫訳 晶文社 1972
  • 描くことは再び愛すること 飛田茂雄訳 竹内書店 1972
  • ミラー、ダレル往復書簡集 ロレンス・ダレル中川敏田崎研三訳 筑摩書房 1973
  • 不眠症あるいは飛び跳ねる悪魔 吉行淳之介訳 読売新聞社 1975
  • わが青春のともだち 田村隆一北村太郎訳 徳間書店 1976
  • わが愛わが彷徨 村上香住子訳 創林社 1979
  • ヘンリー・ミラー絵の世界 久保貞次郎,荒地かおる編 叢文社 1980
  • ロレンスの世界 熱烈な評価 大谷正義訳 北星堂書店 1982
  • ヘンリー・ミラーのラブレター ホキ・徳田への愛と憎しみの記録 江森陽弘訳、講談社、1982 
  • 画家ヘンリー・ミラー 好きなように描いて幸せに死ね 富士川義之訳 福武書店 1983
  • オプス・ピストルム '30年代パリの性的自画像 田村隆一訳 富士見ロマン文庫 1984
  • 絵画の魔術師ヘンリー・ミラー 久保貞次郎・野坂昭如編 講談社 1990
  • モロク 山形浩生訳 大栄出版 1994
  • クレイジー・コック 谷村志穂訳 幻冬舎 1997
  • 母、中国、そして世界の果て 生田文夫訳 エディション・イレーヌ 2004
  • 回想するヘンリー・ミラー トゥインカ・スィーボード編 本田康典・小林美智代・泉澤みゆき訳 水声社 2005
  • ヘンリーからアナイスへ 小林美智代訳 鳥影社 2005
  • 銅版画 散文詩 ロジャー・ジャクソン編 中島登訳 パンセ・ライブラリー 2007

脚注[編集]

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  1. ^ a b ヘンリー・ミラーとの笑える結婚ウラ話zakzak, 2012.06.29
  2. ^ ホキ徳田とヘンリー・ミラーの恋物語安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」2012-09-25
  3. ^ a b A story only Henry Miller could love|by John M. Glionna, Los Angeles Times, February 22, 2011
  4. ^ ヘンリー・ミラーはホキ徳田に300通のラブレターを書いた 安倍寧ブログ2012-09-26

関連項目[編集]

外部リンク[編集]