ブリストル (軽巡洋艦)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注 | |
| 起工 | 1909年3月 |
| 進水 | 1910年2月23日 |
| 就役 | 1910年12月 |
| 退役 | |
| その後 | 1921年5月9日にスクラップとして売却 |
| 除籍 | |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 4,800トン |
| 全長 | 453 ft |
| 全幅 | 47 ft |
| 吃水 | 15.5 ft |
| 機関 | ブラウン=カーチス蒸気タービン、4軸推進、 ヤーロウ缶12基、22,000hp |
| 最大速 | 25ノット (46 km/h) |
| 乗員 | 411名 |
| 兵装 | 6インチ砲2門、 4インチ砲10門、 3インチ砲1門、 3ポンド砲4門、 機銃4基、 18インチ魚雷発射管2門 |
ブリストル (HMS Bristol) は、イギリス海軍の防護巡洋艦。ブリストル級防護巡洋艦の1隻。艦名はブリストルに因む。その名を持つ艦としては5隻目。
目次 |
艦歴 [編集]
ブリストルは1909年3月にジョン・ブラウン社のクライドバンク造船所で起工し、1910年2月23日に進水した。
1914年に第一次世界大戦が勃発したとき、ブリストルは西インド諸島で活動中であった。ブリストルはカナダ巡洋艦ナイオビの船団護衛を支援するよう命じられて北上したが、その途中の8月6日にイギリス巡洋艦サフォークがドイツ巡洋艦カールスルーエに遭遇[1]。ブリストルはその北に位置していたため、北へ逃走しサフォークを振り切ったカールスルーエと同日の日没後に遭遇した[2]。両艦は砲戦を行ったが共に命中弾は得られず、カールスルーエは南東へ逃走[3]。ブリストルは追跡したがカールスルーエを見失った[3]。ブリストルは第一次世界大戦で戦闘活動を行った最初のイギリス艦艇であった[要出典]。
1914年12月初めにブリストルはマクシミリアン・フォン・シュペー提督率いる艦隊とコロネル沖海戦で戦った。12月8日にスタンリーで燃料を補給していたため、フォークランド沖海戦では本隊との合流に2時間遅れることとなった。その代わりに2隻の給炭艦に攻撃を行っている。
その後ブリストルは地中海で活動し、1916年にはイタリア軍指揮下のアドリア艦隊に加わり、1917年7月のオトラント海峡海戦ではオーストリア=ハンガリー帝国海軍の巡洋艦と交戦した。終戦時には南アメリカの沖合で活動していた。
ブリストルは1921年5月9日にコーンウォール州ヘイルのウォード社にスクラップとして売却された。
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
- Keith Yates, Graf Spee's Raiders: Challenge to the Royal Navy, 1914-1915, Naval Institute Press, 1995, ISBN 1-55750-977-8
外部リンク [編集]
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