ブィドゴシュチュ

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ブィドゴシュチュ (Bydgoszcz)
ブィドゴシュチュの市旗 ブィドゴシュチュの市章
位置
POL Bydgoszcz map.svg
情報
: クヤヴィ=ポモージェ県
緯度: 北緯 53°7'
経度: 東経 18°0'
標高: 60m
面積: 175  km²
人口
 - 合計
 - 人口密度

364,953 人
2,085.4   人/km²
郵便番号: 85-001 ~ 85-915
市外局番: 48 52
市長: Rafał Bruski
公式サイト: 市公式ウェブサイト
街の風景
街を走るトラム

ブィドゴシュチュBydgoszcz)は、ポーランドの都市。かつてはブィドゴシュチュ県、現在はクヤヴィ=ポモージェ県の県都。ビドゴシチ、ビドゴシュチュ、ビドゴシュチなどとも表記される。ドイツ語ではブロンベルクBromberg)。人口は36万8千人。

地勢・産業[編集]

ヴィスワ川支流のブルダ川沿いに位置している。また、ブィドゴシュチュ運河の東端に位置しており、内陸都市だが水運の拠点として重要な役割を果たす。機械工業なども盛ん。近隣の都市としては、約150キロ北のグダニスク、100キロ南西のポズナン、40キロ東のトルンなどが挙げられる。

歴史[編集]

1238年、史料上最初の街についての記載がみられた。1346年、ピャスト朝カジミエシュ大王によって都市特権が認められた。14世紀末に成立したヤギェウォ朝のもとで、ポーランドはバルト海へ進出していった。その結果、バルト海沿岸との交流が深まり、街の商業発展に寄与した。

1772年、第1次ポーランド分割によってプロイセン領となった。まもなく、ヴィドゴシュチュ運河が開通して西部と水運で結ばれた。19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトがプロイセンにイエナ・アウエルシュタットの戦いで勝利し、ティルジット条約が締結された。この条約によってワルシャワ公国が成立し、ブィドゴシュチュも公国の統治下におかれた。第一次世界大戦でドイツが敗北し、ブィドゴシュチュはポーランドの支配へと戻った。

姉妹都市[編集]

スポーツ[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]