ハワード・ロバーツ

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ハワード・ロバーツ(Howard Roberts、1929年10月2日 - 1992年7月28日)は、アメリカジャズギターリスト。セッション・ギターリストとして、長くキャリアを積む一方、優れた教育者でもあった。

略歴[編集]

アリゾナ州フェニックス生まれ。8歳のときにギターを弾き始め、15歳ですでにプロとして、地域の舞台に立つ。

1950年、彼はロサンゼルスに移り、ジャック・マーシャル(Jack Marshall)の支援で、ボビー・トループチコ・ハミルトンバーニー・ケッセルなど、著名なウエストコーストのミュージシャンとプレーすることとなった。

1956年頃、ボビー・トループがソロ・ミュージシャンとしてヴァーヴ・レコードにサインした。これと同時期に、ハワードもソロとして活動することを決め、数多くのセッションに参加。その後、こうした活動は、1970年代前半まで続いた。

1959年、ロバーツはSFテレビドラマ「トワイライト・ゾーン」の演奏を担当し、リズムギター、リードギター、バス、およびマンドリンを演奏した。

ロバーツがバックとして共演したミュージシャンは、ジョージ・オウルド(Georgie Auld)、ペギー・リー(Peggy Lee)、エディ・コクラン(Eddie Cochran)、チェット・アトキンス(Chet Atkins)などである。

1960年代後半からは、レコーディング活動よりも教育に力を入れた。彼は、ギターセミナーを主催して全国を駆け回りながら、いくつかの教則本を著し、また数年間にわたり、Guitar Player Magazine 誌に即興演奏についてのコラムを執筆。77年にはギター学校(Guitar Institute of Technology; ミュージシャンズ・インスティチュートの前身)を設立した。

1992年、死去。妻のパティもアクティブな音楽教育者であるが、彼の死後は彼女が活動を継続している。

ディスコグラフィ[編集]

リーダー作[編集]

  • Good Pickin's (1959)
  • Color Him Funky (1963)
  • H.R. Is A Dirty Guitar Player (1963)
  • Something's Cookin' (1965)
  • Goodies (1965)
  • Antelope Freeway (1971)
  • The Real Howard Roberts (1977)

バック[編集]

  • Cool Hand Luke (1967), score by Lalo Schifrin
  • Bullitt (1968), score by Lalo Schifrin
  • Release of An Oath (1968), produced by David Axelrod