エディ・コクラン

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エドワード・レイ・コクランEdward Ray Cochran, 1938年10月3日 - 1960年4月17日)は、アメリカロカビリー奏者。ロックンロール草創期に活躍した大スターの一人。通称はエディ・コクランEddie Cochran)。

代表曲は「サマータイム・ブルース」「カモン・エヴリバディ」など。特に「サマータイム・ブルース」は、ザ・フーRCサクセションなどがカヴァーした事でも有名。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第84位、2011年の改訂版では削除された。

略歴[編集]

ミネソタ州のアルバート・リアという小さな町に誕生。1955年、ハンク・コクラン(血縁関係なし、後にカントリー・ミュージックの作詞作曲者となる)と「コクラン・ブラザーズ」というデュオを組むと同時に、セッション・ミュージシャンとしても活動を始める。

その後ソロになりメジャーレーベルのリバティレコードと契約。1956年には、映画「女はそれを我慢できない」に出演し、作中で「トゥエンティ・フライト・ロック」を演奏する。さらに1957年に発表したジョン・D・ルーダーミルクが書いたシングル「シッティン・イン・ザ・バルコニー」が最初がヒットとなる。そして、彼の代表曲(マネージャーのジェリー・ケイプハートとの共作)「サマータイム・ブルーズ」が1958年6月11日に発売されると、9月にはビルボードの8位まで上昇する。その後も「カモン・エヴリバディ」「サムシン・エルス」「マイ・ウェイ」「スリー・ステップス・トゥ・ヘヴン」などのヒットを連発する。

しかしイギリスツアーの最中の1960年4月16日、婚約者でソングライターのシャロン・シーリー、歌手のジーン・ヴィンセントと同乗したタクシーが街灯に衝突して大破した。コクランらは病院に搬送され、同乗者2人は助かったものの、コクランは翌日死亡した。21歳であった。

死後、コクランと交流のあったものの1959年に飛行機事故で死去したバディ・ホリーリッチー・ヴァレンスビッグ・ボッパーへの追悼のために制作された「スリー・スターズ」が発売された。1987年にはロックの殿堂入りを果たした。

主なカヴァー・ヴァージョン[編集]

ディスコグラフィ[編集]

LIBERTY正規アルバム[編集]

  • singin' to my baby (1959)
  • MEMORIAL ALBUM (1960)
  • CHERISHED MEMORIES (1962)
  • MY WAY (1964)
  • ON THE AIR (1972)