ドゥブロヴニク (駆逐艦)

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1941年に撮影された
「ドゥブロニク」
艦歴
発注 ヤーロー社造船所
起工 1930年6月10日
進水 1931年10月12日
就役 1932年5月
退役
その後
除籍
前級
次級 ベオグラード級
性能諸元
排水量 常備:1,880トン
満載:2,800トン
全長 113.0m
水線長 -m
全幅 10.66m
吃水 3.22m
機関 形式不明重油専焼水管缶3基
+パーソンズギヤード・タービン2基2軸推進
最大出力 42,000hp
最大速力 37.0ノット
航続距離 13ノット/6,600海里
燃料 重油:-トン
乗員 200名
兵装 竣工時:シュコダ 14cm(56口径)単装速射砲4基
8.4cm(-口径)単装高角砲2基
4cm(39口径)単装機関砲6基
53.3cm三連装魚雷発射管2基
機雷40発

ドゥブロヴニク (JRM Dubrovnik)はユーゴスラビア海軍嚮導駆逐艦

外観[編集]

本級の船体形状はクリッパー型艦首から艦首甲板の乾舷部のみ高い短船首楼型船体を採用している。全く傾斜のない艦首甲板に「14cm(56口径)速射砲」を防盾の付いた単装砲架で、1・2番主砲を背負い式で2基、上部見張り所に測距儀を載せた箱型艦橋の両脇には船橋が付く。艦橋の背後に簡素な単脚檣、その後方の二本の煙突の間には艦載艇置き場となっており、2本1組のボート・ダビッドを片舷2組の計4組により運用される。2番煙突の背後の中央部甲板上に53.3cm四連装魚雷発射管が探照灯台を境にして直列に2基を配置していた。その後に小型の三脚式の後檣、後ろ向きに3・4番主砲が後向きに背負い式配置で2基の順である。

艦歴[編集]

1929年8月4日にヤーロー社へ発注され、1930年6月10日起工。1931年10月12日進水。1932年5月就役。1941年4月17日にコルトでイタリアに接収されブレムダという艦名で1942年1月に就役。さらにイタリア降伏により1943年9月8日にドイツ軍の手に渡りTA32となった。TA32は1945年4月にジェノヴァで自沈している。

関連項目[編集]

参考図書[編集]

  • 「世界の艦船増刊第20集 第2次大戦のイタリア軍艦」(海人社)

外部リンク[編集]