テレフォンクラブ

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テレクラ から転送)
テレクラ店舗の一例
テレクラ店舗の一例

テレフォンクラブとは、電話を介して女性との会話を斡旋する店。会話次第では女性と会う約束もでき、出会い、ナンパが可能になる。通称テレクラ1985年風俗営業法改正後に注目され、流行した業態。全国で最初に登場した店は1985年小林伴実により開業された新宿「アトリエキーホール」、もしくは同年秋に同じ新宿に開業した「東京12チャンネル」と諸説ある。現在はパソコンや携帯のインターネットの出会い系サイトが普及し衰退している。

目次

[編集] システム

  • 男性は店に行って時間ごとの料金を払い、狭い個室の中で電話がかかってくるのを待つ。
  • 女性は自宅や公衆電話から店に電話をかける。女性用ダイヤルは0120の無料電話である。一般女性がテレクラの番号を知るのは雑誌広告や街頭で配布されるティッシュである。
  • 男性は利用時間の途中で約束した女性と会うために外出できる。その日のうちならば再入店し、残り時間も引き続き利用できる。

店によって、店員が順番に客に女性からの電話を回すシステム(取次ぎ)と、早く受話器を上げた客が電話をとることが出来るシステム(早取り)の大きく二つに分けられる。現在では取次ぎシステムがほとんどだが、早取りシステムの場合は男性客の側に技術が求められる。尚、東京都など一部の自治体では条例により「早取り」形式は禁止されている。

店によってはSM回線、3P回線を設置してあるところもある。

[編集] サクラ

店舗によっては、一般女性の電話が少ないことから、店が雇った女性(サクラ)を使って、一定時間客相手に話をさせる場合がある。現在ではサクラを使った営業が非常に多い。特に新規参入で知名度の低いテレクラ業者のほとんどがサクラを使って営業している(ただし業者によってはサクラを使わないというポリシーを持つところがいくつかある)。 サクラに対する給料は時給ではなく通話時間で計算される。当然、女性側の顔が見えないのでルックスには関係なく従事することができるが、ある程度長く通話させるだけの話術は求められる。とは言え、それほど給料は高くなく、時間がある主婦や女子学生の小遣い稼ぎ程度の仕事と言える。


[編集] 歴史

朝日新聞1986年4月3日夕刊(東京版)に「テレホンクラブ」(テレクラ)の記事が掲載されており、内容はテレクラで男性客とデートをしていた家出中の女子高生が補導されたというものである。同記事によれば、テレクラは1985年秋頃から新宿・渋谷などに急増し、この頃までに100軒ほどあったという。

1990年代初頭には、一般の女性も多数参加し、同様の店が全国各地に広がり、流行していた。女性は無料であるため、女子中高生がいたずらでかける場合も多数あった。始めはいたずらでかけているつもりでも、度々かけているうちに相手に興味を持ったり、金銭を提示されたりして、実際に会ってみる気になることは十分ありうることであった。女子中高生の援助交際が問題になると、テレクラがその温床ではないかとの批判が強まった。

宮台真司は多摩地域のテレクラの状況を調査して、近年の若者の状況を社会学的に考察した(『制服少女たちの選択』1994年)。テレクラは1980-90年代の日本独特な出会いの文化として位置づけられる。

1999年改正の風俗営業法に規定されて年齢確認や営業地域が限定されるなど規制が強化され、2000年以降は一時衰退傾向が見られた。その代わりにインターネットの普及から、出会い系サイトが流行りだした。2002年には風俗営業法の改正に伴い、テレクラの利用者(男性・女性は問わない)全てに対し18歳以上であることを示す身分確認を求めることが義務付けられたことからさらに利用者が減少し、多くのテレクラが廃業した。だが、現在もテレクラは各地に存在していて、男女の出会いの場を提供している。

出会い系サイトでは基本的にメールや電子掲示板(BBS)への書き込みによって相手とやり取りするため、実際に会うまで相手の性格等を把握しづらいのに対し、テレクラでは直接相手の声を聞くことができるため相手の性格等を把握しやすいというメリットもある。

[編集] テレコミ

テレクラやパーティーラインツーショットダイヤル等、電話を介したコミュニケーションの総称を「テレコミ」と表現する事がある。 テレクラの発案は、1983年大流行した公衆電話から時刻電話117や天気電話177をダイヤルした際に発生する混線通話と言われている--岡崎芳弥発案>

[編集] 関連項目

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