ゾフィー・ドロテア・フォン・ハノーファー

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ゾフィー・ドロテア
Sophie Dorothea
プロイセン王妃
Queen Sophie Dorothea of Prussia.jpg
出生 1687年3月16日
カレンベルク侯領ハノーファー
死去 1757年6月28日(満70歳没)
Flag of Prussia 1892-1918.svg プロイセン王国 ベルリンモンビジュー宮殿
配偶者 フリードリヒ・ヴィルヘルム1世
子女 一覧参照
父親 ゲオルク・ルートヴィヒ(ジョージ1世)
母親 ゾフィー・ドロテア
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ゾフィー・ドロテア・フォン・ハノーファー(Sophie Dorothea von Hannover, 1687年3月16日 - 1757年6月28日)は、プロイセン王及びブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の妃。イギリス王及びハノーファー選帝侯ジョージ1世(ゲオルク・ルートヴィヒ)とその妻ゾフィー・ドロテアの娘。ジョージ2世の妹である。

生涯[編集]

1687年にハノーファーで生まれる。当時、ハノーファー公家はまだ選帝侯の資格もイギリス王位も獲得しておらず、父ゲオルク・ルートヴィヒはハノーファー公子という身分であった。1694年、母ゾフィー・ドロテアが不倫の末、幽閉されるという事件が起きる。1698年、父ゲオルクがハノーファー選帝侯となる。

1706年、プロイセン王フリードリヒ1世の子で、従弟である王太子フリードリヒ・ヴィルヘルムと結婚した。1713年、夫の即位によってプロイセン王妃となった。

夫フリードリヒ・ヴィルヘルムは父王とは対照的に愛人を持たなかったが、これも両親に似ず文化や芸術に無関心で粗野な無骨者であり、ゾフィー・ドロテアとの仲も決して良好なものではなかった。

子女[編集]

系譜[編集]

ゾフィー・ドロテア 父:
ジョージ1世 (イギリス王)
祖父:
エルンスト・アウグスト (ハノーファー選帝侯)
曽祖父:
ゲオルク (ブラウンシュヴァイク=カレンベルク公)
曽祖母:
アンナ・エレオノーレ
祖母:
ゾフィー
曽祖父:
フリードリヒ5世 (プファルツ選帝侯)
曽祖母:
エリザベス・ステュアート
母:
ゾフィー・ドロテア
祖父:
ゲオルク・ヴィルヘルム (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)
曽祖父:
ゲオルク (ブラウンシュヴァイク=カレンベルク公)
曽祖母:
アンナ・エレオノーレ
祖母:
エレオノール・ドルブリューズ
曽祖父:
アレクサンドル
曽祖母:
ジャケット
先代:
ゾフィー・ルイーゼ
プロイセン王妃
1713年 - 1740年
次代:
エリーザベト・クリスティーネ