ジャック・ロゲ
| ジャック・ロゲ(ローグ) Le comte Jacques Rogge |
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| 任期: | 2001年7月16日 – |
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| 出生: | 1942年5月2日(71歳) |
ジャック・ロゲ(ローグ)伯爵(Le comte Jacques Rogge 発音例, 1942年5月2日 - )は、ベルギーの貴族、整形外科医、オリンピック選手、国際オリンピック委員会委員。2001年から国際オリンピック委員会会長を務める。
[編集] 経歴・人物
ゲント大学でスポーツ医学の博士号を取得。
1968年、1972年、1976年の夏季オリンピックでヨット競技に出場し、またベルギーのラグビーチームでプレーした。
1989年から1992年までベルギーオリンピック委員会の会長を務め、同時に1989年から2001年まで欧州オリンピック委員会会長の地位にあった。
1991年にはIOC委員となり、1998年に長野市で開かれたIOC総会においてIOC理事に初選出された。
ベルギー国王アルベール2世より爵位を授かり、伯爵に叙せられた。
2001年7月16日、ロゲはモスクワで開催された国際オリンピック委員会総会(IOC総会)で第8代会長に選出され、1980年からIOCを率いてきたフアン・アントニオ・サマランチ第7代会長の後継者となった。ベルギー人のIOC会長はアンリ・ド・バイエ=ラトゥール以来2人目となる。
ロゲのIOCにおける政策の中心点の1つは、夏季オリンピックの参加選手数を現在の約1万人という数に抑えることである。また、腐敗と薬物投与(ドーピング)に関して一切の容赦をしないと述べている。
2002年のソルトレイクシティオリンピックでは、過去の歴代会長の多くが好んで用いた豪勢な5つ星ホテルではなく、会長としては初めて選手村に滞在した。会期中に起きた審判やドーピングに関するスキャンダルへの対応に関しても、決然とした態度で臨んだ。結果的に、ロゲの監督下で行われた初のオリンピックとなったソルトレイクシティオリンピックは、腐敗に対しIOCが容赦無く対応するというメッセージを送ったとして、オリンピックの新時代を告げるものであるという多くの批評家からの評価を得た。
ロゲ体制の下で、野球とソフトボールがオリンピック競技から除外されることになった。この決定は2005年7月にシンガポールで開催されたIOC総会で投票・可決され、2012年のロンドンオリンピックから有効となり現在に至る。
2005年、北京体育館で若い体操選手が日常的に殴打されていると報道されたことに対して、ロゲはこれを「誇張された」主張であるとし、「報道された事柄は(中略)30年前にイギリスの学校で行われていたことと大して違いがない」と述べ、物議を醸した。「嘆かわしい個別のケース」に対する取り組みは必要であるとしたものの、歴史的な経緯に基づく「真実の観点から中国への審判を下すべきだ」と述べた。
2007年にグアテマラシティで開かれたIOC総会で、青少年を対象に反ドーピング教育やオリンピック選手との交流など、文化・教育プログラムを含めたユースオリンピックの創設を提案し、委員の多くの支持を受け、第1回夏季大会が2010年にシンガポールで、第1回冬季大会が2012年にインスブルックで開かれた。
2009年10月8日、IOC会長として2期目の任期に入った。IOC会長は2005年の総会において2期8年と規定された為、2013年まで務めることになる。
[編集] 名誉博士号の受賞
2006年10月20日に、日本の筑波大学から名誉博士の学位を授与された。同学が開講する「五輪講座」にメッセージを寄せたほか、継続的な支援を行ってきたことが評価されたことによる。[1]
[編集] 脚注
- ^ ジャック・ロゲ国際オリンピック委員会会長名誉博士称号授与式ならびに記念講演会の開催について(平成18年6月22日、筑波大学、PDF)
| その他の役職 | ||
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| 先代: |
第8代:2001 - |
次代: (現職) |
| 先代: Raoul Mollet |
ベルギー王国 オリンピック委員会会長 第7代:1989 - 1992 |
次代: Adrien Vanden Eede |
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