シャロン・テート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
シャロン・テート
Sharon Tate
本名 Sharon Marie Tate
生年月日 1943年1月25日
没年月日 1969年8月9日(満26歳没)
出生地 アメリカ合衆国テキサス州ダラス
民族 アメリカ人
職業 女優
活動期間 1961年 - 1969年
活動内容 モデル女優

シャロン・マリー・テートSharon Marie Tate1943年1月24日 - 1969年8月9日)は、アメリカ合衆国女優テキサス州ダラス出身。

概要[編集]

A black and white screenshot from the television series, The Beverly Hillbillies shows Max Baer Jr. as Jethro, Nancy Kulp as Jane Hathaway and Sharon Tate as Janet Trego, a secretary. Tate is wearing a business suit and a dark wig and is watching Miss Hathaway
1964年『じゃじゃ馬億万長者』のエピソード「The Giant Jackrabbit」よりマックス・ベア・ジュニアナンシー・クルプと共に(向かって右の黒いかつらを着けているのがジャネット・トレゴ役のテート)。

1960年代にテレビの小シリーズに出演し、その後、映画に進出した。映画『吸血鬼』で共演したのが縁で1968年に映画監督のロマン・ポランスキーと結婚したが、翌1969年、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者達の一人、スーザン・アトキンスen)ら5人組によって、一緒にいた他の4名とともにロサンゼルスの自宅で殺害された。殺害当時彼女は妊娠8ヶ月であった。彼女は殺害の際に、子供がいるから助けてと哀願したというが、アトキンスらはナイフで16箇所を刺して殺害した。ポランスキーは、生まれることなく死んだわが子にテートと自らの父の名を取ってポール・リチャードと名付け、テートとともに埋葬した[1]

事件の10年後、彼女の母親ドリス・テートは殺害犯がカルト的信奉を得、仮釈放の可能性が生じたことを嫌悪し、殺害犯の釈放反対運動に参加した。彼女の運動は公の注目となり、州法修正システムへの批判は1982年カリフォルニア州刑法修正に結びついた。これらの修正で犯罪被害者とその家族が、判決および仮釈放審問において陳述を行うことが可能となった。彼女は新法の下、娘の殺害犯チャールズ・マンソンの仮釈放審問において陳述を行った最初の人物となった。

テート殺害の主犯スーザン・アトキンスは、1971年に死刑判決が下ったが、カリフォルニア州の死刑一時撤廃に伴い、マンソンらとともに終身刑に減刑され、2009年9月24日に同州の刑務所で脳腫瘍のため獄中死した。

出演作品[編集]

アメリカ映画 "Eye of the Devil" (1967年

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]