シクストゥス・フォン・ブルボン=パルマ

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シクストゥス・フォン・ブルボン=パルマ

シクストゥス・フォン・ブルボン=パルマ:Sixtus von Bourbon-Parma, 1886年8月1日 ザンクト・ガレン州ヴァルテッグ - 1934年3月14日 パリ)は、最後のパルマ公ロベルト1世と2番目の妻マリーア・アントーニアの間の長男。全名はSixtus Ferdinand Maria Ignazio Alfred Robert。フランス語名はシクスト・ド・ブルボン=パルム(Sixte de Bourbon-Parme)、イタリア語名はシスト・ディ・ボルボーネ=パルマ(Sisto di Borbone-Parma)。第一次世界大戦で弟グザヴィエとともにベルギー将校となっていたが、オーストリア連合国との単独講和交渉の中心人物となった。オーストリア最後の皇后ツィタの兄である。