フェリックス・ド・ブルボン=パルム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フェリックス・ド・ブルボン=パルム(Félix de Bourbon-Parme, 1893年10月28日 - 1970年4月8日)は、ルクセンブルク大公シャルロットの夫[1]。ジャン大公の父。prince de Luxembourg の称号を有した。
人物[編集]
パルマ公ロベルト1世と2番目の妻マリーア・アントーニアの息子で、オーストリア皇后ツィタの弟。イタリア名はフェリーチェ・ディ・ボルボーネ=パルマ(Felice di Borbone-Parma)。シャルロットとは互いに母方の従兄妹である。
ブルボン朝最後のフランス王であるシャルル10世の玄孫であり(父方の祖母ルイーズ・ダルトワがシャルル10世の孫)、またパルマ公家(ブルボン=パルマ家)の遠祖でもあるブルボン朝最初の王アンリ4世を介して、中世のルクセンブルク家の血も引いている。
第一次世界大戦終結直後の1919年に、即位後間もないシャルロット大公と結婚した。2人の間には長子ジャン大公をはじめ6人の子供が生まれている。
ルクセンブルク赤十字社総裁を2度務めた(1923年 - 1932年、1945年 - 1967年)。
カジノで賭けに負け、グリューネヴァルト(ルクセンブルクの広大な森林地帯)を失ったことは有名である。ルクセンブルク政府は法外な金額で買い戻す羽目になり、フェリックスからは贈り物として出費を返してもらった。2006年7月、フェリックスの孫にあたるアンリ大公は、森全体を国の資産として付近住民に売却したいと表明した。
子女[編集]
- ジャン(1921年 - ) ルクセンブルク大公
- エリザベート(1922年 - 2011年)
- マリー=アデライード(1924年 - 2007年)
- マリー=ガブリエル(1925年 - )
- シャルル(1927年 - 1977年)
- アリックス(1929年 - )
