グレイ伯爵
グレイ伯爵(グレー伯爵、英: Earl Grey)は、イギリスの伯爵位。1800年の連合法によるグレートブリテン王国とアイルランド王国の合同後に創設された連合王国貴族である。1806年に初代ハーウィックのグレイ男爵チャールズ・グレイ陸軍大将が叙位されたことに始まる。彼は1801年にカウンティ・オブ・ノーサンバーランドにあるハーウィックのグレイ男爵(Baron Grey of Howick, in the County of Northumberland)に叙されており、伯爵叙位の際にハーウィック子爵(Viscount Howick; ハウイック/ホーウィック/ホウイック)にも叙されたため、グレイ伯爵にはこの二つの爵位(ともに連合王国貴族)が付属する。伯位の法定推定相続人は儀礼称号としてハーウィック子爵と称する。
紅茶のアールグレイは、イギリスの首相も務めた2代伯チャールズに由来する。またカナディアン・フットボール・リーグのプレーオフ優勝チームに与えられるグレイ・カップは、カナダの総督であった4代伯アルバートが寄贈したものである。
グレイ伯爵家の邸宅は、ノーサンバーランドにあるハーウィック・ホール(Howick Hall)とファラドン・ホール(Fallodon Hall; ファロドン・ホール)である。
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[編集] 歴史
1746年1月11日、ヘンリー・グレイは準男爵(カウンティ・オブ・ノーサンバーランドにあるハーウィックの; of Howick in the County of Northumberland)の称号を与えられた。彼は初代タンカーヴィル伯爵ジョン・グレイ(John Grey, 1st Earl of Tankerville)の兄サー・トマス・グレイの八世孫であり、1738年にノーサンバーランド州長官(High Sheriff of Northumberland)を務めた。2代準男爵となったのは息子のヘンリーで、1754年から1768年まで庶民院議員となった。
2代グレイ準男爵の弟であったチャールズ(Charles Grey)は軍人で、七年戦争・アメリカ独立戦争・フランス革命戦争で戦い、1796年には陸軍大将に任じられた。彼は1801年6月23日にハーウィックのグレイ男爵に、続いて1806年4月11日にグレイ伯爵およびハーウィック子爵に叙された。
2代伯となったのは初代伯の成人した最年長の息子のチャールズである。父親から相続した爵位に加え、1808年には未婚だった伯父のサー・ヘンリーからグレイ準男爵位も相続した。彼はホイッグ党の政治家で、1830年から1834年までイギリスの首相を務め、1832年の選挙法改正(Reform Act 1832; 腐敗選挙区の廃止や有権者の拡大)や、奴隷制の廃止などといった治績を挙げた。
2代伯が死去すると、その成人した最年長の息子であるヘンリー(Henry Grey)が襲爵した。彼もホイッグ党の政治家で、ジョン・ラッセル卿の第1次内閣(First Russell ministry)に植民地および戦争大臣(Secretary of State for War and the Colonies)として入閣した。
3代伯には子供がなかったため、弟サー・チャールズ・グレイ陸軍大将(Charles Grey)の息子であるアルバート(Albert Grey)が伯位を相続した。彼は自由党(後に自由統一党; Liberal Unionist Party / リベラル・ユニオニスト)所属の政治家で、はじめ庶民院議員となり、襲爵によって貴族院に移った。1896年から1898年まで南ローデシア行政官(Administrator of Southern Rhodesia)を、1904年から1911年までカナダの総督を務めた。総督在職中の1907年には日本の皇族である伏見宮貞愛親王のカナダ訪問を手配した。
5代伯となったのは4代伯の長男のチャールズ(Charles Grey)である。5代伯には男子がなかったため、爵位は3代伯やサー・チャールズ陸軍大将の弟のジョージ・グレイ海軍大将の玄孫であるリチャード(Richard Grey)が相続した。彼が現在のグレイ伯爵である。
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1797年のチャールズ・グレイ陸軍大将(後の初代グレイ伯爵)
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第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイ(トマス・フィリップス(Thomas Phillips)画)
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第3代グレイ伯爵ヘンリー・グレイ(1860年代)
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第4代グレイ伯爵アルバート・グレイ
[編集] グレイ準男爵(ハーウィックの) (1746年)
- サー・ヘンリー・グレイ (初代準男爵) (1691年 - 1749年)
- サー・ヘンリー・グレイ (第2代準男爵) (1722年 - 1808年)
- チャールズ・グレイ (第2代グレイ伯爵) (1764年 - 1845年)
- 準男爵相続前に以下の爵位を相続した。以後はグレイ伯爵を参照。
[編集] ハーウィックのグレイ男爵 (1801年)
- チャールズ・グレイ (初代グレイ・オブ・ハーウィック男爵) (1729年 - 1807年)
- 1806年、グレイ伯爵に叙位。
[編集] グレイ伯爵 (1806年)
- チャールズ・グレイ (初代グレイ伯爵) (1729年 - 1807年)
- チャールズ・グレイ (第2代グレイ伯爵) (1764年 - 1845年)
- ヘンリー・グレイ (第3代グレイ伯爵) (1802年 - 1894年)
- アルバート・グレイ (第4代グレイ伯爵) (1851年 - 1917年)
- チャールズ・グレイ (第5代グレイ伯爵) (1879年 - 1963年)
- リチャード・グレイ (第6代グレイ伯爵) (1939年 - )
- 現在、伯位の推定相続人は6代伯の弟のフィリップ・ケント・グレイ(1940年 - )である。