アールグレイ

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アールグレイ

アールグレイ: Earl Grey)とは、ベルガモットで柑橘系の香りをつけた紅茶で、フレーバーティーの一種。原料は中国茶のキーマン茶(祁門茶)が使われることが多いが、茶葉のブレンドは特に規定がないため、セイロン茶や、中国茶とセイロン茶のブレンド、稀にダージリンなども用いられる[1]"Earl Grey" とは「グレイ伯爵」の意であり、1830年代のイギリス首相、第二代グレイ伯チャールズ・グレイに由来する。

アールグレイの販売会社は、ジャクソン社、トワイニング社、フォートナム・アンド・メイソン[2]がよく知られている。

特徴[編集]

アールグレイは、ベルガモットの落ち着きある芳香が大きな特徴である。このベルガモットの香りは精油香料で着香されることが多い。

茶の香気成分は冷やすと控え目になるが、人工的に香りを付けた着香茶であるアールグレイはアイスでも香りが比較的分かりやすいため、アイスティーに用いられることも多い。一方でベルガモットの芳香は一般的に温度が高くなるほど引き立つので、アイスティーを念頭に強めの香りをつけたものなどをホットティーにすると、慣れていない人にとっては非常に飲みにくいものとなりやすい。この芳香がミルクと相性が良いため、ミルクティーとしても飲まれる。

由来[編集]

アールグレイの名前は、第二代グレイ伯に由来する。発祥は、ある外交官から中国の着香茶を贈られたグレイ伯が、それを気に入り類似品を茶商に作らせたというものが通説。しかし、アールグレイという紅茶は1935年出版のユーカーズの『オール・アバウト・ティー』に記載がなく、初めて売り出されたのは1960年代とされる[3][4]。下記の通り、他にも発祥に関する伝承があるが、事実ではない可能性が高い

  • グレイ伯が中国に赴任した際、グレイ伯自らが考案した。
  • 中国において、グレイ伯の部下が中国の高級官僚の息子が溺れているのを助け、そのお礼としてアールグレイの製法を教わり、イギリスに持ち帰った。
  • 同様に、グレイ伯の部下が虎に襲われたマハラジャの息子を助け、そのお礼としてアールグレイの製法を教わった。

実際には、グレイ伯はインドにも中国にも赴任したことがない[5][6]

磯淵猛は、正山小種(ラプサン・スーチョン)を飲んだグレイ伯がその味を気に入り、それを模して作らせた紅茶がアールグレイであると著書で述べている[7]。磯淵によれば、現代のラプサン・スーチョンは正露丸のような香りがするが、それは強い香りを望んだイギリス人のために作られたもので、本来のラプサン・スーチョンは淡い龍眼の香りがする紅茶であった。龍眼はイギリスでは手に入らないため、アールグレイにはシチリア島で取れるベルガモットを用いて着香したという。

なお、グレイ伯がアールグレイの開発を命じたとされる茶商は不明であり、現在ジャクソン社とトワイニング社が元祖争いを起こしている。ジャクソン社の主張する所によれば、第二代グレイ伯の出入り商人の店をジャクソン社が吸収したとのことである[8]。一方、トワイニング社によれば二代目の頃は違うものの[要出典]、代々のグレイ伯とトワイニングは親しく付き合っており、第五代グレイ伯がトワイニングを元祖として認めていることが根拠として挙げられている[9]

その他[編集]

[編集]

  1. ^ 荒木安正・松田昌夫『紅茶の事典』、p.273
  2. ^ フォートナム・メイソンのアールグレイにはラプサン・スーチョンを使う製品もラインナップされている。
  3. ^ 日本紅茶協会監修『紅茶をもっと楽しむ12ヶ月』
  4. ^ 荒木安正・松田昌夫『紅茶の事典』、pp.10-11、p.274
  5. ^ 荒木安正・松田昌夫『紅茶の事典』、p.274
  6. ^ Encyclopedia Britannica 10, 1959, pp.881-882
  7. ^ 磯淵猛 『一杯の紅茶の世界史』、pp.107-112
  8. ^ 荒木安正・松田昌夫『紅茶の事典』、p.273
  9. ^ 磯淵猛『一杯の紅茶の世界史』、pp.109-110

参考文献[編集]