クトゥブ・ミナール

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世界測地系28°31′32.82″N, 77°11′7.3″E

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デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群
インド

クトゥブ・ミナール
クトゥブ・ミナール
(英名) Qutb Minar and its Monuments, Delhi
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(iv)
登録年 1993年
拡張年  
備考  
公式サイト ユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています
  

クトゥブ・ミナール(Qutub Minar, قطب منار)は、インドデリーにあるミナレット

奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバクによって、クワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられたものである。おそらくはヒンドゥー教ジャイナ教の寺院などを破壊し、その石材を転用して制作されたもので、建築に携わった職人もヒンドゥー教徒であったと推測されている。そのため、ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっている。

クトゥブッディーン・アイバクの命で1200年頃に建造されたこのミナレットは72.5mの高さを誇り、世界で最も高いミナレットとなっている。これでも地震や落雷などで先端が崩れたものを修復したもので、当初は100mほどの高さがあったという。直径は基底部14.3mに対して先端部2.75mで、文字通りの尖塔である。

内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができたが、1982年、照明が消えたことでパニックになった修学旅行中の少女たちが階段で将棋倒しになり、十数名が死傷する惨事となった。この事故以来、内部への立ち入りは禁止された。

クトゥブ・ミナールから北に150mほど離れたところに、未完のミナレットであるアライ・ミナールがある。財政難で工事が中断し、現在は25mの直径を持つ巨大な基底部を見ることができる。完成していれば元のクトゥブ・ミナールを超える、100mを大きく超える塔になっていたとされる。

一帯の遺跡群は1993年、世界遺産に登録(登録名:デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群)されており、モスクデリーの鉄柱などがある。

[編集] 登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • (iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

[編集] 外部リンク

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