カルロス・ガブリエル・サラサール

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カルロス・ガブリエル・サラサール
基本情報
本名 カルロス・ガブリエル・サラサール
階級 フライ級
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
誕生日 1964年5月5日(50歳)
出身地 チャコ州プレジデンシナ・ロケ・サエンス・ペーニャ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 58
勝ち 47
KO勝ち 18
敗け 8
引き分け 3
無効試合 0
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カルロス・ガブリエル・サラサールCarlos Gabriel Salazar、男性、1964年5月5日 - )は、アルゼンチンプロボクサーチャコ州プレジデンシナ・ロケ・サエンス・ペーニャ出身。第11代IBF世界スーパーフライ級王者。第6代WBO世界フライ級王者。世界2階級制覇王者。技巧派としても活躍し堅実なボクシングスタイルが特徴。

来歴[編集]

1985年12月7日、サラサールはブエノスアイレスでデビューを戦を行い2回TKO勝ちでデビュー戦を白星で飾った。

1988年6月18日、チャコ州フライ級王座決定戦をドミンゴ・サントス・アラゴンと対戦し10回判定勝ちで王座獲得に成功した。

1988年12月18日、アルゼンチンフライ級王者アドリアン・ダニエル・ローマンと対戦し12回判定勝ちで王座獲得に成功した。

1990年4月11日、南米フライ級王者アドリアン・ダニエル・ローマンと再戦し4回KO勝ちで王座獲得に成功した。

1990年5月1日、タイバンコクWBC世界フライ級王者ソット・チタラダと対戦し12回0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。

1990年11月16日、アルゼンチンフライ級王座初防衛戦を後のWBA世界フライ級王者ウーゴ・ソトと対戦し8回終了時棄権で初防衛に失敗し王座から陥落した。

1991年7月13日、ホセ・ハミルトン・ロドリゲスと対戦し12回判定勝ちで南米フライ級王座初防衛に成功した。

1993年7月3日、韓国ソウルでWBC世界スーパーフライ級王者文成吉と対戦し12回1-2の判定負けでまたしても王座獲得に失敗した。

1994年4月13日、後の世界3階級制覇王者マルコ・アントニオ・バレラとWBC世界スーパーフライ級指名挑戦者決定戦を行い、12回0-2の判定負けで指名挑戦権獲得に失敗した。

1994年8月7日、日本のリングに初登場。有明コロシアムでWBC世界スーパーフライ級王者川島郭志と対戦し12回0-3の判定負けでまたしても王座獲得に失敗した。

1995年10月7日、20戦無敗のIBF世界スーパーフライ級王者ハロルド・グレイと対戦し12回2-1の判定勝ちで念願の王座獲得に成功した。

1996年2月10日、イタリアローマのパラスポートで15戦全勝のアントネロ・メリスと対戦し6回2分50秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

1996年4月27日、ハロルド・グレイとリマッチを行い12回0-3の判定負けを喫し1年前のリベンジを許し2度目の防衛に失敗し王座から陥落した。

1996年9月6日、WBO世界フライ級王者アルベルト・ヒメネスと対戦し12回1-1の三者三様の引き分けに終わり2階級制覇に失敗した。

1996年12月3日、アルベルト・ヒメネスと3か月振りのリマッチを行い10回TKO勝ちで2階級制覇に成功した。

1997年3月8日、バハ・カリフォルニア州メヒカリでアントニオ・ルイスと対戦し12回1-0の引き分けで初防衛に成功した。

1997年5月23日、アントニオ・ルイスとリマッチを行い12回3-0の判定勝ちで2度目の防衛に成功した。

1997年7月19日、サルデーニャ州でサルヴァトーレ・ファーニと対戦し12回3-0の判定勝ちで3度目の防衛に成功した。

1997年10月10日、エベラルド・モラレスと対戦し12回3-0の判定勝ちで4度目の防衛に成功した。

1998年3月21日、後のWBO世界スーパーフライ級王者ホセ・ロペスと対戦し12回3-0の判定勝ちで5度目の防衛に成功した。

1998年8月14日、バハ・カリフォルニア州メヒカリのアウディトリオ・デル・エスタドにて、ルーベン・サンチェス・レオンと対戦し8回2分47秒TKO負けを喫し6度目の防衛に失敗し王座から陥落したのを最後に現役を引退した。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
ハロルド・グレイ
第11代IBF世界スーパーフライ級王者

1995年10月7日 - 1996年4月27日

次王者
ハロルド・グレイ
前王者
アルベルト・ヒメネス
第6代WBO世界フライ級王者

1996年12月13日 - 1998年8月14日

次王者
ルーベン・サンチェス・レオン