エルンスト・デグナー

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エルンスト・デグナー
グランプリでの経歴
国籍 ドイツの旗 ドイツ
活動期間 1957年 - 1966年
チーム MZスズキ
レース数 57
チャンピオン 50cc - 1962年
優勝回数 15
表彰台回数 38
通算獲得ポイント 269
ポールポジション回数 N/A
ファステストラップ回数 N/A
初グランプリ 1957年 125cc ドイツGP
初勝利 1959年 125cc ネイションズGP
最終勝利 1965年 50cc ベルギーGP
最終グランプリ 1966年 マン島TT 50cc ウルトラ・ライトウェイトTT
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エルンスト・デグナー ( Ernst Degner,出生時の名前はErnst Eugen Wotzlawek,1931年9月22日 - 1983年9月10日 )は、ドイツグリヴィツェ(現ポーランド領)生まれのオートバイレーサー

経歴[編集]

第二次世界大戦後、彼は家族と東ドイツに移り住んだ。1957年から1961年にかけてデグナーは東ドイツのMZ社のオートバイを駆り、ロードレース世界選手権の125ccクラス、250ccクラスで活躍した。MZの2ストロークエンジンは同社の技術者 Walter Kaaden が発明した排気脈動を利用するチャンバー技術等によって高いパフォーマンスを誇っていた。

1961年8月にベルリンの壁が完成した後、デグナーは彼の家族を西ドイツ亡命させる準備をおこなった。9月13日水曜日、彼の妻と2人の息子は西ドイツの友人の協力によって、車のトランクに隠れて国境を越えることに成功した。一方デグナー本人は、その週末に開催となる第10戦スウェーデンGPに出場した。125ccクラスではホンダトム・フィリスと年間タイトルを争っていたが、デグナーは3周目にエンジン破損でリタイアする。レース後彼はフェリーに乗り、デンマーク経由で西ドイツへの亡命に成功、家族と合流することができた。亡命が発覚後、東ドイツ側からは「わざとエンジンを壊した」と非難されることになった。

スウェーデンGPでフィリスは6位に終わり、タイトルの決定は最終戦アルゼンチンGPに持ち越されていた。当然デグナーはMZからの出場は不可能になったが、個人タイトル獲得のために他チームからの出場を模索していた。しかし結局東ドイツのモーターサイクル協会にライセンスを取り消されて出場は不可能となり、ホンダの125cc・250cc個人・メーカータイトル独占を許すことになった。

1962年シーズンには、デグナーは日本のスズキと契約し、この年から始まった50ccクラスでスズキにグランプリ初タイトルをもたらした[1]。同年11月に行われた鈴鹿サーキットのオープニングレース「第1回全日本選手権ロードレース」ではトップを独走中に転倒。その転倒したコーナーが「デグナーカーブ」と命名されることになった。

ロードレース世界選手権 戦績[編集]

1950年から1968年までのポイントシステム

順位 1 2 3 4 5 6
ポイント 8 6 4 3 2 1
クラス チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 ポイント 順位 勝利数
1957 125cc MZ GER
6
IOM
-
NED
-
BEL
-
ULS
-
ITA
-
1 13位 0
1958 125cc MZ IOM
5
NED
6
BEL
-
GER
3
SWE
5
ULS
-
ITA
-
9 7位 0
250cc MZ IOM
-
NED
-
GER
-
SWE
-
ULS
4
ITA
-
3 14位 0
1959 125cc MZ IOM
NC
GER
6
NED
-
BEL
-
SWE
-
ULS
3
ITA
1
13 5位 1
250cc MZ IOM
NC
GER
-
NED
6
BEL
-
SWE
4
ULS
3
ITA
2
14 4位 0
1960 125cc MZ IOM
-
NED
5
BEL
1
ULS
3
ITA
3
16 3位 1
250cc MZ IOM
-
NED
6
BEL
-
GER
-
ULS
-
ITA
3
5 8位 0
1961 125cc MZ SPA
2
GER
1
FRA
2
IOM
NC
NED
-
BEL
4
DDR
1
ULS
2
ITA
1
SWE
-
ARG
-
42 2位 3
250cc MZ SPA
-
GER
4
FRA
-
IOM
-
NED
-
BEL
-
DDR
-
ULS
-
ITA
-
SWE
-
ARG
-
3 13位 0
1962 50cc スズキ SPA
-
FRA
-
IOM
1
NED
1
BEL
1
GER
1
DDR
-
ITA
-
FIN
4
ARG
2
47 1位 4
125cc スズキ SPA
-
FRA
5
IOM
8
NED
4
BEL
-
GER
-
ULS
-
DDR
-
ITA
-
FIN
-
ARG
-
5 11位 0
1963 50cc スズキ SPA
-
GER
3
FRA
2
IOM
NC
NED
1
BEL
2
FIN
2
ARG
2
JPN
-
30 3位 1
125cc スズキ SPA
-
GER
1
FRA
6
IOM
3
NED
-
BEL
-
ULS
-
DDR
-
FIN
-
ITA
-
ARG
-
JPN
3
17 6位 1
1964 125cc スズキ USA
-
SPA
-
FRA
-
IOM
-
NED
-
GER
-
DDR
-
ULS
-
FIN
-
ITA
3
JPN
1
12 6位 1
1965 50cc スズキ USA
1
GER
-
SPA
-
FRA
3
IOM
3
NED
5
BEL
1
JPN
-
26 4位 2
125cc スズキ USA
2
GER
4
SPA
-
FRA
2
IOM
8
NED
-
DDR
-
CZE
-
ULS
1
FIN
-
ITA
-
JPN
-
23 4位 1
1966 50cc スズキ SPA
-
GER
-
NED
-
IOM
4
ITA
-
JPN
-
3 6位 0

脚注[編集]

  1. ^ Evan Williams. “Racing behind the Iron Curtain”. SuperbikePlanet.com. 2006年11月8日閲覧。

外部リンク[編集]