イエメンの大統領

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
イエメンの旗 イエメン共和国
大統領
رؤساء اليمن
Presidential Standard of Yemen.svg
大統領章
任期 7年
初代 アリー・アブドッラー・サーレハ
創設 1990年5月22日
テンプレートを表示

イエメンの大統領(イエメンのだいとうりょう、アラビア語: رؤساء اليمن‎)は、イエメン共和国国家元首たる大統領である。2015年1月22日に現職者のアブド・ラッボ・マンスール・ハーディーがいったん辞意を表明したが辞任に必要な議会承認を得られず、2月21日には辞意を撤回。一方で反政府勢力フーシムハンマド・フースィー英語版が革命評議会議長への就任を宣言しており、2015年3月現在は論争が続いている状態である[1]

概要[編集]

1990年に成立したイエメン共和国憲法に基づいて設置。当初の名称は「大統領評議会議長(だいとうりょうひょうぎかいぎちょう)」。1994年からは大統領評議会を廃止して正式に大統領職を設置。

選出[編集]

1990年1994年における大統領選出は下院(人民代表院)による間接選挙であった。

1999年から国民直接投票による選出制となっている。任期は7年間。ただし2012年2月21日に行われた選挙で選出された大統領は、2年間の任期と定められている[2]

歴代イエメン共和国大統領の一覧[編集]

氏名 所属政党 就任日 退任日 副大統領
イエメン共和国大統領評議会
議長
1 アリー・アブドッラー・サーレハ
علي عبدالله صالح
Ali Abdullah Saleh
アリー・アブドッラー・サーレハ 国民全体会議 1 1990年5月22日 1994年10月1日
イエメン共和国
大統領
1 アリー・アブドッラー・サーレハ アリ・アブドラ・サーレハ 国民全体会議 1 1994年10月1日 1999年9月23日 アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー
2 1999年9月23日 2006年9月20日
3 2006年9月20日 2011年6月4日
- アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー
عبد ربه منصور هادي
Abd Rabbuh Mansur Hadi
Abd Rabbuh Mansur Hadi 2013.jpg 国民全体会議 2011年6月4日 2011年9月23日 不在(2011年6月以降)
(1) アリー・アブドッラー・サーレハ アリ・アブドラ・サーレハ 国民全体会議 2011年9月23日 2012年2月27日 [3] アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー
2 アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー Abd Rabbuh Mansur Hadi 2013.jpg 国民全体会議 4[4] 2012年2月25日[5] (現職)[6]

脚注[編集]

  1. ^ “イエメン:大統領が辞意撤回 南北対立激化の恐れ”. 毎日新聞. (2015年2月22日). http://mainichi.jp/select/news/20150223k0000m030071000c.html 2015年3月7日閲覧。 
  2. ^ “ハディ氏得票率99.8% イエメン暫定大統領に当選”. 朝日新聞. (2012年2月25日). オリジナル2012年7月23日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/S3TA 2012年2月25日閲覧。 
  3. ^ 2011年12月23日より暫定政権に権限を委譲するも、名目上の大統領に引き続き留まる。
  4. ^ 任期は2年間。
  5. ^ 大統領への就任は2月25日、大統領権限の委譲は2月27日。
  6. ^ 2015年1月21日にいったん辞意を表明したが2月21日には辞意を撤回し、現在は反政府勢力との間で論争となっている。

関連項目[編集]