アンネ・フランクの家
Anne Frank Huis |
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| 施設情報 | |
| 専門分野 | アンネ・フランク、反ユダヤ主義(宗教差別、民族差別、人種差別、etc.)、ジェノサイド、ナチズム、ファシズム; 戦争(反ユダヤ主義の究極の形が第二次大戦中に起こったのであり、戦争や侵略という見解は誤り) |
| 管理運営 | アンネ・フランク財団 |
| 開館 | 1960年 |
| 所在地 | 〒 Prinsengracht 263 Amsterdam, Netherlands |
| プロジェクト:GLAM | |
アンネ・フランクの家(Anne Frank Huis)は、オランダのアムステルダムにあるアンネ・フランクの一家など8人が1942年から約2年間、ナチスの迫害から逃れるため隠れ家として住んでいた家を利用した博物館である。
アンネ・フランク財団が管理運営を行っている。
目次 |
歴史 [編集]
ドイツのフランクフルト・アム・マインの裕福なドイツ系ユダヤ人一家の末娘として生まれたアンネ・フランクは、ナチスによるユダヤ人迫害を恐れ、一家とともにオランダに移住した。しばらくは比較的安穏な日々が続いたが、1940年5月10日、中立を宣言していたオランダにドイツ軍が侵攻してきた。四日後の14日には全域を占領し、国内ではユダヤ人に対する圧力が強まっていった。それまでモンテッソーリ・スクールで普通の少女として過ごしてきたアンネも、一般の学生と引き離され、1941年の夏からは姉のマルゴットともどもユダヤ人学級への編入を強いられるなど、次第に自由を制限されるようになっていった。
ユダヤ人狩りが頻繁に行われはじめ、危機的状況が色濃くなってくると、フランク一家は密かに安全な場所へ移り住む準備に取りかかった。1942年7月5日、マルゴに労働キャンプへの召集令状が届いたことを契機に、翌6日にはオットーの職場事務所の三階と四階を隠れ家にした篭城生活をスタートさせる。さらに同僚のファン・ペルス夫妻と息子のペーター、歯科医のプフェファーが加わり、この共同体は最終的に8人となった。
1944年、この隠れ家がゲシュタポ(ナチスの秘密警察)に発見され、アンネ・フランクはアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られてしまう。約2年間続いた家での生活は終わりを告げた。
博物館 [編集]
この建物が建てられたのは1635年。1960年にこの隠れ家を整備し「アンネ・フランクの家」として開館し、一般に公開が行われる様になった。現在はアンネ・フランク財団の所有となっている。この財団は、アンネ・フランクを襲った不幸であるユダヤ人迫害を教訓にユダヤ人のみならず人種差別に反対する活動を行っている。
外装の1、2階部分は改装され当時の面影は無いが、内部は当時の生活がしのばれる物がそのまま保存されている。隠れ家(裏側の建物)に通じる入口を隠した回転式の本棚、「アンネの日記」を綴った屋根裏の部屋もあり、戦争の悲惨さがそのまま伝わってくる。年間約100万人が訪れる。
概要 [編集]
- 開館時間
- 1月1日〜3月14日:9:00〜19:00(1月1日は12:00〜19:00)
- 3月15日〜6月30日:9:00〜21:00(5月4日は9:00〜19:00)
- 7月1日〜8月31日:9:00〜22:00
- 9月1日〜9月14日:9:00〜21:00
- 9月15日〜12月30日:9:00〜19:00(12月31日は9:00〜17:00)
※入館は閉館30分前まで。
- 休館日
- 10月9日
- 観覧料
- €9.0
アクセス [編集]
- トラム13、14、17、20番でウェステルマルクト下車。徒歩2分。
※プリンセン運河沿い。