「ムカデエビ綱」の版間の差分
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2012年2月16日 (木) 06:29時点における版
ムカデエビ綱 | ||||||||||||
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分類 | ||||||||||||
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学名 | ||||||||||||
Remipedia Yager, 1981 | ||||||||||||
和名 | ||||||||||||
ムカデエビ綱、百足エビ綱 | ||||||||||||
目 | ||||||||||||
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ムカデエビ綱(ムカデエビこう、Remipedia)は、洞窟のみに生息する、特異な形態を持つ甲殻類。洞穴生物の一種である。
形態
体長は15ミリメートルから40ミリメートル[1]。体は丸い頭胸部と、ムカデのように細長い胴部に分かれる[2]。頭胸部は頭部と胸部の第1体節と癒合したものであり、その背面は頭楯に覆われる。
頭胸部にはその下面に2対の二叉型触角と、大顎、その後ろに3対の把握型の付属肢(2対の小顎と1対の顎脚)を持つ。第1小顎には分泌腺の開口部があり、捕食の際に毒または粘液を分泌すると推測されている[1]。現生種に眼はない[1]。
胴部の後端の体節は肛門節と呼ばれ、1対の枝状肢がある。胴部は肛門節を除いて最大40の体節からなるが、この体節に分化は見られず、ほぼ同じものの繰り返し(同規的)である[1]。甲殻類では、胴部が胸部や腹部など複数の合体節に分かれて、部位ごとに異なった形態・機能を持つのがふつうであるため、ムカデエビの同規的体節制は非常に特殊なものである[3]。胴部の体節にはそれぞれ1対の、櫂のような形をした付属肢(胴肢)がある[3]。胴肢は基部の節(原節)から、それぞれ3つまたは4つの肢節からなる外肢と内肢が枝分かれした二叉型。その外縁には刺毛が密生し、遊泳に適している[1]。胴肢は常に波打つような動きを続けており、遊泳していないときもその動きが止まることはない[4]。
分布と生息環境
アンキアライン洞窟と呼ばれる種類の洞窟に生息する。アンキアライン洞窟は沿岸部にあって陸水と海水の両方が流入する洞窟のことで、その内部には下に重い海水、上に軽い淡水が溜まった塩分躍層が形成される。ムカデエビ類はこの躍層より下の海水中に見つかる[3]。この環境は貧栄養で、また酸素も乏しいことが多い[3]。例外的にバハマ諸島の、海水のみに満たされた洞窟に生息する種が1種だけ知られている[3]。
ムカデエビ類はカリブ海、カナリア諸島、西オーストラリアの3か所で分布が確認されている[3]。このように遠く離れた複数の海域から見つかる傾向(隔離分布)は、アンキアライン洞窟に生息する他の分類群でも確認されており、その成立要因について生物地理学の議論が行われている[5]。
ムカデエビが生息する3つの海域はいずれも、中生代にはテチス海と呼ばれる1つの大洋に含まれていた。そこで、ムカデエビ類はかつてテチス海に広く分布していたが、大陸移動によってその分布が分断されたとするのが1つの仮説である[3]。ただし、ムカデエビの分布域がすべてかつてのテチス海に含まれるものの、逆にテチス海に含まれていたにも関わらず、ムカデエビのいない場所(地中海沿岸とインド洋東部)もあり、この仮説ではこれらの地域ではかつて生息していたものの絶滅したと考える必要がある。このほかにもいくつかの仮説が提唱されている。
生態
ムカデエビ類は洞窟内の生態系における頂点捕食者であり、また腐肉食も行うと考えられている。洞窟内でエビの一種を食べている様子も観察されている[3]。しかし、海底洞窟では餌となる動物の個体数は少なく、飼育下では捕食行動が観察されなかったことから、むしろ水中のバクテリアや微粒子を取り込む濾過摂食に多くを依存していると推定される[4]。
繁殖
雌雄同体であり、雌性生殖孔を7番目の、雄のそれを14番目の附属肢の原節に一対ずつ備える[1]。繁殖行動は観察されていないため、詳細は不明。バハマで採集されたノープリウス幼生の研究から、ムカデエビは発生過程のかなり遅くまで卵黄の栄養に依存すること、体節数は発生過程で徐々に増えていくことが判明しているが、その生活史の全容は解明されていない[6]。
系統
ムカデエビ類は胴部の同規的体節制を持つのが非常に目を引き、これは典型的なはしご型神経系を持つことを含め、体節性における祖先的な特徴と考えられる。その点で、甲殻類のなかで原始的なグループであると考えられることで注目された。他方で顎脚を持つこと、遊泳脚が鰓脚類などのような葉状でないことなど、むしろ派生的な特徴も併せ持つ。近年はむしろ派生的な位置にあるとする見解が有力になってきている[3]。ムカデエビ類の系統関係に関する多数の説が提唱されていて、そのどれが正しいのかははっきりしていない。
複数の研究が、汎甲殻類のなかで、ムカデエビ類と六脚類(広義の昆虫類)が近い関係にあると推定している[3]。ムカデエビ類とカシラエビ類が姉妹群になり、この2つを合わせた系統群(ゼノカリダ)と六脚類が姉妹群になると推定した研究もある[3]。
分類
現生種はいずれもムカデエビ目(泳脚目、Nectipoda Schram, 1986)に含まれ、3科8属24種が記載されている[7]。もう1つの目であるEnantiopoda Birstein, 1960には、2種の化石種が分類されている。
ムカデエビ目
ムカデエビ綱の現生種はすべてムカデエビ目に含まれ、ゴジラ科、スペレオネクティス科、Micropacteridaeの3科に分類されているが、この分類は系統関係を適切に反映していない可能性が指摘されている[3]。
ゴジラ科
カリブ海に分布する3属5種を含む[3]。模式産地がタークス・カイコス諸島であるGodzillus robustus以外はすべてバハマ諸島のみで確認されている。タイプ属であるGodzillusがムカデエビ類としては巨大であることなどから[8]、怪獣映画のゴジラにちなんで名付けられた[2]。Godzilliognomusはタイプ属名に伝説上の小人であるノームの名を組み合せたもので、Pleomothraは同じく怪獣映画のモスラに、泳ぐことを意味するギリシャ語のpleoを付けたものである[9]。
- ゴジラ科 Godzilliidae Schram, Yager & Emerson, 1986
スペレオネクティス科
4属18種を含み、バハマ諸島のほか、タークス・カイコス諸島、ユカタン半島、ドミニカ共和国、カナリア諸島、オーストラリアまで広い範囲で確認されている[3]。
- スペレオネクティス科 Speleonectidae Yager, 1981
- Cryptocorynetes Yager, 1987
- Kaloketos Koenemann, Iliffe & Yager, 2004
- Kaloketos pilosus Koenemann, Iliffe & Yager, 2004
- Lasionectes Yager & Schram, 1986
- Speleonectes Yager, 1981
- Speleonectes atlantida Koenemann, Bloechl, Martínez, Iliffe, Hoenemann & Oromí, 2009
- Speleonectes benjamini Yager, 1987
- Speleonectes emersoni Lorentzen, Koenemann & Iliffe, 2007
- Speleonectes epilimnius Yager & Carpenter, 1999
- Speleonectes gironensis Yager, 1994
- Speleonectes kakuki Daenekas, Iliffe, Yager & Koenemann, 2009
- Speleonectes lucayensis Yager, 1981
- Speleonectes minnsi Koenemann, Iliffe & van der Ham, 2003
- Speleonectes ondinae (Garcia-Valdecasas, 1984)
- Speleonectes parabenjamini Koenemann, Iliffe & van der Ham, 2003
- Speleonectes tanumekes Koenemann, Iliffe & van der Ham, 2003
- Speleonectes tulumensis Yager, 1987
Micropacteridae
タークス・カイコス諸島に生息する1種のみを含む[3]。
- Micropacteridae Koenemann, Iliffe & van der Ham, 2007
Enantiopoda
- Tesnusocaris goldichi Brooks, 1955
- Cryptocaris hootchi Schram, 1974
保全
オーストラリア、バハマ諸島、ユカタン半島では、ムカデエビ類の保全活動が行われている。ダイバーの呼気が洞窟水に溶け込み、溶存酸素量を増やして生態系に影響するおそれがあるため、洞窟潜水の際には閉鎖式リブリーザーを使うことが求められる[3]。
参考文献
- ^ a b c d e f 大塚攻、駒井智幸 著「ムカデエビ綱」、白山義久(編著) 編『無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く)』裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ5〉、2000年、213-215頁。ISBN 4785358289。
- ^ a b 朝倉彰 著「甲殻類とは」、朝倉彰(編著) 編『甲殻類学』東海大学出版会、2003年、15-16頁。ISBN 4486016114。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Neiber, Marco T.; Hartke, Tamara R.; Stemme, Torben; Bergmann, Alexandra; Rust, Jes; Iliffe, Thomas M.; Koenemann, Stefan (2011). “Global biodiversity and phylogenetic evaluation of Remipedia (Crustacea)”. PLoS ONE 6 (5): e19627. doi:10.1371/journal.pone.0019627 .
- ^ a b Koenemann, Stefan; Schram, Frederick R.; Iliffe, Thomas M.; Hinderstein, Lara M.; Bloechl, Armin (2007). “Behavior of Remipedia in the laboratory, with supporting field observations”. Journal of Crustacean Biology 27 (4): 534-542. doi:10.1651/S-2809A.1 .
- ^ 狩野泰則 著「アンキアライン洞窟固有動物:地下汽水湖における進化」、西田睦(編) 編『海洋の生命史』東海大学出版会〈海洋生命系のダイナミクス〉、284-302頁。ISBN 9784486016854。
- ^ Koenemann, Stefan; Olesen, Jørgen; Alwes, Frederike; Iliffe, Thomas M.; Hoenemann, Mario; Ungerer, Petra; Wolff, Carsten; Scholtz et al. (2009). “The post-embryonic development of Remipedia (Crustacea)—additional results and new insights”. Development Genes and Evolution 219 (3): 131-145. doi:10.1007/s00427-009-0273-0 .
- ^ Koenemann, Stefan; Hoenemann, Mario; Stemme, Torben (Eds.): “World Remipedia Database” (2009年). 2012年2月3日閲覧。
- ^ Schram, Frederick R.; Yager, Jill; Emerson, Michael J. (1986). “Remipedia. Part 1. Systematics” (PDF). Memoirs of the San Diego Society of Natural History 15 .
- ^ Yager, Jill (1989). “Pleomothra apletocheles and Godzilliognomus frondosus, two new genera and species of remipede crustaceans (Godzilliidae) from anchialine caves of the Bahamas”. Bulletin of Marine Science 44: 1195-1206 .
外部リンク
- Dell'Amore, Christine (2009年8月27日). “毒を持つ盲目の甲殻類、海中洞窟で発見”. ナショナルジオグラフィック・ニュース 2012年2月7日閲覧。