「送粉シンドローム」の版間の差分
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2009年2月21日 (土) 08:13時点における版
送粉シンドローム(そうふんシンドローム、英語:pollination syndrome)は、特定の送粉者を誘引するための花の特徴(形質群)である。受粉(送粉)様式に合わせて花の形質群は適応を示している[1][2][* 1]。それらの形質には、花の形・大きさ・色、受粉媒介行動への報酬(花蜜または花粉・それらの量や成分)および受粉時期などがある。例えば、筒状の赤い花と多量の蜜は鳥を引きつけ、異臭を放つ花はハエを引きつける[* 2]。
これらの送粉シンドロームは、類似した選択圧に対応した収斂進化の結果であり[3]、送粉者と植物の共進化の産物である[* 3]。
風媒と水媒の送粉シンドローム
非生物的な花粉媒介が起きる風媒花と水媒花は、送粉者を引き寄せることはないが、それぞれの受粉様式で共通した送粉シンドロームを持つ。
風媒
風媒花は小さく目立たつことがなく、色も緑など派手ではない傾向があり、小さな花粉粒を大量につける。花粉粒を捕えるために、大きな羽状の柱頭を持つ。彼らは多様性が少ない群落に生育し、その群落では比較的に背丈の高い植物種である。花粉を集めるために昆虫が花を訪れることもあるが、効果的な送粉者ではなく、選択圧にもほとんど寄与しない。
水媒
水媒花は小さく目立つことなく、大量の花粉粒をつけ、花粉を捕らえる大きな羽状の柱頭を持つ。水媒は水中花をつける植物に見られ、それ以外の水面より高い位置で花をつける水生植物の多くは虫媒受粉であることが多い。
動物媒の送粉シンドローム
以下、送粉者となる昆虫類および脊椎動物の種類別に送粉シンドロームを記述する。
ハナバチ媒
ハナバチ媒花は次の2種類に大別される傾向にある。
ハナバチ媒花は黄色または青色である傾向があり、しばしば紫外線領域の蜜標[* 4]を持ち、香りを放っている[* 2]。花蜜の糖分はショ糖が主体である。
ハナバチはミツバチ・マルハナバチほかなど多様なハチを含まむ大きなグループであり、それらは体長・口吻の長さ・行動(単独性と社会性)が全く異なっている。したがってハナバチ全体を総括するのは難しい[3]。 停止飛翔(ホバリング)による空気撹拌によって起きる葯内部花粉の放出だけでしか、ある種の植物は受粉できない。ハナバチはこれを実行する唯一の動物である。
チョウ媒
チョウ媒花は大きく目立ち、桃色もしくは薄紫色である傾向があり、しばしば外側に広がった花弁を持っていて、通常は香りがする[* 2]。ほとんどのチョウが花粉を消化しないので、多くは花粉よりも花蜜を提供する。通常は蜜腺の近くに細い管もしくは距[* 6]で隠された簡単な蜜標が花にあり、チョウは長い口吻で蜜を吸い取る。
ガ媒
ガの中でも重要な送粉者はスズメガである。スズメガの行動はハチドリに似ており、花の正面で素早く羽ばたき停止飛翔(ホバリング)する。
ガの多くは薄明活動性(薄明性)もしくは夜間行動性(夜行性)である。ガ媒花の多くは、白っぽく、夜間開花し、管状の花冠で大きく目立ち、夕方から朝にかけて作られる強く甘い香りをさせる傾向がある[* 2]。スズメガ媒花は、スズメガの飛翔に必要な高い代謝効率を支えるため、大量の蜜を作る。
ヤガなどの他のガは、ゆっくり飛び花弁に降りて吸蜜する。彼らは停止飛翔するスズメガほど多くの花蜜を必要としない。それらのガ媒花は、(ガが頭花に複数が停まるかもしれないが)スズメガ媒花より小さい傾向がある[4]。
ハエ媒およびハナアブ媒
双翅目による送粉には、"myophily"(仮意訳:双翅目媒)および"sapromyophily"(仮意訳:腐生双翅目媒)の2種類がある。
- myophily
- 双翅目成虫の食性は多様性に富み、ツリアブ・ハナアブなどは花粉食・蜜食のために花を訪れる。またある種のミバエの雄は、花粉を作らない野性のランが作る特殊な花の化学物質(ハエの性フェロモンの前駆体または効能促進物質)に誘引される[5][6]。このように花の持つ花粉・花蜜・化学物質(香り)に誘引される場合を、"myophily"に分類する。
- sapromyophily
- 双翅目には動物遺体や糞(デトリタス)を餌とするハエも多く含まれる。それらのハエは異臭を放つものに似た香りの花に誘引される。報酬がない場合、ハエはすぐにその花から離れるが、離れるのを遅くする罠を持った花もある。そういった花は、強烈で不快な匂いを持って、茶色またはオレンジ色をしている。それらは "sapromyophilous"(仮意訳:腐生双翅目媒性)植物と呼ばれ、 "myophilous"(仮意訳:双翅目媒性)植物ほどは一般的ではない[7]。
Myophilous植物は強烈な異臭を持つ傾向はなく、紫・すみれ色・青・白の花色を持ち、開いた皿状もしくは筒状を持つ傾向がある[8]。双翅目昆虫は多くの異なった食料源を利用しており、送粉活動は頻度が低く不安定である。しかしながら、年間を通した各種の双翅目昆虫の存在と、その圧倒的な生息数は、双翅目昆虫が多くの植物にとって重要な送粉者である要因になっている[9]。
他の昆虫類の種類が少なく双翅目昆虫が多い高山および高緯度地方では、双翅目昆虫は重要な送粉者である傾向がある[10]。
甲虫媒
甲虫媒花は、通常大きく、緑色・灰色・黄色がかった白っぽい色で、強い香りの花である。香りは、香辛料臭・果物臭・勇気腐敗物臭などと似ている傾向がある。甲虫媒花は、花粉に接しやすいように平たい形か皿状であり、甲虫をより長く留めるようなトラップを持つ場合もある。胚珠は通常、甲虫の刺すような口器から、充分に保護されている[9]。南アフリカや南カリフォルニアといった半砂漠気候地帯では、甲虫類は特に重要な送粉者ではないかと推定されている[7]。
鳥媒
鳥類による送粉は世界各地で観察され、それらの鳥としてハチドリ・タイヨウチョウ・ハナドリ・ミツスイ・ミツドリ・マミジロミツドリ・ヒインコ・インコなどが挙げられる[11]。ハチドリ科は蜜食に非常に特化した最古の鳥類グループである[11]。花の正面でホバリングできるハチドリを誘引する花は、大きく、赤もしくはオレンジ色の筒状で、日中は隠されている大量の薄い花蜜を持つ傾向がある。鳥は香りに強く反応しないので、鳥媒花は無臭の傾向がある。花にとまる鳥はそれなりの着陸領域を必要とするので、タイヨウチョウ・ミツスイに送粉される花は筒状でないこともある。
コウモリ媒
コウモリ媒花は、大きく目立ち、白色か薄い色をしており、夜に開花し、強烈な匂いを持つ傾向がある。それらはしばしば大きい鐘状である。コウモリの吸蜜に対して、一般的にはコウモリ媒花は長時間に渡って花蜜を提供する。コウモリは視覚・嗅覚・聴覚(反響定位)を最初に用いて花を探し出し、優れた空間記憶能力を使って繰り返し訪花する[12]。2003年にはコウモリが反響定位で蜜提供花を同定することが示された[12]。いわゆる新世界ではコウモリ媒花はしばしば硫黄臭がするが、これは世界の他の地域では当てはまらない[13]。コウモリ媒花植物では近縁植物種よりも大きな花粉となっている[14]
脚注
- ^ 福原達人「動物媒花:××媒花 」『植物形態学』
- ^ a b c d 米国農務省森林局 Pollinator Syndromes
- ^ 中山剛 「動物媒」BotanyWEB
- ^ 蜜標(みつひょう) - 蜜腺の位置を示す模様。ガイドともいう。(中山剛 「動物媒」BotanyWEB、福原達人「さまざまな送粉様式」『植物形態学』。 )
- ^ Darwin, Charles (1862), On the various contrivances by which British and foreign orchids are fertilised by insects, and on the good effects of intercrossing, London: John Murray, pp. 197–203 2009年2月18日閲覧。
- ^ 距(きょ)- 花被 (花冠と萼) の基部が細長く伸びた管状の構造。内部に蜜をためている。(中山剛「花弁と花冠」BotanyWEB)
引用文献
以下は英語版の引用文献"references"であり、日本語化の際には必ずしも参照していない。
- ^ Fægri, Knut; L. van der Pijl (1979). The principles of pollination ecology. 3rd ed. Oxford: Pergamon Press
- ^ Proctor M , P. Yeo, and A. Lack (1996). The natural history of pollination. HarperCollins, London
- ^ a b Fenster, CB, WS Armbruster, P Wilson, MR Dudash, and JD Thomson (2004). “Pollination syndromes and floral specialization”. Annual Review of Ecology and Systematics 35: 375–403. doi:10.1146/annurev.ecolsys.34.011802.132347.
- ^ Oliveira PE, PE Gibbs, and AA Barbosa (2004). “Moth pollination of woody species in the Cerrados of Central Brazil: a case of so much owed to so few?”. Plant Systematics and Evolution 245 (1-2): 41–54. doi:10.1007/s00606-003-0120-0.
- ^ Tan, KH and R Nishida (2000). “Mutual reproductive benefits between a wild orchid, Bulbophyllum patens, and Bactrocera fruit flies via a floral synomone.”. Journal of Chemical Ecology 26: 533–546. doi:10.1023/A:1005477926244.
- ^ Tan, KH, LT Tan and R Nishida (2006). “Floral phenylpropanoid cocktail and architecture of Bulbophyllum vinaceum orchid in attracting fruit flies for pollination.”. Journal of Chemical Ecology 32: 2429–2441. doi:10.1007/s10886-006-9154-4.
- ^ a b Jones, GD and SD Jones (2001). “The uses of pollen and its implication for Entomology”. Neotropical Entomology 30 (3): 314–349. doi:10.1590/S1519-566X2001000300001.
- ^ Kastinger C, and A Weber (2001). “Bee-flies (Bombylius spp., Bombyliidae, Diptera) and the pollination of flowers”. Flora 196 (1): 3–25.
- ^ a b Gullan, PJ and PS Cranston (2005). The Insects: An Outline of Entomology. Blackwell Publishing Ltd. p. 282 (ISBN 1-4051-1113-5)
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参考資料
和書・日本語サイト
- 福原達人『植物形態学』2005年。2009-01-28閲覧。
- 日本花粉学会編『花粉学事典(初版)』朝倉書店、1994年。
- 田中肇『花に秘められたなぞを解くために』農村文化社、1993年。ISBN 4931205151。
- 中山剛 BotanyWEB、筑波大学・生物学類。2009-01-28閲覧。