「スタジオジャイアンツ」の版間の差分

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==参考資料==
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2011年5月1日 (日) 00:34時点における版

スタジオジャイアンツは、アニメーション制作のうち、作画作業を主な事業内容とする日本の企業である。1975年に角谷哲生が設立。正式名称は「有限会社スタジオジャイアンツ」である。

概要

社長の角谷哲生は古沢日出夫が創業した日動新プロ出身のアニメーターである。日動新プロは東映動画系のスタジオで、角谷は木村圭市郎の指導の下、『ゲゲゲの鬼太郎』『あかねちゃん』など東映動画作品の原画・動画でキャリアを重ねた。そして、1975年に『ルパン三世 (TV第2シリーズ)』の仕事仲間だった安東信悦らと原画作業を行なうスタジオとしてスタジオジャイアンツを設立。翌1976年には構えた動画部門はスタジオライオンズ(雷音頭)と称した。

スタジオジャイアンツは、土田プロダクションとその後身にあたるスタジオコメット、それに葦プロダクションからの受注を仕事の中心として来た。特に葦プロダクションのテレビアニメ『花の魔法使いマリーベル』と『ジャンケンマン』は実質的な制作会社の役割を果たしたとされる。1990年代後半からは葦プロダクションから派生した制作会社XEBECの仕事を主とした。 2000年にはCG部門としてStudioGAOHを立ち上げCG作品にも対応する様になった。

練馬アニメーション協議会会員。

メンバー

社長の角谷哲生が東京デザイナー学院の講師だった関係で、摩砂雪高橋ナオヒト(音無竜之介)、志田正博(志田ただし、広田正志)、深沢幸司ら同校の出身者が多い。その他に、池上太郎、亀井治、日下直義、安東信悦、木崎文智、千羽由利子石野聡、江上夏樹、増尾昭一、斉藤英子、新羽高一浪(伊藤岳史)、武藤公春、武内宣之、都留稔幸、関野昌弘、鶴巻和哉鈴木俊二入好さとる、新岡浩美らが所属、もしくは在籍した。

参加作品

土田プロダクション作品

スタジオコメット作品

葦プロダクション作品

XEBEC作品

その他

参考資料

関連項目