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原子力潜水艦の大部分が[[加圧水型原子炉]](PWR)を搭載していて、もう一方の代表的な原子炉形式である[[沸騰水型原子炉]](BWR)はあまり採用されていない。これは潜水艦が海洋状態や気象、艦の機動によって船体が揺れたり傾いたりする時に、沸騰水型では冷却水が炉心を十分に冷やせない事態が懸念されるためである。
原子力潜水艦の大部分が[[加圧水型原子炉]](PWR)を搭載していて、もう一方の代表的な原子炉形式である[[沸騰水型原子炉]](BWR)はあまり採用されていない。これは潜水艦が海洋状態や気象、艦の機動によって船体が揺れたり傾いたりする時に、沸騰水型では冷却水が炉心を十分に冷やせない事態が懸念されるためである。


加圧水型原子炉では蒸気発生器、加圧水を循環させる強力な循環ポンプとその高圧配管、さらに2次冷却水のためのポンプと配管が、沸騰水型原子炉よりも余計に必要とされるが、1次冷却水系統と2次冷却水系統が分離されているため2次系にある[[蒸気タービン]]や復水器といった補機類は[[放射線]]の危険から離れた位置で点検整備が可能となる。
加圧水型原子炉では蒸気発生器、加圧水を循環させる強力な循環ポンプとその高圧配管、さらに2次冷却水のためのポンプと配管が、沸騰水型原子炉よりも余計に必要とされるが、1次冷却水系統と2次冷却水系統が分離されているため2次系にある[[蒸気タービン]]や復水器といった補機類は[[放射線]]の危険から離れた位置で点検整備が可能となる。しかし、一次冷却水が何らかの形で漏洩した場合はこの限りではなく、特に蒸気発生器は複雑で脆弱な配管構造を持つので、信頼性の低い初期の原子力潜水艦においては、しばしば致命的な放射能漏れ事故の原因となった


加圧水型と沸騰水型のいずれであっても人体に有害な放射線を遮蔽して他の船内を安全にするため、原子炉は鉛等が組み込まれた専用の耐圧隔壁で分離された原子炉区画内に設置されている。原子炉区画は艦の後ろ寄りに設けられていることが多く、艦の主要な部分を占める前部とタービンや操舵機などのある後部を結ぶために、鉛などで防護された狭い通路が原子炉区画の上部や側面を貫いている<ref>岩狭源清著『中国原潜技術&漢級侵犯事件』 [[軍事研究]]2005年4月号 ジャパン・ミリタリー・レビュー2005年4月1日発行 ISSN 0533-6716</ref>。
加圧水型と沸騰水型のいずれであっても人体に有害な放射線を遮蔽して他の船内を安全にするため、原子炉は鉛等が組み込まれた専用の耐圧隔壁で分離された原子炉区画内に設置されている。原子炉区画は艦の後ろ寄りに設けられていることが多く、艦の主要な部分を占める前部とタービンや操舵機などのある後部を結ぶために、鉛などで防護された狭い通路が原子炉区画の上部や側面を貫いている<ref>岩狭源清著『中国原潜技術&漢級侵犯事件』 [[軍事研究]]2005年4月号 ジャパン・ミリタリー・レビュー2005年4月1日発行 ISSN 0533-6716</ref>。

2010年11月11日 (木) 08:59時点における版

原子力潜水艦(げんしりょくせんすいかん、原潜(げんせん))とは動力に原子炉を使用する潜水艦のことである。

バージニア級原潜のCGイメージ

概要

艦の基本的な構造は、もう一方の代表的な潜水艦の推進動力方式であるディーゼルエンジンを備えた通常動力型潜水艦と大きくは違わない。船体は通常型と同様に涙滴型や葉巻型をしており、船体上部前寄りにセイル、その側面か船体前部側面に潜舵を持ち、艦尾のスクリュー・プロペラで推進する。一般的には通常型潜水艦より大型となり、どちらかと云えば通常型潜水艦が沿岸域での運用を得意とし、原子力潜水艦はより広い外洋域での運用を得意とするが、専門化している訳ではない。

原子力技術を持つ国でしか製造できないため、保有国は限られ、2010年現在、アメリカロシアイギリスフランス中国インドの6ヶ国のみ保有が確認されている。インドを除く五カ国が、攻撃型原子力潜水艦弾道ミサイル原子力潜水艦(=戦略ミサイル潜水艦)という2種の潜水艦を保有しており、攻撃型は通常型潜水艦と同様に敵水上艦船や敵潜水艦を攻撃し、場合により隠密裏に人員輸送を行なうが、弾道ミサイル型は通常型潜水艦では行なえない弾道ミサイルの発射プラットフォームとしての任務を担っており、攻撃型より大きな船体となっている。

アメリカ海軍は21世紀に入って、弾道ミサイル搭載型を巡航ミサイルの発射プラットフォームである巡航ミサイル潜水艦へ改造している。

特徴

以下に原子力潜水艦の特徴を示す。

原子力による主機関

加圧水型原子炉の構成概要

原子力潜水艦とは、その名の通り推進動力に原子力を使用するものであり、原子炉を熱源として高温高圧の水蒸気を発生させ、この水蒸気で蒸気タービンを駆動することによって、スクリューを回し、推進力を得ている。冷却液の循環系は安全のために複数設けられているのが通常である。原子力空母では1つの艦に原子炉を2基以上備えているが、原子力潜水艦では1基、または多くても2基である。

原子力潜水艦の大部分が加圧水型原子炉(PWR)を搭載していて、もう一方の代表的な原子炉形式である沸騰水型原子炉(BWR)はあまり採用されていない。これは潜水艦が海洋状態や気象、艦の機動によって船体が揺れたり傾いたりする時に、沸騰水型では冷却水が炉心を十分に冷やせない事態が懸念されるためである。

加圧水型原子炉では蒸気発生器、加圧水を循環させる強力な循環ポンプとその高圧配管、さらに2次冷却水のためのポンプと配管が、沸騰水型原子炉よりも余計に必要とされるが、1次冷却水系統と2次冷却水系統が分離されているため2次系にある蒸気タービンや復水器といった補機類は放射線の危険から離れた位置で点検整備が可能となる。しかし、一次冷却水が何らかの形で漏洩した場合はこの限りではなく、特に蒸気発生器は複雑で脆弱な配管構造を持つので、信頼性の低い初期の原子力潜水艦においては、しばしば致命的な放射能漏れ事故の原因となった。

加圧水型と沸騰水型のいずれであっても人体に有害な放射線を遮蔽して他の船内を安全にするため、原子炉は鉛等が組み込まれた専用の耐圧隔壁で分離された原子炉区画内に設置されている。原子炉区画は艦の後ろ寄りに設けられていることが多く、艦の主要な部分を占める前部とタービンや操舵機などのある後部を結ぶために、鉛などで防護された狭い通路が原子炉区画の上部や側面を貫いている[1]

長期間の連続潜航

原子炉の核燃料棒の交換は数年から十数年に一度で済むため、ディーゼル燃料を消費する通常型潜水艦のような航続距離の制約や頻繁な燃料補給の手間は無く、酸素を必要としないために長期間の連続潜航が可能である。もちろん、蒸気タービン軸受減速機用の潤滑油は定期的な補給が必要となるが、燃料に比べ、その頻度は少ない。

艦内の人員に必要な酸素も豊富な電力で海水から電気分解によって作り出し、二酸化炭素も化学的に吸着除去するので数か月間も浮上の必要を無くしている。長期間の連続潜航が可能になっても、乗組員の心理的な影響、新鮮な食料の補給、艦外からの整備などが必要なので、実際には長くても2か月程度の連続潜航しか行わない。

原子力機関は最大出力でも燃料消費をそれほど考慮する必要が無いために、必要なら長時間高速航走することが許されるので、ディーゼル潜水艦と比べれば水中機動の自由度が増したとされる[2]。ただ、高速での航行は水中騒音も大きくなり、探知される可能性が高まるので、それほど頻繁に行われるものではない。

騒音問題

原子力潜水艦の欠点は、電動機推進時(エンジンは停止)のディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦に比べ、静粛性が劣ることである。高速回転する蒸気タービンの軸出力で低回転のスクリューを回すため、減速ギヤを介在させる必要があり、この減速ギヤが大きな騒音発生源となる。また、原子炉作動中は、冷却水循環ポンプを常時動かしておかねばならず、加圧水型原子炉ではこのポンプも大きな騒音発生源となっている。また、原子力潜水艦特有の問題とも云えないが、原子力によって大きな推進力が得られても、スクリュー・プロペラで生じる騒音も大きくなるという問題もある。

こうした弱点を克服するため、蒸気タービンで発電機を動かし、電動モーターでスクリューを駆動する原子力ターボ・エレクトリック方式による推進システムが採用された例がいくつかある。例えば、フランス海軍の原子力潜水艦はすべてこの方式を採用しており、他にもアメリカ海軍が2度(「タリビー」、「グレナード・P・リプスコム」)試用している。ただ、この方式は、蒸気タービン方式(ギアド・タービン方式)に比べて効率・整備性が悪く、水中速力も劣る。そのため、この方式を常用するのは、現在ではフランス海軍のみにとどまっている。また、アメリカ海軍の最新原子力潜水艦では、低出力時には冷却材の自然循環のみによる運転が可能とされており、ポンプの運転が不用と云われている。

他の問題点

開発・建造・維持運用に非常に費用がかかり、用途廃止となったあとの原子炉・核燃料の処理の問題、メルトダウンや放射能漏れの危険性などがある。

アメリカ海軍では新造艦の原子炉に高濃縮ウランを用いた燃料棒を使用することで燃料の寿命を艦の寿命と等しくし、実質的に燃料交換を不用にして、原子炉の維持費の大きな部分を占める燃料棒の交換費用を無くし稼動率の向上と放射性廃棄物の減少をはかっている。ただ、この高濃縮ウランの使用が原子力潜水艦の危険性をさらに高めたという指摘がある[3]

通常型潜水艦の特徴

原子力動力との対比のために通常動力での潜水艦(通常型潜水艦)の特徴を以下に示す。以下の通常型潜水艦にはAIP動力潜水艦は含まれないものとする。

通常型潜水艦は、水中では蓄電池を動力とし、この充電のために適宜、浅深度を航走してシュノーケルから空気を取り入れ、内燃機関であるディーゼル・エンジンで発電機を動かさなければならない。通常型潜水艦は通常の潜水航行では充電したバッテリーとモーターしか使えないため、バッテリーを消耗すると潜水航行できなくなる(連続潜航時間の制約)。また、内燃機関の燃料が尽きればそれ以上の航海は不可能である(連続航海日数の制約)。通常型潜水艦の連続潜航時間および連続航海期間を延長する努力は長年にわたって行われてきたが、単に「潜ることができる艦 (submersible ship)」ではなく「潜ることが専門の艦」、すなわち潜航状態を常態とする艦が達成されたのは、原子力機関の長所を生かした原子力潜水艦が登場してからのことである。

潜航中の通常動力潜水艦の動力は蓄電池に蓄えられた電力のみで、これによる水中速力は最大でも20数ノットが限界であり、また、その速度で航行した場合には、短時間で蓄電池の電力を使い切ってしまう。

運用

原子力潜水艦は、当初、第二次世界大戦までの潜水艦の延長線上において対水上艦戦闘任務を主務とした。だが、水中性能の向上にともなって、潜水艦を水上や空中から探知することが困難になり、脅威の度合いが増すにつれて、潜水艦を潜水艦で「狩る」水中戦の重要度が増すこととなった。こうして、遅くとも1960年代末以降には、潜水艦に対する最も有効な兵器は潜水艦であるとの認識が一般化した。

また、その特性上、秘匿性が非常に高いことを活かし、核戦略の一端を担う海中ミサイル基地とでも言うべきタイプも登場した。こうした潜水艦を弾道ミサイル原子力潜水艦戦略ミサイル原子力潜水艦(戦略原潜)などと呼ぶ。初期のポラリス原潜では、核弾頭1発を搭載した長射程の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)16基を装備していたが、MIRV技術の進歩により、現在では、1発あたり10 - 14発の核弾頭を搭載した多弾頭式の弾道ミサイルを16 - 24基搭載するまでになっている。弾道ミサイル原潜は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の固定サイロよりも発見されづらいという特徴があるため、先制攻撃の手段としてではなく攻撃を受けたあとの反撃手段・第二次攻撃手段としての意味合いが強い。こうした潜水艦の登場は、冷戦を背景にしたものに他ならないが、アメリカ海軍ジョージ・ワシントン級(1番艦は1959年就役)を嚆矢として、はじめはアメリカ・ソ連、次いでイギリス・フランスが弾道ミサイル原潜を保有するようになると、弾道ミサイル原潜の護衛または捜索・追尾・攻撃が攻撃型原子力潜水艦の重要な任務になった。

そのほかにも対地攻撃や対艦攻撃用の巡航ミサイルを装備した型もありこのタイプのことを巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN)などと呼ぶこともある。これは、旧ソ連海軍において、仮想敵たるアメリカ海軍空母戦闘群(現 空母打撃群)への対抗上、特に大きく発展した。

歴史

1940年代、ウラン核分裂反応の軍事利用に関する研究がなされた過程で、核エネルギーを利用した潜水艦の構想がナチス・ドイツ旧日本海軍等で考えられていた。

戦後、ドイツの原潜構想を知ったアメリカ海軍のハイマン・G・リッコーヴァー大佐は、その革新性に着目し、原潜開発を上層部に訴えた。当時の軍事的な核利用は爆弾が中心であり、巨大な原子力発電プラントを潜水艦に搭載することなど夢のまた夢と考えられていたため、リッコーヴァー大佐の提案はまともに取り上げられなかった。しかし、リッコーヴァー大佐がチェスター・ニミッツ提督に直訴までして実現を訴え続けた結果、最終的にはその熱意が認められ、合衆国海軍原子力部が設立され、リッコーヴァーはその長に就任した。大佐は偏執的ともいえる態度で、原潜開発を強力に推進した。

こうして、リッコーヴァーの指揮の下、世界最初の原子力潜水艦「ノーチラス」(1954年竣工)が開発された。このことからリッコーヴァーは「原潜の父」と呼ばれている。ノーチラスは世界ではじめて北極の下を潜航して横断したことでも知られる。また世界初の戦略ミサイル原潜は同じくアメリカが開発したジョージ・ワシントン1959年に竣工した。ジョージ・ワシントン級戦略ミサイル原潜は、アメリカ海軍のラボーン少将指揮の下で、搭載するポラリス・ミサイルを含めてわずか4年という短期間で開発された(この時、用いられたのが、マネジメント手法として今日でも知られるPERT(Program Evaluation and Review Technique)である)。

原潜一覧

2010年現在、原子力潜水艦を運用している国とその型(現用のみ)を下に挙げる。

略語は以下のとおり

SSBN
弾道ミサイル原子力潜水艦
SSGN
巡航ミサイル原子力潜水艦
SSN
攻撃型原子力潜水艦
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ロシアの旗 ロシア
イギリスの旗 イギリス
フランスの旗 フランス
中華人民共和国の旗 中国

脚注

  1. ^ 岩狭源清著『中国原潜技術&漢級侵犯事件』 軍事研究2005年4月号 ジャパン・ミリタリー・レビュー2005年4月1日発行 ISSN 0533-6716
  2. ^ 溶融金属冷却原子炉を採用したロシアのアルファ級攻撃型原潜などは最高速度は40ノットを超えるといわれている。実際には、アメリカ海軍の実験潜水艦「アルバコア」の様に、30ノット以上を発揮することも不可能ではないが、費用便益比において現実的ではなく、同様の機軸を実現した例は他にはない。
  3. ^ 原子力資料情報室

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