基部系統
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海綿動物を最も基部の系統とする動物の分子系統樹の例[1] |
基部系統(きぶけいとう)は系統樹の基部で分岐した系統を呼ぶ用語で[2]、ある分類群の進化史において、その初期に他の構成要素から分かれている系統である[3]。そういった分類群 (taxon)は基部分類群(きぶぶんるいぐん、basal taxon)と呼ばれる[3]。そういった系統上の位置は、「基部の (basal)」と表現され[4][5]、「最も初期に分岐した」[6]とも表現される。化石脊椎動物の文脈では、「基盤的」と訳されることも多い[7][8]。
意味と用法
[編集]基部で分岐した末端群を基部系統と呼ぶのは分岐学においては厳密には適切ではないため、そのような用い方に対しKrell & Cranston (2004)が論説にて問題提起した。
「基部」に意味はあるのか
[編集]有根系統樹には、「基部 (base)」が生じる[9]。系統樹において、分岐する枝はそれぞれ同等であり、回転(相互に交換)可能である[9][10]。そのため、最も分岐の基部に位置する枝の左右両方が「基部系統群」である[9]。そのため、1つのクレードのみが最も基部とはなり得ない[9]。ある姉妹群において、一方のクレードを基部系統だとすると、他方のクレードは「派生的なクレード」となる[9]。種数が多い方の群が「より派生的な」クレードだとすると、確かにより多くの種が含まれるが、これは本質的には意味がない[9]。系統樹の各枝に含まれる分類群の数はそのデータの集め方によって変わり、現生で種数が少ない基部のクレードでも、絶滅したより多くの種を含んでいたかもしれないためである[9]。系統分類学や分岐学においては、系統樹の各クレードに重みづけをする理由はない[9]。
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新翅類は多新翅類と新性類からなり 系統樹において、これらは相互に交換可能である |
新性類をメインのクレードとすると、 多新翅類は「基部系統」となる |
系統樹の枝は回転可能であるため、 多新翅類をメインのクレードとして、 新性類を「基部系統」と見なすこともできる |
適切な用法
[編集]基部に近い節や分岐は「基部節 (basal nodes)」または「基部分岐 (basal branchings)」である[9]。「基部の枝 (basal branch)」は最も基部の節(対象とする群のうち最も古い共通祖先)の間にある枝である[9]。「基部単系統群 (basal clade)」は、2つ以上の末端分類群(末端節にある分類群)の前の節で終わる木の一部分である[9]。「基部分類群 (basal taxon)」はあくまで(仮説上の)祖先種、つまり分岐図におけるステムの種であり、末端分類群ではない[9]。それ以外の「基部」の用法はすべて間違っており、誤解を招く[9]。しかし、分岐学における方法では祖先を特定できないため、「"正しい"基部分類群」であっても、系統分類における議論ではあまり意味がない[9]。同様に「"正しい"基部単系統群」も末端分類群の関係を議論する上ではあまり意味がない[9]。そのため一般に、「基部」は系統学的な議論において、現状よりもはるかに少ない頻度で使われるべきものである[9]。
以下の用法は、上記の説明における「"適切な用法の"基部系統」には当たらないが、よく用いられ、系統樹における位置関係を示すのに有用であるためここで解説する。
「原始的」
[編集]系統樹の基部で分岐した群は「原始的 (primitive)」系統と呼ばれることもあるが、これは誤りである[2]。基部で分岐した群はその末裔である現生種が古い形質(= 原始的な形質)を保持しているとは限らない[2]。系統樹が示すのは、共通祖先から進化したことであり、一方の群から他方が進化したことを示すわけではない[3]。そのため、基部系統であることが故に原始的と言うことはできない。
以下の図は、Seberg et al. (2012)およびAPG IV (2016)によるキジカクシ目 Asparagales の系統樹である[2]。キジカクシ目において、最も基部で分岐した群はラン科 である[2]。しかし、キジカクシ目の共通祖先の花の形態はラン科とは大きく異なっていたと考えられており、ラン科の花形態はラン科の祖先が分岐した後で進化し、獲得されたものであると考えられる[2]。
キジカクシ目 |
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Asparagales |
基部系統の例
[編集]コケ植物
[編集]現生陸上植物の最基部で分岐したのはコケ植物であると推定されている[11]。そのため、コケ植物は基部陸上植物と呼ばれる[2]。形態形質の分岐学的解析から側系統群であると考えられたが[12]、分子系統解析により最近では単系統となる解析結果も得られている[13][14]。以下にPuttick et al. (2018)による系統樹を示す[13]。
陸上植物 |
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Embryophyta |
基部被子植物
[編集]アンボレラは被子植物の初期に最も分岐した群であり、これを含む、被子植物の系統進化の初期に分岐した側系統群は基部被子植物(Basal Angiosperms, ANA)と呼ばれる[2][15][16]。
APG IV (2016)による系統樹は以下の通りである[17][注釈 1]。
被子植物 |
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Angiospermae |
また、真正双子葉類のうち基部に位置するものは基部真正双子葉類 (basal eudicots)と呼ばれる[18][16][19][20]。キンポウゲ科 Ranunculaceaeやハス科 Nelumbonaceae、ヤマグルマ科 Trochodendraceaeが含まれる[16]。
無翅昆虫類
[編集]六脚類 Hexapoda の中でも、翅をもたないカマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目(以上三群は内顎類と呼ばれる[21])、イシノミ目、シミ目の5群は基部系統であり、翅を獲得しておらず、原始的な形質を保持していると考えられている[22]。以下にMisof et al. (2014)による六脚類の系統樹を示す[23]。和名は『岩波生物学辞典 第5版』(2013)より[24]。
六脚亜門 |
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Hexapoda |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ APG IV (2016)で定義されない学名は Cantino et al. (2007)により補った
出典
[編集]- ^ Laumer, Christopher E.; Sørensen,Martin V. and Giribet, Gonzalo (2019). “Revisiting metazoan phylogeny with genomic sampling of all phyla”. Proc. R. Soc. B 286: 1-10. doi:10.1098/rspb.2019.0831.
- ^ a b c d e f g h 長谷部 2020, pp. 66–67.
- ^ a b c Urry et al. 2018, p. 643.
- ^ 伊藤 2012, p. 145.
- ^ 伊藤 2012, p. 153.
- ^ 日本動物学会 2018, p. 57.
- ^ 久保泰 (2011). “三畳紀の恐竜型類における植物食と二足歩行の進化”. 福井県立恐竜博物館紀要 10: 55-62 .
- ^ 川上和人・江田真毅 (2018). “鳥類の起源としての恐竜と,恐竜の子孫としての鳥類”. 日本鳥学会誌 67 (1): 7-23. doi:10.3838/jjo.67.7.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Krell & Cranston 2004, pp. 279–281.
- ^ Urry et al. 2018, p. 646.
- ^ 長谷部 2015, p. 176.
- ^ 伊藤 2012, p. 108.
- ^ a b Puttick et al. 2018, pp. 733–745.
- ^ 長谷部 2020, p. 69.
- ^ 伊藤 2012, pp. 145–146.
- ^ a b c 伊藤 2013, pp. 79–82.
- ^ APG IV 2016, pp. 1–20.
- ^ 伊藤 2012, p. 155.
- ^ 山田敏弘「ありふれた植物化石に生物学的意義を見出す」『化石』第100巻、日本古生物学会、2016年、61‒67、doi:10.14825/kaseki.100.0_61。
- ^ 佐藤由夏・伊藤元己「基部真正双子葉類に属するキンポウゲ科タガラシにおけるMADS-box遺伝子群の単離及び発現解析」『第50回日本植物生理学会年会講演要旨集』、日本植物生理学会、0668頁、doi:10.14841/jspp.2009.0.0668.0。
- ^ 日本動物学会 2018, p. 82.
- ^ 町田龍一郎 (2014). 六脚類の初期進化—比較発生学の立場から見えてくるもの— (PDF). 生命誌研究館 (Report). 2022年2月27日閲覧。
- ^ Misof et al. 2014, pp. 763–767.
- ^ 巌佐ほか 2013, pp. 1598–1601.
参考文献
[編集]- APG IV (2016). “An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV”. Botanical Journal of the Linnean Society 181: 1–20.
- Cantino, Philip D.; Doyle, James A.; Graham, Sean W.; Judd, Walter S.; Olmstead, Richard G.; Soltis, Douglas E.; Soltis, Pamela S.; Donoghue, Michael J. (2007). Towards a phylogenetic nomenclature of Tracheophyta. 56. E1-E44
- Krell, Frank-T.; Cranston, Peter S. (2004). “Which side of the tree is more basal?”. Systematic Entomology 29: 279–281. doi:10.1111/j.0307-6970.2004.00262.x.
- Misof, B.; Liu, S.; Meusemann, K.; Peters, R. S.; Donath, A.; Mayer, C.; Frandsen, P. B.; Ware, J. et al. (2014-11-07). “Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution”. Science 346 (6210): 763–767. doi:10.1126/science.1257570.
- Puttick, Mark N.; Morris, Jennifer L.; Williams, Tom A.; Cox, Cymon J.; Edwards, Dianne; Kenrick, Paul; Pressel, Silvia; Wellman, Charles H. et al. (2018). “The interrelationships of land plants and the nature of ancestral Embryophyte”. Current Biology (Cell) 28: 733–745. doi:10.1016/j.cub.2018.01.063.
- Seberg, Ole; Petersen, Gitte; Davis, Jerrold I.; Pires, J. Chris; Stevenson, Dennis W.; Chase, Mark W.; Fay, Michael F.; Devey, Dion S. et al.. “Phylogeny of the Asparagales based on three plastid and two mitochondrial genes”. American Journal of Botany 99 (5): 875-89. doi:10.3732/ajb.1100468.
- Urry, Lisa A.、Cain, Michael L.、Wasserman, Steven A.、Minorsky, Peter V.、Reece, Jane B.『キャンベル生物学 原書11版』池内昌彦・伊藤元己・箸本春樹・道上達男 監訳、丸善出版、2018年3月30日(原著2017年)。ISBN 978-4-621-30276-7。
- 伊藤元己『植物の系統と進化』裳華房〈新・生命科学シリーズ〉、2012年5月25日。ISBN 978-4785358525。
- 伊藤元己『植物分類学』東京大学出版会、2013年3月25日。ISBN 978-4-13-062221-9。
- 巌佐庸、倉谷滋、斎藤成也、塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日、1598-1601頁。ISBN 9784000803144。
- 公益社団法人 日本動物学会『動物学の百科事典』丸善出版、2018年9月28日。ISBN 978-4621303092。
- 長谷部光泰 著「陸上植物の系統」、長谷部光泰 監修 編『進化の謎をゲノムで解く (細胞工学別冊)』学研メディカル秀潤社、2015年8月28日。ISBN 978-4780909227 。
- 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日。ISBN 978-4785358716。