吉見 (田尻町)
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吉見 | |
---|---|
北緯34度23分22.43秒 東経135度17分19.87秒 / 北緯34.3895639度 東経135.2888528度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 大阪府 |
郡 | 泉南郡 |
市町村 | 田尻町 |
面積 | |
• 合計 | 0.955775424 km2 |
人口 | |
• 合計 | 3,852人 |
• 密度 | 4,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
598-0092[3] |
市外局番 | 072(岸和田貝塚MA)[4] |
ナンバープレート | 和泉 |
地理
[編集]田尻町西部に位置する。北はりんくうポート南、北から東にかけて嘉祥寺、南は泉佐野市南中樫井・泉南市北野、西は泉南市岡田に隣接する。
歴史
[編集]大阪湾に面した風光明媚な地で、古くは万葉集にも登場し、江戸時代には新井白石が漢詩『吉見里』を残している。
天保期に三上藩領となり、三上藩が明治初期に吉見村の春日神社境内に陣屋を移転して吉見藩となった。廃藩置県により吉見県となったが程なく堺県に統合された。
明治期には泉南の特産品である泉州タマネギの栽培が吉見で始まり、春日神社境内に「泉州珠葱栽培之祖」の碑が建っている。大正期には近世より盛んに行われていた機業を背景に谷口房蔵が吉見紡績を創立。谷口氏の別邸は現在田尻歴史館となっている。
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世帯数と人口
[編集]2020年(令和2年)5月1日現在(田尻町発表)の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
吉見 | 1,638世帯 | 3,852人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移。
1995年(平成7年) | 3,333人 | [5] | |
2000年(平成12年) | 3,406人 | [6] | |
2005年(平成17年) | 3,240人 | [7] | |
2010年(平成22年) | 3,336人 | [8] | |
2015年(平成27年) | 3,385人 | [9] |
世帯数の変遷
[編集]国勢調査による世帯数の推移。
1995年(平成7年) | 1,101世帯 | [5] | |
2000年(平成12年) | 1,201世帯 | [6] | |
2005年(平成17年) | 1,140世帯 | [7] | |
2010年(平成22年) | 1,263世帯 | [8] | |
2015年(平成27年) | 1,328世帯 | [9] |
事業所
[編集]2016年(平成28年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[10]。
大字 | 事業所数 | 従業員数 |
---|---|---|
吉見 | 118事業所 | 739人 |
施設
[編集]交通
[編集]鉄道
[編集]道路
[編集]その他
[編集]日本郵便
[編集]脚注
[編集]- ^ “大阪府泉南郡田尻町の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2020年5月15日閲覧。
- ^ a b “統計情報”. 田尻町 (2020年5月1日). 2020年5月15日閲覧。
- ^ a b “吉見の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ a b “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ “平成28年経済センサス-活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2019年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年11月4日閲覧。
参考文献
[編集]- 県別マップル大阪府道路地図