冪零群
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群論における冪零群(べきれいぐん、英: nilpotent group)は、「ほとんど」アーベルな群である。この概念は、冪零群が可解群となるという事実に裏打ちされ、有限冪零群に対して位数が互いに素な二元は可換となる。有限冪零群はさらに超可解でさえある。冪零群の概念の創始は1930年代におけるロシア人数学者セルゲイ・チェルニコフの業績に帰せられる[1]。
冪零群はガロワ理論において、また群の分類理論において、用いられる。あるいはまた、リー群の分類においても顕著である。
冪零あるいは降中心列・昇中心列といった用語は、(導来群を作る操作を、リー括弧積で代用した類似概念を用いて)リー環の理論においても用いられる(冪零リー環の項を参照)。
定義
[編集]考えている群が冪零であるとは、以下の同値な条件の何れか(したがってすべて)を満足するときに言う:
- 有限の長さの中心列を持つ。それはすなわち、正規部分群からなる有限の系列 であって、Gi+1/Gi ≤ Z(G/Gi) あるいは同じことだが [G, Gi+1] ≤ Gi となるものである。
- 降中心列が有限の長さで自明群に到達する。すなわち、G0 ≔ G および Gi+1 ≔ [Gi, G] によって定まる正規部分群の系列でとできる。
- 昇中心列が有限の長さでもとの群に到達する。すなわち、Z0 ≔ {1} および Zi+1 は Zi+1/Zi = Z(G/Zi) なる G の部分群と定めるとき、得られる正規部分群の系列でとできる。
冪零群 G に対して、G が長さ n の中心列を持つとき(定義により、長さ n を持つとは中心列に自明群と G 自身を含めて n + 1 個の部分群が並ぶときに言う)、そのような n の最小値を G の冪零度 (nilpotency class; 冪零性の等級) と呼び、また G は冪零度 n の冪零群であるという。G の冪零度は、降中心列または昇中心列を用いても同じ値が定められる。[注釈 1]
冪零度を上記のどの仕方で定義したとしても、直ちにわかることに「自明群が冪零度零の唯一の群である」ことおよび「冪零度 1 の群は非自明なアーベル群である」ことが挙げられる[2][3]
例
[編集]- 既に述べたように、任意のアーベル群は冪零である[2][4]。
- 小位数の非アーベルな例として、最小の非アーベル p-群である四元数群 Q8 を挙げることができる。その中心は位数 2 の {1, −1} であり、昇中心列 {1}, {1, −1}, Q8 が得られるから、これは冪零度 2 の例ということになる。
- 実は任意の有限 p-群が冪零である。位数 pn の p-群に対し、最大の冪零度は n - 1 である。冪零度最大の 2-群は、四元数群、二面体群あるいは半二面体群の一般化と考えられる。
- 二つの冪零群の直積はまた冪零である[5]。
- 逆に、任意の有限冪零群は p-群の直積になる[6]。
- ハイゼンベルク群は非アーベル[7]無限冪零群の例である[8]。
- 任意の体 F 上の n-次冪単行列(単上三角行列)全体の成す乗法群は、冪零度 n − 1 の冪零(代数)群である。
- F 上の n-次正則上三角行列全体の成す乗法群は一般には冪零群でない(が、可解群ではある)。
用語の説明
[編集]冪零群の名称は、それが任意の元による「随伴作用」が冪零となることによる。つまり、冪零度 n の冪零群に対して、その元 g の定める作用 が g, x に依らずn 回反復合成で自明となる(ここで、[g, x] ≔ g−1x−1gx は g, x の交換子である)。
これは冪零群を定義可能な特徴づけとはなっていない。実際、(既にみたように冪零度 n の)随伴作用素 adg 全体の成す群は n-次エンゲル群[注釈 2]と呼ばれ、一般には冪零群でない。位数有限ならば冪零であることが示され、有限生成ならば冪零であろうと予想されている。
アーベル群はちょうど、そのような群で随伴作用が冪零でも自明でもないもの(1-次エンゲル群)になっている。
性質
[編集]昇中心列の連続する部分群による各剰余群 Zi+1/Zi はアーベル群であり、かつ列は有限であるから、任意の冪零群は比較的単純な構造を持つ可解群である。
冪零度 n の冪零群の任意の部分群は、冪零度高々 n である[9]。加えて、f が冪零度 n の冪零群上の準同型ならば、f の像は冪零度高々 n の冪零群になる[9]。
有限群に対して以下は同値[10]であり、冪零性の有効性が顕わになる:
- (a) G は冪零群である。
- (b) 正規化性質: H が G の真の部分群ならば、H は(H の G における)正規化群 NG の真の正規部分群になる。
- (c) G の任意のシロー部分群は正規部分群である。
- (d) G はそのシロー部分群の直積である。
G がアーベル群ならば、任意の H に対して NG(H) = G であるからよい。そうでないとき、中心 Z(G) が H を含まないならば、hZ⋅H −1
Z h−1 = hHh−1 = H であるから、H·Z(G) は H を正規化する。
以下、それ以外のときについて G の位数 |G| に関する帰納法で示す。Z(G) が H を含むならば H/Z(G) は G/Z(G) に含まれる。G/Z(G) が冪零であることに注意せよ。したがって、帰納法の仮定により、G/Z(G) の部分群で H/Z(G) の正規化群であるものが存在し、H/Z(G) はその真の部分群となる。それにより、その部分群を G の部分群に引き戻せば、それは H を正規化する[注釈 3]。
G の任意のシロー部分群を P とし、N = NG(P) と置く。P は N の正規部分群であるから、P は N の特性部分群 char N である。P = char N かつ N は NG(N) の正規部分群であるから、P は NG(N) の正規部分群となる。これは NG(N) が N の部分群であることを意味するから、NG(N) = N であり、(b) により N = G でなければならず、それは (c) ということである。
G の位数を割り切る相異なる素数を p1, p2, …, ps とし、部分群 Pi はそれぞれシロー pi-部分群に含まれるとする。任意の t に対し、帰納的に P1⋅P2 ⋯ Pt が P1 × P2 × ⋯ × Pt に同型であることが示せる。実際、まず各 Pi が G の正規部分群であるという仮定に注意すれば、積集合 P1⋅P2 ⋯ Pt は G の部分群である。H ≔ P1⋅P2 ⋯ Pt−1 および K ≔ Pt とすれば、帰納法の仮定により H は直積群 P1 × P2 × ⋯ × Pt−1 に同型で、特に |H| = |P1|⋅|P2| ⋯ |Pt−1| が成り立つ。|K| = |Pt| であったから、H, K の位数は互いに素であり、ラグランジュの定理によって H, K の交わりは自明群 {1}、したがって HK ≅ H × K だが、これは作り方から P1⋅P2 ⋯ Pt = HK ≅ H × K = P1 × P2 × ⋯ × Pt であり、帰納法は完成する。t = s と取って (d) を得る。
Z(P1 × P2 × ⋯ × Ps) が Z(P1) × ⋯ × Z(Ps) に同型、したがって G/Z(G) = (P1/Z(P1)) × ⋯ × (Ps/Z(Ps)) となることを見るのは易しい。ゆえに (d) の仮定は G/Z(G) についても成り立つ。Pi ≠ 1 ならば Z(Pi) ≠ 1 であるから、G ≠ 1 ならば |G/Z(G)| は |G| より小さく、帰納法の仮定により G/Z(G) は冪零、したがって G は冪零となる。
最後の性質 (d) は無限群の場合にも拡張することができる:
- 命題
- G が冪零群ならば、G の任意のシロー p-部分群 Gp は正規であり、それらシロー部分群の直積は G における位数有限な元全体の成す部分群に一致する。
冪零群の性質の多くは超中心群と共通している。
注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ Dixon, M. R.; Kirichenko, V. V.; Kurdachenko, L. A.; Otal, J.; Semko, N. N.; Shemetkov, L. A.; Subbotin, I. Ya. (2012). “S. N. Chernikov and the development of infinite group theory”. Algebra and Discrete Mathematics 13 (2): 169–208.
- ^ a b Suprunenko 1976, p. 205.
- ^ Tabachnikova & Smith 2000, p. 169.
- ^ Hungerford 1974, p. 100.
- ^ Zassenhaus 1999, p. 143.
- ^ Zassenhaus 1999, p. 143, Theorem 11.
- ^ von Haeseler 2002, p. 15.
- ^ Palmer 1994, p. 1283.
- ^ a b Bechtell 1971, p. 51, Theorem 5.1.3.
- ^ Isaacs 2008, Thm. 1.26.
参考文献
[編集]- Bechtell, Homer (1971). The theory of groups. Addison-Wesley
- Hungerford, Thomas Gordon (1974). Algebra. Berlin: Springer-Verlag. ISBN 0-387-90518-9
- Isaacs, I. Martin (2008). Finite group theory. American Mathematical Society. ISBN 0-8218-4344-3
- Palmer, Theodore W. (1994). Banach algebras and the general theory of *-algebras. Cambridge, UK: Cambridge University Press. ISBN 0-521-36638-0
- Suprunenko, D. A. (1976). Matrix Groups. Providence, Rhode Island: American Mathematical Society. ISBN 0-8218-1341-2
- Tabachnikova, Olga; Smith, Geoff (2000). Topics in Group Theory. Springer Undergraduate Mathematics Series. Berlin: Springer. ISBN 1-85233-235-2
- von Haeseler, Friedrich (2002). Automatic Sequences. De Gruyter Expositions in Mathematics. 36. Berlin: Walter de Gruyter. ISBN 3-11-015629-6
- Zassenhaus, Hans (1999). The theory of groups. New York: Dover Publications. ISBN 0-486-40922-8
関連文献
[編集]- Stammbach, Urs (1973). Homology in group theory. Lecture Notes in Mathematics. 359. New York: Springer-Verlag: review
外部リンク
[編集]- Renze, John. "Nilpotent Group". mathworld.wolfram.com (英語).
- nilpotent group in nLab
- nilpotent group - PlanetMath.
- Shmel'kin, A.L. (2001), “Nilpotent group”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4