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プレビッシュ=シンガー命題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

プレビッシュ=シンガー命題(ぷれびっしゅ=しんがーめいだい、: The Prebisch–Singer thesis)とは、長期的には一次産品の工業製品に対する相対価格が低下し、一次産品を生産し輸出する国の交易条件が悪化するという考え方。ラウル・プレビッシュハンス・シンガー英語版が1940年代後半に提唱した[1][2]プレビッシュ=シンガー仮説(英: The Prebisch–Singer hypothesis)とも呼ばれる。

理論的背景

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この命題の背景には、工業製品は一次産品に比較して需要の所得弾力性が大きいことがある。つまり、所得が上昇したときに工業製品への需要は一次産品への需要に比較して大きく上昇し、工業製品を輸出する先進工業国への需要が増加する。また、一次産品は需要の価格弾力性も小さい。したがって、一次産品の価格が低下しても需要はあまり伸びず、一次産品の生産者の収入の減少につながる。

歴史

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1945年から1949年にかけてのラウル・プレビッシュの講義において、この命題の理論的背景が説かれた[3]。しかし、彼が行わなかったのは実証的検証である。1949年、ニューヨーク国際連合経済社会局に勤務していたハンス・シンガーは、「戦後の発展途上国と工業国の価格の関係("Post-war Price Relations between Under-developed and Industrialized Countries")」という論文を公表する。この論文では、1876-1948年の間に、発展途上国の交易条件が大きく悪化していることが示されていた。この論文に触発されたラウル・プレビッシュは、この論文の結果を1949年にハバナで開催されたラテンアメリカ・カリブ経済委員会で報告する[4]。このように、実証的支持に関する貢献はハンス・シンガーのものであると言える。とはいえ、交易条件の長期的な変化が先進国を利し、途上国にを害するものであるという考え方は2人がそれぞれ独立して思い至ったと言える。

影響

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この命題によると、国際貿易によって発展途上国よりも先進国の方が大きな利益を得ることが示唆されるため、従属理論輸入代替工業化を支持する考え方につながる。これは、イマニュエル・ウォーラーステインネオ・マルクス主義英語版のような世界経済秩序の解釈にも関連する。そうしたこともあり、1960-1970年代にはネオ・マルクス主義の開発経済学者に支持され、一次産品の先物取引を奨励する動きにもつながった。ラウル・プレビッシュは、発展途上国は特定の財の輸出に頼るのではなく輸出財の種類を増やすようにすること、できるだけ早く工業化を実現することなどを説いた。

アフリカ諸国以外の発展途上国では、輸出に占める工業製品の割合が増加したことから、1980年代以降はそれ以前に比べてポピュラーな考え方ではなくなった。したがって、近年の研究では一次産品と工業製品の相対価格を比較するのではなく、「途上国が輸出するようなシンプルな工業製品」と「先進国が輸出するような複雑な工業製品」の相対価格が比較されている。

実証研究

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2010年、2013年の実証研究ではプレビッシュ=シンガーの命題を支持する結果を得ている[5][6]

出典

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  1. ^ Prebisch, Raul (1950) "The Economic Development of Latin America and Its Principal Problems." Economic Bulletin for Latin America, 7:1-12.
  2. ^ Singer, Hans (1950) "The Distribution of Gains between Investing and Borrowing Countries." American Economic review Papers and Proceedings, 40: 473-485.
  3. ^ Joseph L. Love (1980). “Raul Prebisch and the Origins of the Doctrine of Unequal Exchange”. Latin American Economic Review 15 (3): 45–72. JSTOR 2502991. 
  4. ^ John Toye; Richard Toye (2003). “The origins and interpretation of the Prebisch-Singer thesis”. History of Political Economy 35 (3): 437–467. doi:10.1215/00182702-35-3-437. hdl:10036/25832. http://muse.jhu.edu/journals/history_of_political_economy/v035/35.3toye.html. 
  5. ^ Arezki, Radah; Hadri, Kaddour; Loungani, Prakash; Rao, Yao (2013) "Testing the Prebisch-Singer Hypothesis since 1650: Evidence from Panel Techniques that Allow for Multiple Breaks", IMF Working Paper No. 13.180. 2022年1月3日閲覧。
  6. ^ David I. Harvey; Neil M. Kellard; Jakob B. Madsen; Mark E. Wohar (April 2010). “The Prebisch–Singer hypothesis: four centuries of evidence”. Review of Economics and Statistics 92 (2): 367–377. doi:10.1162/rest.2010.12184. http://www.mitpressjournals.org/doi/abs/10.1162/rest.2010.12184 30 October 2014閲覧。.