Wikipedia:コメント依頼/みそがい

利用者:みそがい会話 / 投稿記録さんにおける、これまで私Falcatedに対する態度について、及びフェルメールの作品での加筆について、皆様方のコメントを依頼します。

これまでの経緯[編集]

利用者:みそがい会話 / 投稿記録さんのフェルメールの作品などでの編集姿勢ついて、及び、利用者:みそがい会話 / 投稿記録さんの私Falcatedに対するこれまでの対応について、皆様方のコメントを依頼します。 みそがいさんは、2005年3月に初編集をされた、編集歴17年のベテランです[1]。対して私は2020年1月初編集の、2年半ほどの経歴になります[2]。これまで一貫して、美術史の記事を執筆しております。そのような立場ですので、Wikipedia:良質な記事 でのNDC700-750番台の記事はチェックしており、フェルメールの作品についても、注がしっかり付されていない、WP:Vを満たさない記事として、以前から認識していました。 そんななか、同記事が 良質な記事の再選考にかかっているのに気が付きました。2021年の6月から8月にかけ、 良質な記事の再選考にかかっていた東海道五十三次 (浮世絵) を手直しして、良質維持した経験があるので、今回も同様に行おうとしました。その上で本記事の問題点として、上述の通り、出典がしっかり付いておらず、かつ「空間の整理が出来ていない。天才も人間味溢れる一人の人間であったことを感じさせる作品である」「背景の画中画に描かれた男性の視線はワイングラスを持つ女性の方に向けられ、この場のなりゆきを見守るかのようである」といった、典拠不明、及び出典の丸写しと思われる独特の表現がある点だけでなく、「来日した作品」節がある事でした。本記事が良質な記事に選ばれた2006年11月時点Wikipedia:月間新記事賞/2006年11月で、この節は無く、2007年8月19日、Kanejanさんによって加筆されたのが最初です[3]。編集要約欄に何も書かれておらず、またこの方は活動を休止されている為、いかなる意図で加筆をされたのか、今となっては不明です。その後、誰も問題とすることなく、今に至るわけです。 「来日した作品」節の何が問題かと言えば、 WP:POVWP:JPOV )を満たしていないからです。世界各地で開催されているフェルメール展覧会に対して、日本のそれだけを記載することは、「中立な観点」にそぐわないことですし、本記事には諸言語版がありますが(日本語版は翻訳記事ではありません。)、「来露した作品」「スペイン語圏に来た作品」などといった記述はありません。フェルメール作品が1回しか日本に来ていないのなら兎も角、20回程度も来ているものを書きつづるのは、百科事典の記述ではなく、情報の無差別な収集であり、ファンサイトそのものであり、20回分のデータを載せても、それをどう読み取るのか、注が担保された解説が無ければ、殆んどの読者には何の価値も無いものでしょう。そもそもそれを本記事に記す必要があるのでしょうか。ヨハネス・フェルメール内ではいけない理由は何なのでしょうか。 むしろ独立記事「日本におけるフェルメールの受容(仮)」をたてて、そこで、時代ごとの普及度・評価の変化・経済効果などをまとめた方が良いのではないでしょうか。なお、芸術や思想・宗教・言語分野での、日本受容GA記事としては、日本語訳聖書ふらんすなどがあり、これらは「日本(語)から見た」という立場に必然性があり、 WP:JPOVとは言いません。無論GAとしての質も保たれています。非日本語ネイティブにも読む価値がある記事です。対して、英蘭仏独語ネイティブが、日本にはフェルメールが20回来た、なんて冗長なデータを見せられたら、吹き出すんじゃないでしょうか。ですが、日本におけるフェルメールの受容なら、興味深く読んでくださることと思いますし、原資料の調査を隈なく行えば、GAにも充分手が届くでしょう。 そういったことを、 2022年7月19日13:58に、ノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除についてにて、提案をしたのですが、それに対してみそがいさんは、2022年7月21日17:11、つまり2日後という早い段階で、本節の必要性を主張してきたのです。以下に纏めますと、

1.「WP:JPOV」は方針・ガイドライン文書にはなっていない(提案段階)ので、それを根拠とすることが妥当か
2.「WP:JPOV」の中の何に対して抵触するのか
3.「得るものが乏しい」というのは「得られるものが無い」ということとは違うのではないか

(他2点は、本件での論点にしないので、略)

2.は既に説明しました。3.も、百科事典は情報を無差別に収集する場ではないと説明しました。「無い/乏しい」は言葉遊びでしょう。残りの1.ですが、これは英語版w:Wikipedia:Systemic biasが“This is an essay.“であることに則ったわけで、Wikipedia:中立的な観点/FAQ#その他の反論には「英米中心的な視点」と、

と記載されているのですから、方針に準ずるものと考えられます。さてその後、三人の方が、私の考えに同意してくださいました。

* EULEさん-「本記事は「フェルメールの作品一覧」であって、来日情報は別に主題となって必要な情報ではありません。一覧記事としての質や完全性を踏まえた時に、はっきりと言ってしまえばいらない情報です。」「別記事にすべきではない理由探しを行うみそがい氏の行動がよくわかりません。」
* 灰色の海さん-「改稿後の記事には(日本における展示を)記載しない、という形で良いのではないかと」(以上、ノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除について
*紅い目の女の子さん-「JPOVにあたると考えております」「不十分な節が必要であるとも思われません」(利用者‐会話:紅い目の女の子#フェルメールの作品について))

お三方のご意見に対して、みそがいさんは納得のいく反論が出来ておらず、ご自身の案に賛同してくださる方が現われないのにも拘らず、残念ながら「来日した作品」節の取り下げをされておりません。

2022年9月7日14:43(UTC)、 全面的に書き換えた「フェルメールの作品」テキストをアップした上で[4]Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/フェルメールの作品 20220907を提出しましたが、予想通りと言いますか、みそがいさんが、自身が注を付けた収蔵館以外における展示を貼ってきました。[5]。ですが私から見ると、前とのテキストとの繋がりが唐突に感じます。「作品の貸し出し」は私の部分では一切触れていないのに、なぜこのような書き込みを加えるのか理解に苦しみます。わたしは上記の通り、みそがいさんに、「日本におけるフェルメールの受容」を立項されて、そこでまとめてはどうですかと、お薦めしています。

そもそも、みそがいさんはなぜ「フェルメールの作品」のなかに「収蔵館以外における展示」節を組み込むことに拘るのでしょうか。日本におけるフェルメールの受容(仮)を立項すれば、誰にも文句を言われませんし(灰色の海さんも「日本におけるフェルメールの受容」立項には賛同下さっていますノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除について)、GAも取れるかもしれません。そこでみそがいさんの編集履歴を見ると、一つの仮説が導かれます[6]。私がこれを書いている時点で、みそがいさんの総編集回数は6,845回なのに対し、編集サイズの平均が、-240.4 バイトになっています(ちなみに私は、3,385回、330バイト)。これだけの編集回数で、バイト数がマイナスな方は、見たことがありません。みそがいさんのノートページを見ると(利用者‐会話:みそがい)、いろいろな方から、記事を削除された抗議が記されています。ここで内容を吟味することはしませんが、みそがいさんは相手が何を言おうと、自身の意見を変えず、妥協点を見出したりはしません。そういったことから、みそがいさんは記事を書くより、記事の削除が好きな、いわゆる「自警」と言えるのではないでしょうか。だから面倒な「日本におけるフェルメールの受容」立項はしたくないのかもしれませんし、私にプレッシャーをかけ続けた方が、やり甲斐があるのかもしれません。

ところで、みそがいさんは、普段は良質な記事選考/再選考には参加されていません。「フェルメールの作品」と「東海道五十三次 (浮世絵)」くらいでしかお見うけしていません。両記事の共通点は、私が執筆者として関わったことです。Xtoolsにて、みそがいさんの編集履歴を拝見しますと、「利用者‐会話」ページの編集では、私のところは7回で、3番目になっています。1番はみそがいさんご本人ですので、無視するとして、2番目の方は無期限ブロックになっています。ということは、みそがいさんが最も関わっている利用者は、私と言えましょう。7回の書き込みを見ると([7])、私に問題があるものもありますが(「記述の意図は何でしょうか」)、その内の4回が2020年3月から4月という、JAWPに参加して数か月の時期で、熱意をもって美術史内の基幹記事である、浮世絵の編集に関わっていた時でした。分量だけなら「良質な記事」になってもいいくらいなものの(当時はそういう認識はありませんでしたが)、無出典・独自研究のオンパレードで、どう直せばいいのか、明確なヴィジョンも持てなかったのですが、文献を手に、とにかく出典のある記述に書き換えようと、取り組みました。

ところで、それよりの前の2020年2月2日、初の立項として、桑実寺縁起絵巻を記した時、Ihimutefuさんから{ Sfn}を教えて頂き、こんな便利なものがあるのかと感動しました。但し慣れないものですから、しばしば不具合を起こしました。今となっては、記号の入力不足か重複入力してエラーを起こしたのだろうと分かるのですが、当時は手が出せませんでした。そういった状況下で、みそがいさんの2020年4月6日付け「浮世絵の件について: 出典と参考文献の非対応修正について」が出てくるわけです[8]。お読みいただければわかる通り、私は修正する能力がないと泣き言を言っております。対してみそがいさんは「出典と参考文献の対応がとれていない部分が散見されます。以前指摘した部分も修正されていません。浮世絵記事の内容自体は至急修正すべきとまでは考えていませんが、出典と参考文献の非対応は緊急性があると思います。これは、WP:Vに直結するからです。速やかに修正願います。私に任せられても当該文献を確認できませんし、編集した本人が責任を持って編集すべきです。なお、編集を記事に反映させるまでの手法(エディタに何を使うかなど)は色々あると思いますが、あくまで個人的なことであり、それを理由に編集内容の不備を許容するものではありません」。そして2日後の2020年4月8日には、「Falcatedさんができないということであれば、1週間お待ちしてもなお非正常な状態が残っている部分については削除していきます。」と言い切りました[9]。この人には血も涙もないのかと恐れおののきました。ですが当時はどう対応したらいいか分からず、泣き寝入りしました。

そもそも出典のない(あるいは不十分な)箇所は1週間で削除せよとの方針・ガイドラインはありません。Wikipedia:出典を明記する#出典なき記載の扱いには「記事に出典が示されていない場合、{出典の明記}テンプレートを使って出典の提示を求めることができます。十分な期間を経てもなお、出典が見つからない記述は除去してください」とある通りです。「良質な記事再選考」でも、提案利用として「{出典の明記}タグが貼られて〇年×か月云々」と記されることが多く、それだけ待つものだと語っているのです。このようなみそがいさんの発言は、ガイドラインの悪用に他ならず、また、アカウント登録3か月時点で、このような要求をされるのは、今となってはWikipedia:新規参加者を苛めないでくださいに該当すると思わずにいられません。

また浮世絵において、2020年3月15日、私が記した「色料」の語が消されました。そんな語は無いとのことですが、[10][11] 手元の資料、古いものですが、[[菊池貞夫]](1985)浮世絵.保育社.p.132ですと、「今日では浮世絵版画で用いる絵具を、他の絵画で用いる絵具と区別するために、文化庁などは、特に色料という用語で呼んでいる」とあります。絵具というと、油絵用等の、チューブをひねればそのまま使えるものを想像しがちですが、浮世絵色料は、水によく溶かし、固着用の溶かした膠と混ぜ合わせて使うようになっています。話を戻しまして、この時点での私は、どう対応したらよいか分からず、結局自説を取り下げました。今も章節名として「絵具」が残っています利用者‐会話:みそがい#「浮世絵」の件について

また、[出典無効]を貼られたこともあります。浮世絵#歴史にて2020年8月8日に、[1]がリンクしていないと指摘されましたが[12]、今見るとこれは、Template:清水Template:清 水になっていた為と分かります。ちょうど行の変わり目ということもあり、間隔がずれてしまったのでしょう。参考文献リストを見れば、2013年のところに清水はありますし、記事内容と資料のジャンルから、確実に特定できます(清水重敦「伝統から解放された建築」 『日本美術全集16 激動期の美術』2013年、212-213頁。小学館。なお私は、文献リストを、発行の古いものから挙げています。これが美術史ではスタンダードなので。)、考えれば分かるはずですし、そもそも{Sfn}や< ref >の使用は必須ではありません。それにその時ノートで直接言ってくれれば、問題点に気づけたかもしれません。しかし、みそがいさんは、記事の改善よりも、[出典無効]を貼ることに喜びを見出しているようにしか思えませんでした(Wikipedia:タグ爆撃)。

それだけ注付けに厳しいみそがいさんですが、ご自身の加筆では、不充分な注を放置した例があります。浮世絵#歴史を、手許の資料(国際浮世絵学会(2008)浮世絵大事典.東京堂出版. pp. 44–45諏訪春雄「浮世絵」)で採用されている4区分を採用したのですが、みそがいさんは異論(3区分・5区分)も載せろと言われる。それ自体に反対ではないので、2020年4月21日、私が見ていない、みそがいさんの指定資料を追記し、承諾いただきましたが[会話:みそがい&diff=prev&oldid=77182019#「浮世絵」歴史章冒頭について]、著者・発行年だけでページ数を記さずに長らく放置し、私も少し知恵をつけてきた2020年12月に、該当箇所に[要ページ番号]を付し、ようやく対応してもらえました[13]。私はみそがいさんに対して、荒い言葉を使うこともあり、そこは反省せねばりませんが、みそがいさんも、私にガイドライン等の誤りを指摘されても、謝罪されたことはありません。

わたしに散々注文を付けてきたみそがいさんですが、2020年12月、浮世絵記事を量産しつつも、出典明記が不十分で、かつテキスト丸写しを繰り返していた、Tgftn614さんに対するブロック依頼の最中(Wikipedia:投稿ブロック依頼/Tgftn614)、対話拒否をし、削除タグ剥がしと編集を強硬するTgftn614さんに対し、可変IPが、氏の記事加筆を軒並み消していく状況(これ自体は宜しくありません)下、みそがいさんはコメントには加わらないものの、彼の記事に出典を付けてあげる行為をされています。[14]。当時これを見て、私との対応差は何なんだろうと、驚きました。

Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/東海道五十三次 (浮世絵) 20210611の時は、みそがいさんが来たのは、私が改訂版記事を提出し、除去票を投じたお二人が取り下げて下さり、選考終了も間近だったので、その場で問題はおきませんでしたが、文献を読まれて(それ自体は良いことです)、 「20数種の揃物の他に張交絵、狂歌本、双六、千社札、絵封筒などが確認されており全部で40種程度あるとされている。」との記述が無いから追記せよとの注文が入りました(ノート:東海道五十三次_(浮世絵)#導入部・節構成の変更等に関して)。私自身、当初「40種」との記述を入れていたのですが、これは内田実(1932)広重.岩波書店.にしか載っていないもので、「揃物(シリーズもの)」「張交絵(一枚の中にいろんな図柄を描いたもの)」を除き、実物の写真掲載はありません。刊行から50年経っても、いまだに広重研究最重要文献である、鈴木重三(1970)広重.日本経済新聞社.(内田実参照)にも未掲載で、おそらく現物はもうないのだろう(丹波恒夫(1965)広重一代.朝日新聞社.に記載された、内田の唯一の親族の証言からの推察)点から、載せない方が良いと判断したのですが、みそがいさんは、「フェルメールの作品-収蔵館以外における展示」同様、知っていることは全て書きたい人なのだと推測します。ですが繰り返しますが、百科事典としては情報の取捨選択が必要でありウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません。--Falcated会話2022年9月8日 (木) 12:23 (UTC)[返信]

脚注

  1. ^ 清 水 2013, p. 212.

依頼者のコメント[編集]

以上、上手く纏まり切れていませんが、フェルメールの作品での「収蔵館以外における展示」節の必要性、及び私とみそがいさんの関係について記しました。後者は前者と関係がなさそうですが、私にとってはアカウント作成後、私の立場からすれば、ずっと「マークされている」相手であり、このような関係は、どなたもご存じないことでしょうし、それらを基に、今回の件につながっているのですから、この場でも書く意味があると考えました。繰り返しになりますが、「フェルメールの作品-収蔵館以外における展示」節は必要か否か、ご意見をお願い致します。

これまでの経緯を含め、現時点での私は、みそがいさんとの話し合いを諦めています。私は、みそがいさんをいつまでも「納得」しない真っ当に生産的活動を行う利用者を追い出そうとする新規参加者を苛める真っ当に生産的活動を行う利用者を追い出そうとする利用者コミュニティを消耗させる利用者と認識せざるをえない状況に立たされています。この考えは正しいでしょうか。正しいと考えられる場合は、みそがいさんにどのような対応を取って頂くのが望ましいでしょうか。またコミュニティとして取るべき対応が御座いますでしょうか。皆様、何卒宜しくお願い申し上げます。--Falcated会話2022年9月8日 (木) 12:23 (UTC)[返信]

こちらに書きます。みっちさん、河川一等兵さん、ご意見有難うます。河川一等兵さんのおっしゃる「コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない、総意に基づき記事を加筆修正したらこの問題を終わりにして蒸し返さないこと」を約束いたします。破った場合はブロックしていただいて結構です。お二人が仰る「分野を変える」は私も考えたのですが、まだ未練があります。私は外国語が得意ではないので、フェルメールはこれで終わりでも構わないのですが、まさかここにもみそがいさんが来ると思わなかったので、憔悴しています。心身がやられそうなので(興奮して眠れないので、睡眠導入剤を飲んで寝ています。翌日の仕事がきつくなっています。)、コメント依頼を書いていた時はハイでしたが、早く決着したいのが本心です。とりあえず。--Falcated会話2022年9月11日 (日) 14:04 (UTC)[返信]


  • みなさま。「収蔵館以外における展示」掲載是非の結果決定時期ですが、私が本依頼を投稿した2週間後の
*2022年9月22日 (木) 12:23 (UTC)
にするのが適当と考えますが、これで宜しいでしょうか。ご意見をお願いします。--Falcated会話2022年9月12日 (月) 14:46 (UTC)[返信]


手の内を明かすのは抵抗があるのですが、7月7日に私が再選考の場で現状維持票を入れた後、7月11日の時点で、表を作る準備をしています[15]。7月16日の時点で、全作品を含めた表にしています[16]。この時点では、疑問を感じつつも、「日本での展示」を入れています。ですがその後、WP:JPOV等の問題で、必要性が見いだせない考えが強くなり、7月19日にノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除についてを提案したのです。
  • 一覧については、ノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除についてにおいて、EULEさんが7月31日に言及されています。「本記事が「秀逸な一覧」にするのに相応しいにもかかわらず、「来日した作品節」によって選考を通過しないっていうなら、多少強引にでもそんなもの無くした方が良いと断言するところなのですが、正直、メインの部分だけだったとしても現状のGAですら、今の選考であったらおそらく通らないところであり、何をするにしても、今一決め手に欠けてコメントしにくい、というのが率直なところです」。
一応述べておきますが、フェルメールの作品一覧に改名できたとしても、EULEさんのおっしゃることは、尤もだと思いますので、Wikipedia:秀逸な一覧の選考に出すつもりはありません。
  • Wikipedia:記事の所有権の指摘がありますが、明確に否定します。私がそのような考えならば、東海道五十三次 (浮世絵)での記述改変時に、何らかの反対行動をしていないと、整合性が取れません。むしろみそがいさんの「単に記載を移すだけであれば内容が乏しいのではないか」との脆弱な理由でこちらに居座る事こそ、Wikipedia:記事の所有権に執着しているからではないですか?
私は東海道五十三次 (浮世絵)にて、赤リンク解消の為、林屋庄五郎を立項しましたが、わずか3500バイトです。林屋庄五郎だけを立てればスタブですが、幹-枝の関係があるので、特筆性のある記事と考えます。
  • また、「今回の記事の改稿経緯と、改稿と同時に記事の選考にかける行為の整合性があるようにも感じられます。」との発言は、8月6日付 ノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除についてにおいて、ご自身で「現状記事としては一旦除去した上で、改稿記事で再度選考にかけるのが望ましい手順だと思います」との発言と逆のことを言われています。このような理解しがたい発言のブレが、私に不審がられる原因となっていると、お考えにならないのでしょうか。
  • 「フェルメールという人物の説明や評価ではないこと」。2003年2月18日に立項されたヨハネス・フェルメールは、フェルメールに関することなら、なんでも受け入れる記事です。「フェルメールの作品」はヨハネス立項後の2006年11月12日に、Yt~jawikiさんによって、「人物記事と別に立ててみましたがどうでしょうか」との理由で立項され、「ヨハネス・フェルメール」の方にリンクが貼られましたが[17] 、作品に関する記述の削除はなされていません。
  • 「作品を集めて展示することの困難さ」は、オールドマスターや、個人所蔵の多い作家に共通することで、フェルメール限定の話題ではありません。「美術館ごとの収蔵作品状況」は、各館の記事に加筆すればいいことです。 ここまでと致します。--Falcated会話2022年9月16日 (金) 14:55 (UTC)[返信]
  • 続けます。 返信 (みっちさん宛) :コメント有難うございます。今回、Wikipedia:エチケットを読みましたが、お恥ずかしながら、私はこれが初見だと気づき、赤面しました(Wikipedia:善意にとるWikipedia:個人攻撃はしないは読んでいます)。それに基づき、私が本欄で書いたものを読み返し、感情的だと思うものに取り消し線を入れました。今後とも宜しくお願い致します。
  • 返信 (みそがいさん宛) :
  • 「小林頼子文献の記述を過小評価するものでは」。そんなことはありません。「〇〇の研究は困難だ」「○○の研究は十分なされていない」は研究者の常套句であり、「研究は容易であり、され尽くされた」では、研究費が出ないから、そう書くのです。その一文だけで、研究書一冊の評価が下がるわけありませんし、それこそこの発言に拘泥されるのなら、小林氏が研究者として未熟だと言われているように聞こえます。
  • 「フェルメール以外で同様の状況にある芸術家」。例えばピーテル・ブリューゲル(父)。芸術新潮2013年3月号には、「真作」が42点掲載され、この時点で日本で展示されたのは3点(油彩のみで版画は含めず)となっています。2022年時点では、おそらく+1で4点(ルーブルの「足なえたち」を加え。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館の「小バベル」は、3点に含まれる。)と思います。この号は「いつか日本でブリューゲル展を!」との考えで企画されました。
  • 改名に関しては、記事としての選考/再選考が終わってから行えばよく、同時に行う必要は無いと考えました。現に私は、ノート:フェルメールの作品では、改名については述べていません。つまり、この記事の改訂を優先し、改名はその後でいいという立場です。それが問題あるでしょうか。案件を増やすと通りにくくなるので、ひとつづつこなすのが良いと考えます。改名が先でもいいですが、今回は記事内容の改善を優先させる必要がありました。
  • それと私は、再選考の場において、自分からこの場を降りる、良質な記事選考の場でやり直すと言ったのですから、この問題をいつまでも引っ張られるのは、納得しかねます。 --Falcated会話2022年9月23日 (金) 14:28 (UTC)[返信]
  • 返信 (みそがいさん宛) :遅くなりましたが、返信致します。
まず、「私に対しては何も言うことはないのでしょうか。」に対しては、不適切だったゆえ、明確に謝罪致します。二度とそのようなことが起きないように致します。みそがいさんが私の態度に不愉快に思うのでしたら、私が新人時代に、みそがいさんに対して、恐ろしい、腹立たしい人だと思ったことも理解いただけるでしょう。「ハイだったからコメント依頼を出した」とは書いておりません。曲解はお止めください。
先述したように、再選考に対する批判は、受ける気が御座いません。ルールは気持ちよく活動できるためのもので、それを阻害するルールは要りませんし、ルールが先に来るようなコミュニティ(憲法より刑法が重視されるような)など、まっぴらごめんです。
ブリューゲルは聞かれたから、そう答えただけです。それ以上のものではありません。
「美術館ごとの収蔵作品状況」。既に答えています。
「本項収束への道筋」。みそがいさんが納得して、来日情報を切り離して下されば、それで終わりですよね。これまでみそがいさんの意見に賛同する方は、ゼロですし、「どちらの記事に記載するかは、おっしゃる意図からすれば人物記事内であってもいいのかなとも思いました。」「「フェルメールの作品」記事内には受け入れられないということであれば、それは適切で柔軟な対応をしなければならないと考えています。」と言われているのですし。「単に記載を移すだけであれば内容が乏しいのではないかと思っています」とのお考えは、もう無いものと思いますが。
そもそも小林氏の「フェルメール論」にも、若干の来日情報はありますが、日本そして世界でのフェルメールの受容状況を考える上での引用で、少なくともすべての来日情報を載せてはいません。2008年の芸術新潮は、私が提起した日本におけるフェルメールの受容の骨組となる記事で、同じことを考える人が居るのだと驚きました。あの記事の中に載っている分には、違和感がありません。
浮世絵でのウィキ文法の件ですが、私が{sfn}を教わったのは、2020年2月5日です[18]。それも手取足取り教わったわけではないので、見様見真似です。ですので「2020年4月8日の事例」はそこから2か月後ですから、出来なくて当然じゃないですか。2021年に入って、やっとミスが減ったと思います。私はこの手のことが苦手で、Wikipedia空間での投稿で、サブページがあるものや、選考の終了手続きとか、未だに何度も間違えて、複数の方に直して頂いております。そこで怒られたことはありません。
書誌情報のチェックは、国立国会図書館オンラインである程度出来ますし、ウィキ文法の間違いは、それこそ私以上に気づくはずでしょう。
少しずれますが、Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/山椒魚 (小説) 20210928にて、参考資料を調べると、発行年は、元の版のものなのに、ページ数が後の版のものになっているのに気づき、参考文献に複数の版が載っているものは、すべての資料を調べて、直しましたよ。
「期間については必要ならば待ってほしい旨を返信すればよかったのではありませんか。」ですから、技術的に出来ないと言ったのですから、待ってくれと同義ではありませんか。では、待ってくれと言われたら、本当に待ってくれたのですか?みそがいさんがそういう方なら、再選考の場もこじれるはずが無いはずですが。あの場も私の立場では「待ってくれ」なのですから。--Falcated会話2022年10月3日 (月) 15:33 (UTC)[返信]
  • 返信 (みそがいさん宛) :二点だけ書きます。
「日本におけるフェルメールの受容の骨組となる記事」に関しては、みそがいさんに書いてもらおうとは思っていませんし、私自身も他に書いているものがありますし、現時点でやろうとは思いません。
「コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない、総意に基づき記事を加筆修正したらこの問題を終わりにして蒸し返さないこと」について、みそがいさんは守る気が無いということでしょうか。
今日はこれだけで終わります。--Falcated会話2022年10月10日 (月) 14:26 (UTC)[返信]

みそがいさんのコメント[編集]

  • まず、それぞれのノート等で議論し、結論を導き出すことをせずに(Falcatedさん「現時点での私は、みそがいさんとの話し合いを諦めています」ということで)コメント依頼となっていることを残念に思います。
  • フェルメールの作品」については、「ノート:フェルメールの作品#来日した作品節の削除について」を読んでいただければ分かりますが、コメントをいただいた方々はWP:JPOVの観点からの意見、特筆性が無いとは言い切れない旨の意見もあります(なお、私は特筆すべき内容であるという立場です)。当該部分の新記事へ記載を移すという案はFalcatedさんのものですが、新記事の立項も内容も確定していない状況で記載を削除することは私の意図するところではないため、不足している出典の追加、さらに、JPOVという意見に配慮して海外の事例も加えることで、作品展示における世界の状況というものを示そうとしています(「収蔵館以外における展示」節)。この記事状態における各位のご意見はまだありません。なお、他言語版に無いから記載しないというのは理由になっていません。現時点で当該節の内容は十全とは言いません。しかし、作品の展示に関する内容であり「情報の無差別な収集」にはあたらないと考えています。なお、Falcatedさんは、私が新記事を立項する、と言われていますが、私はそのような返答をしていません。
  • 後から分かりましたが、上記ノートにおいて、Falcatedさんがあげた3人の方のコメント(内1人は当人の会話ページ)が寄せられていますが、いずれもFalcatedさんがそれぞれの方にコメントを寄せてくれるよう会話ページで依頼しています。これはWikipedia:勧誘行為に相当すると考えられます。ガイドラインにはなっていませんが、この場合は避けるべき行動でしょう。また、多数決主義ではありませんが、十分な議論がなされていない状況では行うべきではないと考えます(Wikipedia:論争の解決)。
  • そのような状態において、Falcatedさんの全面改稿がなされましたが、上記議論の収束を経ずに節ごと削除し、また理由も開示されない状態であったため、復帰させたというのが、私から見た経緯です。
  • 良質な記事の選考にあげられていることに後から気がつきましたが、全面改稿と同時に記事の選考にかけるということは上記の議論が継続していることを承知の上でなされたということになり、非常に不可解に感じます。
  • その他、Falcatedさんがあげられた過去経緯については、おそらくご自身が、ご自身の思い通りにならなかったことを語っているのだと思います。Wikipediaは多数の編集者によるプロジェクトであり、私もルールに則って参加しているつもりです。ただ、完全であるとは言えません。意見や編集方針の食い違いなどは日常茶飯事であって、それを議論でまとめていくのが常道であり、特段の理由無く話し合いを放棄するのは編集者として如何なものかと感じます。興味ある分野や記事群が互いに重なっていることだってあるでしょう。そもそもどのような立場であってもルールに則ればどんな記事の編集にでも参加できるのがWikipediaです。
  • 例えば、2020年4月8日の事例では、この時点でFalcatedさんは既に1000回程度の編集履歴があります。また、私が出典にあたれないのですから修正できるはずもありません。期間については必要ならば待ってほしい旨を返信すればよかったのではありませんか。今となっては、ですが。あと、会話ページでFalcatedさんとの編集回数が多いのは、浮世絵関係の記事で接点がありますから当たり前のことだと思いますが。
  • 私の編集履歴に関し、興味深い数値(編集サイズの平均が、-240.4 バイト)を調べていただいたので、それに関して述べます。まず、私が削除編集したことに対して抗議が来たという点については、会話ページの内容を読んで妥当なものかを判断して下さい。印象操作のような書き方は不愉快です。自警というのが何を意味しているのか分かりませんが、おそらく悪いレッテル貼りなのでしょう。なぜ編集サイズの平均がマイナスになっているのか、私の編集履歴を確認して下さい。その上で問題があるのならばあらためて疑義としてとりあげればいいでしょう。
  • 過去の経緯はともかく、現在提示されている点については私はルールに則し、ノートでは私の意見を表明して議論し、あるいは議論の推移に基づいて記事に対する改善案の提示や、具体的な記事への加筆を行っています。それに対してFalcatedさんが議論を重ねること無く、このようなコメント依頼が提出され、困惑しているというのが正直なところです。逆に、Falcatedさんの行動が心配になります。

--みそがい会話2022年9月8日 (木) 17:28 (UTC)[返信]


  • まず、フェルメールの作品の記事内容について私の考えを説明します。
    • 記事名の通り「フェルメールの作品」を主題とするものであって、一覧のみを扱う記事ではないということが元々の私の認識です。ただし、他言語版リンク先では「フェルメール作品の一覧」という記事名になっているので、他の方々が本記事も一覧記事であるという考えももっともだとは思います。主題は作品ですから作品の一覧があるのは当然ですが、上記の通り、作品に関係するトピックがあれば記載することがあってもよいというスタンスです。その一部として議論前から記述されている日本の展示状況があり、その後私が収蔵館以外の展示情報を追記しJPOVであるという指摘の回避を意図しています。これは当該記述内容の充実度・記述方法・節名の適否は別として、真作と認められている作品が三十数作のみという、作品と収蔵と展示の取り巻く状況の特殊性に起因しているものであるからです。出典としている小林頼子『フェルメール論』の冒頭にも作品を集めて展示することの困難さが記載されています。これとは別に、美術館ごとの収蔵作品状況も何らかの方法で記述したほうがいいとも考えていました。ヨハネス・フェルメールに記載すべきという意見に対しては、上記のような理由であり、フェルメールという人物の説明や評価ではないことから本記事に記載することが適切なのではないかという考えです。作品一覧にのみ記述すべきだということであれば、現在の記事名を他言語版と同様の「フェルメール作品の一覧」に改名すればすっきりしますし、所蔵・展示状況などを別記事に移すなどの後押しになると思います。しかしながら、新記事を立項するという案に対しては、単に記載を移すだけであれば内容が乏しいのではないかと思っていますし、他の方々がどのような内容を想定しているのか見えないので、現時点ではとりあえずノートでも提案した通り記述しておく方法を模索したところです。正直なところ、新記事のたたき台を示してほしいと思っています。
    • このような考えに対し「フェルメールの作品」記事内には受け入れられないということであれば、それは適切で柔軟な対応をしなければならないと考えています。
  • 返信 (みっちさん宛)
    • Wikipediaにとって、記事を充実させることが最も大切な目的であることは編集者全員の意図しているところだと思います。しかし、そのためには守らなければならないルールがあり、目的のためにはルールを蔑ろにしていいということではないと考えています。記事の選考がモチベーションとなっていることもあるでしょう。しかし、それが目的化し、決められているルールを逸脱することを許容することは、Wikipediaのルール全体を崩す一穴になるおそれだってあります。そもそも「選考」を経なくても記事の改善は図れるでしょう。私はその点で目的と手段が逆なのではないかとも思います。優秀な編集者であっても、参加したての編集者であってもルールを守るという点は平等です。ベテラン編集者であればこそ、ルールの重要性を認識し、それをリードしていく立場にあるものであろうと思います。「ルールをすべて無視しなさい」においては「解説」で解釈や運用に関する説明があります。無制限に適用するものでもありません。「悪法もまた法なり」です。問題があるのならばコミュニティに諮り改正していけばいいのであって、少なくともそれまでは守ることが編集者に課せらます。私は遵守するように心がけています。なお、明文化されているルールにおいて例えば「Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考#投票の仕方」の投票形式は解釈が揺れる余地は無く、「Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性は客観的な証明を必要とする」は編集者によって主張が異なる可能性が含まれます。したがって後者のような場合は対話議論が重要になるのです。
  • 返信 (河川一等兵さん宛)
    • 過去のFalcatedさんへの対応が不十分であったのではないか、という点については私は認識していませんでしたので弁解しません。逆にいえば、誰に対しても同様の対応をとることを心がけていましたので、今後は編集者の編集履歴等を確認するようにします。私のルールに関する考え方は、みっちさん宛コメントに書いた通りです。
  • 返信 (Falcatedさん宛)
    • 「ハイだったからコメント依頼を出した」「眠れないので早く決着したい」とは失礼にも程があります。Falcatedさんの気分でコメント依頼が出されたり、体調が変化すること自体は、私にとっては関係ありません。私がFalcatedさんに対しても同様の行動をとっても許容されるということですか。違いますよね。今回私は「Falcatedさんの行動が心配」と述べましたが、まさにそうであったと納得がいきました。ずっと前のFalcatedさんに対するこのコメントの最後の段を思い出しました。私はこちらこちらこちらなどを見てもらえば分かるように、問題点を投げてそのままにはせず粘り強く説明し対話をするようにしています。今回、Falcatedさんが記事の問題点を指摘したことに対して、対立する意見には対話姿勢をとらないにも関わらず、自分に有利な意見のみをピックアップして自らの考えを押し通そうとする対応に不満があります。もちろん、対話しないという選択もあるでしょう。であれば自らは議論の取りまとめはせずに、参加者議論の成り行きに任せるに徹する手だってあるのではありませんか。
    • Falcatedさんが関わる記事に私が関わることに何の問題があるのかさっぱり分かりません。誰でも記事の編集に参加できるのがWikipediaです。関わった記事に他者が絡むことに拒否感を示されることは、穿った見方をすれば記事の私物化が根っこにあるのではないかと思わざるを得ません。そうであるならば、今回の記事の改稿経緯と、改稿と同時に記事の選考にかける行為の整合性があるようにも感じられます。杞憂であればいいのですが。
    • また、本依頼の議論収束期限を区切る提案をなさっていますが、Wikipedia:合意形成に反するものです。
--みそがい会話2022年9月13日 (火) 13:48 (UTC)[返信]
  • 返信 (Falcatedさん宛)
    • Falcatedさんがご自分に都合のよい部分だけを拾い出してコメントされていることに対し、多分に残念に思っています。例えば、記事の所有権に関して、私は過去の経緯を問題にしておらず「フェルメールの作品」にのみ言及しています。議論が継続した状態であるにも関わらず改稿し、同時に記事の選考にかけたことを疑問視しているわけです。「予想通りと言いますか、みそがいさんが、自身が注を付けた収蔵館以外における展示を貼ってきました」という発言に端的に表れています。このような状況で理由を示さず除去された記述ですから、復帰させて非難される筋合いはありません。私が再選考の件に関し「一旦除去の上、選考にかけなおすのが妥当」とコメントしましたが、議論を抱えたままこのような行動をなされたご自身のことを無視しての発言は、他者の介入を拒んでいると思われても仕方のないことだとは思いませんか?私の当該発言はブレていません。以前にも申し上げましたが、問題のある手順にならないよう心がける必要があると思います。
    • 改名について。モノゴトには順番があって、Falcatedさんが改名を考えていたのならば、あらかじめノートほかで提案しておくべきで、記事の記述を少し変えたからなどというのは理由にならないのではありませんか。再選考からの流れというのも解せません。再選考において除去されたら、それは選考とは関係の無い記事ですよね。一覧記事として明確にしたいのであれば、改名作業を優先することだって出来たはずです。Falcatedさんの選考を通すことへの強い意欲が話をこじらせ、他の人々とのズレを生じさせているのではないかと感じます。話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、再選考の場における投票行為に関して、他の方々からの苦言が呈されているにも関わらず、未だにFalcatedさんからは反省や改善の意思が示されていません。これはFalcatedさんがよく使う「いつまでも納得しない」という文言そのものではありませんか。
    • もちろん再度選考にかけることはFalcatedさんの自由です。しかし、議論を無視して行動されることはFalcatedさんの立場を危うくすることはあっても歓迎されることは無いと思います。
    • 「作品を集めて展示することの困難さ」はフェルメール限定では無いから記述する必要はない、ということはFalcatedさんも用いている小林頼子文献の記述を過小評価するものではないのではありませんか。逆に、フェルメール以外で同様の状況にある芸術家はどのような例がありますか。他にも同様の事例があるのならば、具体的な出典を基にして記述すればいいだけだと思いますが。
    • 「「美術館ごとの収蔵作品状況」は、各館の記事に加筆すればいい」というご意見については、フェルメールの作品を所蔵している美術館を知りたい場合はどのような手順を想定しているのか疑問に思います。所蔵しているか分からない美術館記事を一つ一つ確認すれば良い、というお考えですか。あるいは、作品一覧から拾い出せば分かる、とか。閲覧者に対してどのようなメリットがあるのかを配慮するのも編集者に必要なことだと思います。
    • 私が改名に同意すれば本コメント依頼が収束すると一方的に宣言されているわけですが、では、改名と同時に、議論にあがっている内容をどのようにすべきか今一度お考えを示すべきでしょう。各位からいただいている記事に関するコメントをどのようにお考えなのでしょうか。
  • 返信 (石焼きビビンバさん宛)
    • 本コメント依頼提出の内容についての疑義は私も同様に感じています。議論を蔑ろにした上で提出することの正当性は非常に低いと思っています。おっしゃる通り、記事のノートで議論することが最善の手であるという点では全く同感です。
  • 返信 (みっちさん宛)
    • 「フェルメールの作品」が一覧記事ではないという意味ではなく、一覧も含むという認識ですのでお間違えなく。ガイドラインにより一覧記事は「・・・(の)一覧」にするよう決められていることがなんとなく意識の中にありました。したがって、作品の解説をする記事において「来日した」節があることにあまり違和感を感じなかったということです(前述の通り、特筆性もあるということで)。人物記事と作品記事の切り分けは、既に述べた通り当該記述は作品に関するものであるという認識ですから提案すること自体考えていませんでした。また、日本の展示情報に関しても、記事のノートや、先に述べた通りで、現在の記述が万全であるとは考えていません。あくまで従来の記述を残したままできるだけ改善を試みた結果です。
    • 私が規則主義であるかと問われれば、そうではない、とは言いません。Wikipediaは参加するためのルールが定められているわけですから、それに従って問題があるのであれば具体的に何のルールに抵触しているのかを明らかにしてもらわないと私も対応がしにくいです。「ルールすべてを無視しなさい」という項目はあります。しかし、それを適用するにもルール(手順)がありますし、コミュニティの合意が無ければ結局は問題となるルールは変えることが出来ません。「無視しなさい」があるから何でも出来るわけではないと考えています。より良い記事にすることが目標のプロジェクトではありますが、ルール無用の場では無いと認識しています。
  • 返信 (河川一等兵さん宛)
    • 「フェルメールに対する後世の評価の一部」という部分については、なるほどそういう捉え方もあるかと思いました。フェルメール作品において、作品の所蔵館を跨いで集約し展示することの困難さは小林文献でも明らかですから、それに沿った内容として、フェルメールが主題となった展覧会情報などに絞って記載することも一案かと思った次第です。また、どちらの記事に記載するかは、おっしゃる意図からすれば人物記事内であってもいいのかなとも思いました。
--みそがい会話2022年9月20日 (火) 13:46 (UTC)[返信]
  • 返信 (みっちさん宛)
    • 記事中の記載に対する考え方は、みっちさん、河川一等兵さんが同方向のものであることは分かりました。河川一等兵さんへのコメントでも述べましたが、内容をそのままではなく適度に絞り込み、うまく収まるようにするのが手かなと考えています。
    • ルールに対する考え方は、おそらくみっちさんと相容れない部分があるのかと思いますのでこれ以上は述べません。みなさんからいただいているご意見については、極力心に留めて対応していくとしか言えません。ただ一点、再選考に関しては、既にそういうシステムがある以上はルールに基づいて行う以外なく、不要であるとお考えであればコミュニティに諮るべきであると考えます。私は、再選考があるのは多数の編集者が関わるために記述内容が劣化していくことや、そもそも古い選考(「フェルメールの作品」も自動選考という古い選考過程に不備があったと思われます)があることから必要であるという考えです。秀逸、良質といったラベルのついた記事に明らかな不備がある場合(例えば出典が不足しているとか独自研究であるとかはWikipediaの編集者ならば誰が見ても明らかなので)、それは閲覧者にとっても不利益であると言えます。選考を通ることはそれなりに大変なことだと思いますが、不備が指摘されて選考を除去されるのは逆に分かりやすいとも言えます。選考システムが内包しているそもそものギャップだと思います。また、おっしゃる通りに自ら改善できれば良いのですが、なかなか難しい場合が多いでしょう。記事の改善はプロジェクトの目的ですから、みっちさんのご意見はそれに沿ったものです。ただそれとは別に「選考」という評価方法が存在しているので、それはそれ、これはこれ、と割り切って考えるしかないのかなといったところです。
--みそがい会話2022年9月23日 (金) 10:00 (UTC)[返信]
  • 返信 (Falcatedさん宛)2022年9月23日 (金) 14:28 (UTC)コメントに対し)[返信]
    • まず、再選考の場での取り下げはFalcatedさんの体調によるものであってそう発言されていますし、それ以外の理由に関しての発言はありません。したがって、議論の場で私や他の方々の指摘を受け入れて応じたものではありません。Falcatedさんの行動は、Falcatedさん以外の方々からはそう見られているということを認識すべきでしょう。
    • 「研究者の常套句」とは具体的に私のコメントの何に関する評なのか分かりません。また、研究費云々はこの場では関係無い話です。
    • フェルメール以外で類似の状況にある芸術家がいるのであれば、出典を基にして記述すればよいと述べているわけで、ピーテル・ブリューゲルがそうならば必要性に応じて記述すべきでしょう。他の芸術家記事に記載が無いから一律無しにすべきという話ではないでしょう。
    • 私はいくつかFalcatedさんのコメントに対して疑問点をあげています。美術館ごとの収蔵作品状況、本項収束への道筋などについてはどうお考えですか。
    • Falcatedさんはみっちさんのコメントを受けて「感情的なコメント」とされるものに取り消し線を入れています。指摘して下さった方へのコメントは勿論のことですが、感情的なコメントを向けられた私に対しては何も言うことはないのでしょうか。「ハイだったからコメント依頼を出した」などということも含め、まったく失礼だと思います。
--みそがい会話2022年9月27日 (火) 14:10 (UTC)[返信]


  • 返信 (Falcatedさん宛)2022年10月3日 (月) 15:33 (UTC)のコメントに対し)[返信]
  • 「ルールが先に来るようなコミュニティ(憲法より刑法が重視されるような)など、まっぴらごめんです」とは異なことを言われますね。すべての法律は憲法の下で、その理念に反しないように制定されているはずです。個別の法律がその理念を越えて優先することはなく、仮にあった場合は改正するなり廃止されるべきもので、その場合は十分な議論が必要となります。Wikipediaでも基本的には同様でしょう。ウィキペディアは規則主義ではありません、そして、草案としてWikipedia:ルールすべてを無視しなさいはありますが、「合意形成を重視した議論によって解決」することになっています。それを守れないのであれば編集者として「私はWikipediaのルールは守りません」と言っているようなものです。ルールが守れない、議論対話はしない、コミュニティの意見は聞かない、ということがWikipediaでは通らないことはご存知だと思いますが。
  • 「再選考の場もこじれるはずが無いはずですが。あの場も私の立場では「待ってくれ」なのですから」、とは結局、選考に固執するが故にルールに反する行動を正当化し続ける姿勢なのですね。記事の内容に関する議論と、選考の議論方法という異なる性質の議論を一緒に論じるのも甚だ疑問です。今後も同様の行動を起こされるのではないかと懸念します。
  • 「美術館ごとの収蔵作品状況」について、Falcatedさんは閲覧者に不便を強いても構わないという意見であることは分かりました。
  • 「本項収束への道筋」について、私がどうこうということではありませんが、本コメント依頼においてどうすべきかは「「コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない、総意に基づき記事を加筆修正したらこの問題を終わりにして蒸し返さないこと」を約束いたします」とFalcatedさんがおっしゃってますよね。記載を切り離すというのは、現時点まででいただいている意見の一部であって総意ではないと考えていますが違いますか。結局、Falcatedさんが意図する「記載の削除だけ」が目的で、皆さんからいただいている意見の都合のよい部分だけを採り上げているように見えます。
  • 「(芸術新潮記事は)私が提起した日本におけるフェルメールの受容の骨組となる記事」なのであれば、それを速やかに立項願います。何度も言っていますが、私はその記事の内容をどのようにすべきか分かりませんし、立項するつもりもありません。ましてや、存在しない記事に対して内容をどうこう言えるはずもありません。なお『フェルメール論(増補新訂版)』は2008年ですから最新情報が載っていないのは明らかです。したがって、その後の出版物や開催館のHPを出典として私は用いたのです。
  • 「「2020年4月8日の事例」はそこから2か月後ですから、出来なくて当然じゃないですか」ということですが、私はその中で「Sfnによる記述がままならないのであれば、refタグによるべた書きに書き換える、という手もあります」とアドバイスしています。Falcatedさんがその時点で「出来なくて当然」だと考えていたことに驚きますし、テンプレートの使い方をきちんと調べたのか分かりませんが、うまくいかないSfnに固執し、私のアドバイスは無視され全くの無駄であったということです。なお、その時のコメントでも言及した通り、何が正しいか分からない文献情報の内容を確認せずに推測で私が修正することは出来ません。正しい出典情報は記載した人しか分かりませんから。逆に勝手に修正した文献が違っていたらどうなると思いますか。ここでもFalcatedさんにとって都合のよい部分だけを採り上げ、この場でコメントされているように思えます。
  • 「「ハイだったからコメント依頼を出した」とは書いておりません」だそうですが、であれば「コメント依頼を書いていた時はハイでした」とはどういう意味なのか教えて下さい。
--みそがい会話) 2022年10月6日 (木) 14:24 (UTC) 、一部修正 --みそがい会話2022年10月7日 (金) 09:59 (UTC)[返信]
  • 「みそがいさんに対して、恐ろしい、腹立たしい人だと思ったことも理解いただけるでしょう」、理解できません。私はFalcatedさんに対して編集ルールに則って不備を指摘しました。初心者に対するスタンスが不十分ではないかという点においては反省する部分もあります。しかし、Falcatedさんが他人の直接関係無い投稿内容を根掘り葉掘り調べて、自警、プレッシャー、タグ爆弾などと、あることないことコメントするといったこととレベルが全く違うと思います。なお、それについては謝罪されているようなので、これ以上は申しません。
(追記)--みそがい会話2022年10月7日 (金) 09:59 (UTC)[返信]


  • 返信 (Falcatedさん宛)2022年10月10日 (月) 14:26 (UTC)、および、2022年10月11日 (火) 12:28 (UTC)のコメントに対し)[返信]
  • そもそも「日本におけるフェルメールの受容」という記事を作るという案はFalcatedさんが提案されたことです。この場でも「みそがいさんに、「日本におけるフェルメールの受容」を立項されて、そこでまとめてはどうですかと、お薦めしています」と発言しているのに、「みそがいさんに書いてもらおうとは思っていません」とも発言されており支離滅裂です。
  • 「総意に対しては絶対に異議を唱えない、総意に基づき記事を加筆修正したらこの問題を終わりにして蒸し返さない」のはFalcatedさんが表明したことで、私ではありません。私には私の考えがあります。ただしそれは本コメント依頼の議論を無にするという意味ではありません。
  • 「話題もそろそろ煮詰まって参りましたので、この場は一旦締めたいと存じます」、結論は何なんでしょうか。既に私はFalcatedさんの「来日情報を切り離し」だけ条件とすることは、いただいたご意見の一部でしかないので異議を唱えていますし、それに対するFalcatedさんの考えはいただけていません。加えて、私は本コメント依頼の被依頼者として、依頼者であるFalcatedさんに対していくつか説明を求めていますが、それにも反応がありません。にもかかわらず、このような無責任な議論の進め方は甚だ疑問です。誠実な対応とは思えません。石焼ビビンバさんの今回のまとめ節コメントでも言及されている通り、本コメント依頼にはFalcatedさんの行動に対するコメントが多く寄せられています。それをFalcatedさんがいうところの「総意」として受け止めるおつもりがあるのでしょうか。
--みそがい会話2022年10月12日 (水) 13:50 (UTC)[返信]


  • 返信 (Falcatedさん宛)2022年10月17日 (月) 14:06 (UTC)のコメントに対し)[返信]
  • 正直言いまして、Falcatedさんの本コメント依頼提出後の対応については非常に憤慨しています。自ら提起したコメント依頼というWikipedia編集者に対する非常に大きな影響を及ぼしかねない議論場所の提供にも関わらず、全く誠意ある対応をとられていないことに被依頼者として腹を立てています。
  • そもそも、フェルメールの作品の記事内容であればノートで議論することが常道です。それを放置することも全くおかしなことですが、必要であれば議論の活性化や合意形成のためのコメント依頼になるはずです。それを私の行為に関するものとして依頼をすること自体が異質です。しかも、それは2020年という数年前の出来事の蒸し返しであり、現在進行形の話でさえありません。Falcatedさんはこの議論において、同時期(2020年)の出来事に「なぜ今この話が出て来るのでしょうか」とコメントしています。そっくりそのままお返ししたいです。穿った見方をすればWikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/フェルメールの作品 20220619Wikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の再選考#良質な記事の再選考における投票と修正作業に関しての私に対する意趣返しとも思えます。
  • 前にも述べましたが、私に対して議論対話したくないのであれば、それはFalcatedさんの自由です。記事のノートでさえ対話を拒否するのであれば、それは自らの考えを主張しないことと同義です。しかし、コメント依頼という場では通用しないと考えます。編集者間の意図の違いはどんな記事でも起きうることであり、議論対話を通して解決することがWikipediaでは推奨されています。コメント依頼という場でさえもそれを無視し守れないのであれば、議論対話を必要とする場には参じないことを肝に銘じるべきでしょう。また、Falcatedさんがどのような記事を執筆中であるとか、期限が区切られていた方がいいとか、本コメント依頼と関係無い発言も控えるべきでしょう。
  • 私がFalcatedさんにコメントを求めた後、他の場で記事の編集やコメントすること自体は一向に構いません。しかし、そのような行動にも関わらず自ら提起したコメント依頼に十分な対応をしないということは、Falcatedさんが自らの議論を蔑ろにしているということに外なりません。私は文献を必要とする確認を求めているわけではありません。Falcatedさんが考えていることを求めているのです。それさえ明らかにしていただけないばかりか、かつ、議論を放置するようなコメントをされることが、ご自身にとってWikipediaにおけるどのような評価に繋がるのか考えた方がいいのではありませんか。Falcatedさんが熱心な執筆者であり、記事の選考に対して強い関心を抱いていること自体は否定しません。ただし、Wikipediaという場においては、共同作業であることを強く自覚していただくことが何より重要だと考えます。それを蔑ろにすることは、無用な軋轢を生むだけでなく、自らの行動の縮小を余儀なくされることにも繋がりかねません。
  • 今一度申し上げますが、誠意あるご対応を強く望みます。
--みそがい会話2022年10月17日 (月) 17:02 (UTC)[返信]


  • 返信 (Mokeさん宛) ( 2022年10月17日 (火) コメントに対し)
  • 提案されている記事に対する編集については、現在本コメント依頼の議事に上っていますし、私は明確な記事の姿がまだ見えていないこともあり手を入れる状況にはありません。したがって、意見が集約されれば記事に関わることは控えるつもりです。もとより、他の方々の記事執筆に関して懸念が生じるような影響が出ることは本意ではありません。あらかじめ申し添えておきます。
  • 「相手への批判」という点については、おそらく私がFalcatedさんに対して言及および質していることについてでもあると推察します。私は被依頼者として当初よりコメントしている通り、本依頼がそもそも妥当なのか疑問を感じています。これは記事の内容をどうするかということと別の話です。私以外の方々からいただいているコメントにもFalcatedさんの行動に対するものが寄せられています。Falcatedさんからどのような説明をいただけるかどうか分かりません。しかし、誠実な対応をしていただくことが必要なことは確かだと思います。
--みそがい会話2022年10月18日 (火) 13:04 (UTC)[返信]

第三者のコメント[編集]

  • コメント たまにコメントする程度ながら、けっこうな期間「秀逸」や「良質」の選考を拝見しています。先ごろコメントしたWikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の再選考では、記事の改善よりもルールの厳格な運用を重視する方が多い印象を持ちました。私としては、ウィキペディア日本語版のそうした本末転倒あるいは「手段の目的化」的な状況を危ぶんでおり、Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいや私論ですがWikipedia:指示の肥大化を避けるの意義の再確認が必要ではないかと考えているところです。そうした中で、Falcatedさんのようにご自分が主筆者でもないのに対象記事に直接手を入れたり、出典に当たったりされる方は珍しいです。多少エキセントリックなご意見もお持ちのようにお見受けしますが、それも含めて貴重な人材だと思っています。
そのような理由から、Falcatedさんの姿勢に敬意を表したわけですが、あのときいわなかったことで言っておいた方がいいかもしれないことをいまから述べます。それは、「秀逸」や「良質」といった「ラベル」にこだわりすぎない方がいいということです。誰とも知れない利用者の賛否で決まるランク付けですから、その程度のものとして割り切りが大事でしょう。誤解を恐れずに言えば「ごっこ遊び」みたいなものです。これらの選考が記事充実・改善のモチベーションとして働くなら―もともとそういう目的で作られた制度だと理解しているわけですが―それでいいわけです。しかし、条件付き票で特定要素の加筆や除去を強要したり、ルールや運用をめぐって戦場のようになってしまってはデメリットでしかありません。
Wikipedia:エチケットには、次のように書かれています。(以下引用)「誰かがあなたに反対しても、それは次のようなことを意味するものとは限りません。(1) その人物はあなたを嫌っている、(2) その人物はあなたを馬鹿だと思っている、(3) その人物は馬鹿である、(4) その人物は悪である、など。誰かがあなたに反対したとき、そのことから邪推してしまう真実でない事柄はたくさんあります。そのような文章から何も邪推せず、あなたに反対した人物には彼の意見を持たせたままそっとしておくのが一番です。」。
以前もコメントで述べましたが、みそがいさんに執筆妨害などの「悪意」があるかどうかは、ご本人にしかわからないことであり(少なくとも私はないと思う)、あくまで善意に取る必要があります。議論において、相手に対してこのような決めつけは言いがかりと取られて反発・脱線の原因ですから、Falcatedさんは慎むべきです。どうしても相手と折り合えないとか、相手をするのもイヤになったときは、その分野から撤退するのも手です(私は過去そうしました)。長くやっているとウィキ毒がたまってくるものです。
なお、フェルメールの作品については、一覧記事のあり方をあまり考えたことがないので私見ですが、議論を拝見したところ、「日本における展示」の存在理由がいまだに示されていないと思います。有用性を示す責任は書きたい側にありますから、みそがいさんはなぜこの情報がこの項目に必要なのかを説明すべきです。その上で、展示情報が整備されている必要があるのだとすれば、一覧記事にどう載せるかを議論すべきでしょう。作品の紹介が記事の目的なのだから、どこで展示したかでなく、なにがどう展示されているか、主語は場所ではなく作品であるべきです。--みっち会話2022年9月10日 (土) 11:03 (UTC)[返信]
    • コメント みそがいさんのコメントに対して簡潔に。「フェルメールの作品」が一覧記事でないというご主張には驚きました。他言語版リンクだけでなく、体裁も内容的にも一覧記事のように見えますが。いまごろになってなぜというのは置いて、そういうことであれば、親記事との切り分け方も含めてノートで合意を得るべきでしょう。あと、展示情報についてですが、「日本以外」と「日本」という構成になっており、日本についてのものが圧倒的です。このような構成では、フェルメールの作品は世界中でとくに日本において非常に好まれて展示されているという印象を受けますが、それでよろしいのでしょうか。また、日本での展示情報を守るために「その他」を追加するというのは、つまり日本ありきであり、手順としてひっくり返っていると思います。
ルールについて。「Wikipediaのルール全体を崩す一穴になるおそれ」という表現が象徴的ですね。大きな穴ならともかく、蟻の一穴も許さないということですか。ウィキペディアは規則主義ではありませんが、みそがいさんのお考えは規則主義の典型です。--みっち会話2022年9月15日 (木) 01:04 (UTC)[返信]
      • コメント このコメントで最後にします。Falcatedさんへ。みそがいさんに執筆妨害などの「悪意」がなかったということをいまだに認めようとなさらないのはなぜでしょうか。これは私だけが言っていることではないと思いますが。やはりご自分の印象が「正しい」とお考えということですか? もしFalcatedさんが率直にご自分の非を認めてコメントの取り消しなり謝罪なりされるなら、「フェルメールの作品」で円滑な議論と合意をめざす上でもきわめて有効だと思いますが、それがイヤだということなら、仕方がありません。
みそがいさんへ。この場で「フェルメールの作品」について内容を詰めるのもふさわしくないので、「外野」ではありますが声を汲んでいただき、当該記事に生かしていただければと思います。追加でもうひとつ申し上げておきますが、フェルメールは画家としての業績のほかに特筆できるものがあるとも思えず、「人物」と「作品」を切り分けるというのは疑問です。とかく人物記事は「伝記」中心になりがちですが、重要なのは経歴ではなくなにをなしたかであり、達成した仕事やその評価が中心となるべきと考えます。したがって、切り分けるなら「フェルメール」で総論、「フェルメールの作品」で各論とし、展示情報(日本中心の問題はさておき)は総論に組み入れるのがしっくりくると思います。
なお、私はルール無用とは言っていません。ウィキペディアの規則を目的化して盲従することに疑問を呈しています。重要なのは、ウィキペディアのルールがなぜそのようになっているかという精神であり、言葉尻の解釈でなく運用を形骸化させないことでしょう。そのための「ルールすべてを無視しなさい」だと考えています。良質の再選考でもすでに述べましたが、単にラベルを外すためだけの制度なら、私はいらないと思っています。不満があるなら自分で手を入れる。記事を改善してなんぼ、です。そういうところでくだくだしい議論をするのは、最近ではブルシットジョブというのではありませんか? みそがいさんもまたご自分の「正しさ」に自信を持っておられるようですが、私は自分の判断を常に疑っています。木を見て森を見ずになっていないかといくつか指摘させていただいたことを、ときには思い出していただけると幸いです。--みっち会話2022年9月21日 (水) 11:59 (UTC)[返信]
  • コメント フェルメールの作品に関する議論にはタッチしておりませんが、良質な記事の選考に顔を出している関係上、コメントをさせて頂きます。なお、論点がずれていたら申し訳ございません。
  • まず、フェルメールの作品記事における「収蔵館以外における展示」節は必要か否かという点についてですが、結論から申し上げますと私は「不要」と感じました。私見を申し上げれば、本記事はあくまでも作品を主題にした記事ですから、作品の解説だけに限定して記載した方が良いと考えます。JPOVを回避する観点として「日本におけるフェルメールの受容」という新記事を立ち上げる折衷案も良いかとは思いますが、それならばむしろヨハネス・フェルメール自体の記事を加筆した方が良いのでは無いかと感じました。ヨハネス・フェルメールの記事を見るとまず「複数の問題」タグがあり、内容としてもこれだけの美術史における大家にも関わらず「作品への評価」や「後世のアートシーンへの影響」といった観点が一切抜け落ちているのです。私はヨハネス・フェルメールの記事を大幅に改良した方が解決に近いのではないかと考えました。「評価」節または「受容」節を記事中に新たに作成して各国におけるフェルメールに対する評価や受容の経緯を加筆、その中で日本における受容の経緯や展示の歴史を記述なり一覧なりで他国と同列に記載すれば、JPOVにもならずわざわざ新規記事を立項する必要もなく、ひいてはヨハネス・フェルメールの記事に対する問題点が解消し新たな良質な記事が生まれる可能性も出て来ると思います。長くなりましたが、要は「フェルメールの作品」はあくまで作品解説に限定し、それ以外のトピックは「ヨハネス・フェルメール」へ記載を分担するということです。仮に日本関連の展示・受容記事が大幅に肥大するようであれば、その時に「日本におけるフェルメールの受容」記事を新規立項すれば良いと思います。
  • 次に、コメント依頼の対象となっているみそがいさんですが、私は2006年に参加し始めましたので参加歴が近いですけれど今まで直接に遣り取りしたことはございません。ですので先入観なく申し上げるとすれば、Falcatedさんに対する執筆妨害やWikipediaから追い出そうとしているというような行為はされていないように感じます。Wikipediaのルールを大事にされている方なのだろうと推察しますが、多少教条的かなとは思います。Falcatedさんと揉めた浮世絵の件についても、参加3か月の新人相手ならばもう少し柔軟な対応をされれば、ここまでこじれることも無かったのかも知れません。「フェルメールの作品」関連の係争については、みっちさんと全く同意見です。その辺りを分かり易くご説明された方が良いと感じます。ただ、それ以外に特段問題になるような事をなされている感じではありませんでした。これがみそがいさんの言行に対する私の率直な印象です。
  • 一方、コメント依頼の提出者・Falcatedさんについてです。私から見てFalcatedさんは有能な執筆者であり、良質な記事の選考にも欠かせない人材であると思っています。選考における論評も当を得たものが多く、Wikipediaでは貴重な存在のお一人です。ですが、ご自身の高いレベルでの執筆スタンスを、他の方にも強いる傾向にあるなと感じておりました。その結果が先日の苦言にもつながっております。また、Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/フェルメールの作品 20220619Wikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の再選考#良質な記事の再選考における投票と修正作業に関しては、詳細は述べませんがみそがいさんの言に利があり、Falcatedさんの分が悪いです。その一方で、先日ご提案させて頂いたWikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/フェルメールの作品 20220907の選考取り下げ提案については応じて下さっており、全てが全て「いつまでも「納得」しない」方とも思えないのです。しかしながら、積もりに積もったFalcatedさんのみそがいさんに対する気持ちが最早「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」感じとなり、みそがいさんの一挙手一投足に疑心暗鬼となった結果、今回のコメント依頼が提出されたのだと思います。今回は一先ずフェルメールの作品に関する係争について、コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない、総意に基づき記事を加筆修正したらこの問題を終わりにして蒸し返さないことをご両名にはお約束願いたく存じます。そして、これもみっちさんが仰せになられていますが、最早不倶戴天だと思う相手からは、その分野から手を引く決断もありだと思います。
全ては、あたら有用な人材であるお二方がこうした消耗によりWikipediaから撤退されるのを防ぐためでもあります。長々と申し訳ありませんでしたが何卒ご賢察の程、お願い致します。--河川一等兵会話2022年9月10日 (土) 18:10 (UTC)[返信]
  • お返事拝読いたしました。フェルメールの作品記事は、表形式であっても記述形式であっても全ての真作を網羅すればその時点で一覧記事でしょう。作品展示の困難さについてフェルメール個人の説明や評価ではないというご意見も、フェルメール故の特殊な事象であるならばそれはフェルメールに対する後世の評価の一部分になるのですから、作品ではなく人物記事に記載する方が自然のような気がします(展示困難という特殊性を指摘している小林頼子の著書名も『フェルメール論』ですし)。やはり私はみそがいさんのご意見を首肯することはできず、従前通り作品記事に展示節を加えることは「不要」と考えます。ただ、ヨハネス・フェルメールとフェルメールの作品両記事の切り分け方については、今後議論の余地があると思います。この点はみっちさんと同意見です。
  • 一方で、ルールについては基本的に私はみそがいさんに同意です。みっちさんのご指摘、特にFA・GA選考に限って言えば、確かに私も思い当たる節がありますし、反省しなければならない点がありますが、やはりルールが定められている以上それに沿って選考をするべきだと考えます。ただ、参加して間もない初心者に対してもルールを振りかざして教条的に振舞うのは、これもまた違うと考えます。初心者にはルールを押し付けるより丁寧に教導して理解させる方向が良いと思います。仮にご自身が「正しい」と思う対応をしているとして、相手が予想以上に反発するならそれは無意識の内に自分の「思想」「信条」を相手に押し付けている事への反発なのだと思います。経験に応じた「匙加減」というのも時には必要なのではないでしょうか(勿論「荒らし」に対しては別ですが)。--河川一等兵会話2022年9月16日 (金) 11:14 (UTC)[返信]
  • まずは期限を区切った終了提案を取り下げて頂き、ありがとうございます。やはり、Falcatedさんは「いつまでも「納得」しない」という方ではないということを、改めて証明できたのではないかと思います。
  • しかし、追い打ちを掛ける形で申し訳ありませんが、ここは強く諫言しなければならないとも思いました。今回の唐突な終了提案の件も含め、Falatedさんの会話を吟味する中でご自身のルールを対話相手に押し付けるケースが散見されます。具体例は挙げませんが、それが契機で長い論争となったり(今回の件もそうでしょう)相手を怒らせたり(つい最近もありましたね)、要らぬ摩擦を起こして結果的にご自身の精神を摩耗し、本来ご活躍できるであろう記事作成に障碍をもたらしていませんか。みそがいさんにも申し上げましたが、仮にご自身が「正しい」と思う対応をしているとして、相手が予想以上に反発するならそれは無意識の内に自分の「思想」「信条」を相手に押し付けている事への反発なのだと思います。みそがいさんはWikipediaのルールに対して教条的な面がありますが、Falcatedさんはマイルールに対して教条的Wikipediaのルールにプラスしてご自身の基準に他を合わせようとする面があります。全てが悪いとは思いませんが、度が過ぎればそれは弊害を招きます。
  • 今回のコメント依頼はみそがいさんに対してのものではありますが、一面Falcatedさんに対するコメント依頼でもあると思った方が良いです。これは「鏡」です。過去のコメント依頼では、提出した依頼者が逆にコメント依頼を出されたり、更にはブロック依頼を出されたケースすらあります。こういう時こそ言動を慎重にしなければならないと考えます。折角の機会ですから一度Wikipediaの編集も記事の選考も止め、ご自身のWikipediaにおける行動を会話ページで振り返ってみては如何でしょうか。なぜこのように論争が続いてしまったのか、妥協すべき点はなかったのか、反対に何故この利用者とは円滑に折衝できたのか等ご自身の歩みを振り返り、深く熟考する良い機会だと思います。時間は掛かっても良いですから、Falcatedさんなりの結論を出してから、再び当依頼に戻る手もあります。
最後に、精神を病んで仕事や日常生活に支障を来すまで、Wikipediaに入れ込む価値などありません。思い出した時に記事を気ままに編集する程度が丁度良い距離感だと、最近私は思います。--河川一等兵会話2022年9月16日 (金) 13:16 (UTC)[返信]
  • こちらに書きます。有難いアドバイス、まことに感謝いたします。ほぼ異論御座いません。良質選考の方は、一本書くのに3-4時間かかりますし、今は手を引いている状態です。ここをどうするかは迷うところですが、この記事を書くことで休止状態になっている新記事執筆もありますし(本記事同様、アップするまではオフラインで編集するので、表向きは活動休止状態)、現時点では心身は安定しているつもりですので、休むことは考えていません。しかし、最終段落後半部は納得できるもので、今後の活動を鑑み、よく嚙み締めます。私にここまで気を使っていただき、感謝しか御座いません。--Falcated会話2022年9月19日 (月) 05:08 (UTC)[返信]
  • コメント ノート:フェルメールの作品を拝見いたしましたが、編集方針についての意見の相違としか感じられませんでした。「収蔵館以外における展示」掲載是非は、議論活性化や合意形成のためのコメント依頼などを使ってノート:フェルメールの作品で議論を尽くすべきだと感じました。利用者の行為についてのコメント依頼の場で、編集方針について期限を切って決定事項とするのは違うのではないかと思います。

みそがい様の行為や態度、議論姿勢については、特に問題を感じませんでした。むしろ、みそがい様の挙げておられる「妨害」「いちゃもん」「法の不遡及」といった発言の方が、利用者の行為についてのコメント依頼の対象になってしかるべきと感じました。 以上です。コメントするのは初めてなので、不適切なコメントや的外れなコメントでしたら申し訳ありませんが、感じたままをコメントさせていただきました。--石焼ビビンバ会話2022年9月13日 (火) 15:13 (UTC)[返信]

  • 返信 (石焼ビビンバさん宛) :こちらに書きます。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。期限に関しては上記の通りです。言葉遣いに対しては、肝に銘じます。「ノート:フェルメールの作品で議論を尽くすべき」に関しては、それに限界を感じたので、ここに至ったわけです。またコメントを頂ければと存じます。--Falcated会話2022年9月16日 (金) 12:20 (UTC)[返信]
    期限について取消しを確認いたしました。Falcated様が、自分の意見に拘泥せず、他人の意見を受け入れる度量のある方だと分かりました。
    ノート:フェルメールの作品での議論に限界を感じたとのことですが、その場合はやはり議論活性化や合意形成のためのコメント依頼を活用すべきだったのではないかと思います。みそがい様の行為についてのコメント依頼にしたのは、適切ではなかったと思います。
    美術分野には疎いので私は内容について口出しできませんが、ついでなのでもう一点だけ申し上げます。良質な記事の選考について、私は、上でのみっち様やWikipedia-ノート:良質な記事/良質な記事の再選考でのtotti様と同じように感じています。良質な記事の選考は、上げられた項目が良質な記事に値するかを投票する場であり、結果として項目の改善につながるコメントがされることがあるにしても、項目や内容を作成・追加した人にその場で手直しを求める場ではないと考えています。項目の改善や説明内容の疑問については、それ専用にノートページが用意されています。そこでは、期限を気にすることなく項目の改善のための議論ができます。Falcated様の目的が項目の内容の改善なら、記事を盾に取って、応じる義務のない口頭試問の場に作成・追加した人を引き摺り出し、期限を切って自分の望む形に改変することを迫らなくても、ノートページで指摘すれば足りるのではないでしょうか。正直なところ、私はそのような場にはあまり関わりたくないなと感じています。直近では、Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/フルーツサンド 20220911のFalcated様のコメントのうち、1点目と3点目は良質な記事の目安と関係ないように見えますので項目のノートページに書くべき内容と感じますし、4点目は明らかに会話ページに書くべき内容ではないでしょうか。
    Falcated様が、コメント依頼で集まった総意に対して異議を唱えず、これからのウィキペディアでの活動に生かされることを期待しています。--石焼ビビンバ会話2022年9月17日 (土) 12:22 (UTC)[返信]
  • 返信 (石焼ビビンバさん宛) :有難うございます。さて「コメント依頼で集まった総意に対して異議を唱えず」は、上で宣言した通りです。信用して下さると有難いです。選考の事はここで書かれても対応しかねますので、石焼ビビンバさんのノートに書きます。--Falcated会話2022年9月19日 (月) 05:08 (UTC)[返信]
  • コメント 個人的にはノート:フェルメールの作品での議論ではFalcatedさんがおっしゃることに理があると思いました。ただ、こういった事態に陥ってしまった原因は、Falcatedさんの選考に対する並々ならぬ情熱にあるのかな、というのが正直なところです。もちろん、やる気を出して作業に取り組むのは悪いことではありません。しかし、誰もが選考に興味を持っているわけではありませんし、選考は相手あってのものですから、状況に応じて歩調を緩めることも必要です。改めて今回の出来事を振り返ったとき、「早くこの記事をなんとかしないとGAから除去されてしまう」といった焦りが生じ、それによって視野が狭くなってみそがいさんの言動を悪意に取ってしまったり、不適切な言葉を選んでしまったりといったことはありませんでしたか。そういった小さな過ちの積み重ねはときとして大きな溝になってしまうことがあります。ウィキペディアには「締め切りなんてない」という私論もあります。今回のことも、「GAから除去されてしまったら、ゆっくり加筆してまた推薦すればいいか」くらいの気持ちで臨んでいれば結果的にもっと早く解決に至っていたかもしれません。おそらく、Falcatedさんは気になったことをしっかりとクリアにしてから先に進みたいと考えるような非常に真面目な方なのでしょう。ですが、そのような真面目さゆえに思い悩むことも多いのではないでしょうか。今回の件でも、依頼者コメントを拝見する限り、精神的に消耗なさっているご様子が見て取れ、とても心配です。仕事ではなくあくまでボランティアなのだということを忘れず、もっと肩の力を抜いて取り組んでみてはどうでしょうか。Falcatedさんは「駒競行幸絵巻」など素晴らしい記事をいくつも書いていらっしゃる方ですから、例えば、選考関連で思うようにいかないときは、いったん選考から離れて別の新記事の執筆準備をするといった形で気分転換をしてみるのはどうでしょう。選考以外のことにも視野を広げていくことで、Falcatedさんご自身もますます高いパフォーマンスを発揮できるはずです。--WhiteSpaceCoder会話2022年9月30日 (金) 10:00 (UTC)[返信]
  • 返信 (WhiteSpaceCoderさん宛) :温かいお言葉、まことに有難う御座います。上にも記しましたが、新しい記事の執筆と、過去記事への加筆・修正はやっておりますよ。今日も国会図書館館行ってきましたし(1000人で入館制限だそうですが、ガラガラでした)。GA量産される方々と違って、私はフェルメール同様、仕事が遅いので(駒競行幸絵巻も半年かかりました。今書いているのは、去年からやっています)。それに対して、仏教美術東海道五十三次 (浮世絵)そしてフェルメールの作品山椒魚 (小説)のような、納期が決まっているものだと、短期集中力が高まるので、私には向いていると思います。--Falcated会話2022年10月3日 (月) 15:33 (UTC)[返信]
  • コメント フェルメールの作品記事の立項経験がある一人としてコメントします。「ノート:フェルメールの作品」および当コメント依頼を読んでから、フェルメール関連の記事にはなるべく関わらないようにしています。立項したいフェルメールの作品がまだありましたけれど、それも執筆を中断しました。依頼者と被依頼者の論争が何らかの形で飛び火して、巻き込まれることを懸念したからです。フェルメール関連記事に関する建設的な提案や編集が皆無とは言いませんけれど、おそらくはそれよりも多くの時間をご自身の擁護や相手への批判に費やしており、いまだに合意に達していません。このコメント依頼に寄せられた第三者の意見を読み、依頼者と被依頼者はコミュニティを消耗させる利用者ではないかという印象も持ちました。おふたりには異論があるでしょうけれど、そのように見ている第三者がいるとご理解ください。これらを踏まえて、「まとめ」節に提案をします。--Moke会話2022年10月18日 (火) 05:53 (UTC)[返信]
  • 異動による転居や業務で忙しく、暫く参加しておりませんでしたが、久しぶりに様子を見に来てみたら最早のっぴきならない状況にまで悪化していて困惑しています。フェルメールの作品に関する議論では、私の提案の一部にみそがいさんが理解をお示し頂けたので、収束と解決に向けて一条の光明が見えた気がしたのですが、どうやら気のせいだったようです。もうこれ以上時間を費やしても当人同士での解決には至らないだろうと確信し、Mokeさんの御提案に乗っかる形で最終私案を提示してみました。詳細は「まとめ」節をご覧頂ければと存じます。それともう一つ感じたのは、このコメント依頼が最早「Wikipedia:コメント依頼/みそがい」ではなく、事実上「Wikipedia:コメント依頼/Falcated」になってしまっているということです。少し雑感も込めて、最後のコメントをしたいと思います。
  • 返信 (Falcatedさん宛) まずはこちらをご覧頂きたいと思います。9月16日に書いた内容です。
今回のコメント依頼はみそがいさんに対してのものではありますが、一面Falcatedさんに対するコメント依頼でもあると思った方が良いです。これは「鏡」です。過去のコメント依頼では、提出した依頼者が逆にコメント依頼を出されたり、更にはブロック依頼を出されたケースすらあります。こういう時こそ言動を慎重にしなければならないと考えます。折角の機会ですから一度Wikipediaの編集も記事の選考も止め、ご自身のWikipediaにおける行動を会話ページで振り返ってみては如何でしょうか。なぜこのように論争が続いてしまったのか、妥協すべき点はなかったのか、反対に何故この利用者とは円滑に折衝できたのか等ご自身の歩みを振り返り、深く熟考する良い機会だと思います。時間は掛かっても良いですから、Falcatedさんなりの結論を出してから、再び当依頼に戻る手もあります。
— 河川一等兵による9月16日のFalcatedさん宛のコメント
この時Falcatedさんは「しかし、最終段落後半部は納得できるもので、今後の活動を鑑み、よく嚙み締めます。」とお答え頂きました。活動自体は止めないがという御意思はありましたが、その上で以後は唐突な終了提案のような行為は少なくともなさらないだろうと思っていました。しかしその後のFalcatedさんは以下のような行為を行いました。
正直、ソリクンの件で愕然としたのですが、私の知らない間に更に二つの案件を起こしていることには失望を禁じ得ません。全てに共通するのは唐突な本依頼終了提案(第一回)と同じ病理要因、自身の判断基準だけで拙速に事を運ぶ、そして批判的指摘を受けると直ぐに撤回するという点なのです。私はFalcatedさん、貴方がWikipediaにとって得難い執筆者の一人と思っているからこそ、時間を掛けて必死に考えてより良い方向性で終わるためにコメントをしたのです。しかし結果的に貴方はそれを「裏切り」同じ過ちを繰り返した。一度編集も記事選考も止めて貴方の行動を振り返って欲しいと述べたのは、再発を防ぐための内省をして欲しい・本依頼の解決に集中して欲しいという意味だったのですが、貴方は結果的に内省もせず解決に向けて妥協策を模索せずにみそがいさんを批判し、更には上記の事案を行い、結果関わる人にこのコメント依頼で指摘された事と同じ指摘を受けましたね。第三者のコメント節をじっくり見ましたか?大半が貴方に対するコメントになっていて、もうどっちのコメント依頼か分からないでしょう。挙句の果てには熟考も結論も出さず唐突な終了提案(二回目)。石焼ビビンバさんが失望したり、みそがいさんが憤慨されるのは当然のことですよ。私も貴方のなさり様に怒りを覚えています。善意を踏みにじられるとはこういうことかと。
もう正直このコメント依頼で穏やかな方向で解決を模索するには時間の無駄だと感じました。そこへMokeさんの御提案があったので、乗じて解決案を出しました。貴方に取っては「何だこれは」と憤慨されると思いますが、貴方が蒔いた種です。本依頼対処以外の活動を中断し、せめて誠実に責任を持って解決して欲しいと心からお願いします。心身は安定していると仰っていたので、もう健康を理由にして逃げることは出来ません。真剣に向き合って下さい。それすら出来ない、無理だと仰るなら、私は匙を投げます。私は有能な執筆者である貴方を失いたくないという気持ちに変わりはありません。貴方はもう崖っぷちにいることをどうか分かって下さい。お願いします。
  • 返信 (みそがいさん宛) お怒りはごもっともだと思います。私の気持ちはみそがいさんに近いです。ですが、Falcatedさんがここまで依怙地になる発端となったのは前回も指摘しましたが、間違いなくみそがいさんなのです。ここまで拗れて、収拾が付かなくなりましたが第三者が見て「どっちもどっち」という印象は否定できないでしょう。みそがいさんは丸く収めるための「妥協策」を持っていましたか?どこかで折り合いを付けるのも、また議論だと思います。そろそろ落し処というか、最低限求める一線(複数要求するのは紛糾するだけなので)を探る時期に来ているのではないでしょうか。このまま縺れても、何一つ良い事はありません。既にMokeさんのように実害を受けている方もいらっしゃるのです。
  • 返信 (みっちさん宛) 事ここに至り、多少強引にまとめる方向に致しましたが、是非みっちさんの鋭い御意見を頂戴できればと存じます。ご面倒だとは思いますが、最後までお付き合い下さい。
  • 返信 (石焼ビビンバさん宛) 私の申し上げた「総意」はコメント依頼の最終合意内容を指しているのですが、まあFalcatedさんに関して申し上げればあながち間違いではないと思います。しかし私はまだFalcatedさんを信じたく思いますので、終了提案に対するアクションで結論を出して頂ければと存じます。もう暫くだけ待ってみて下さい。
  • 返信 (Mokeさん宛) お気持ち、私も痛いほど分かります。書きたい記事が書けないというのは…何しにWikipediaに参加しているのか分からないですよね。ですから私はMokeさんの御提案に賛成すると共に、早くフェルメール関連の記事をMokeさんに思う存分書いてもらいたいので追加の終了提案をしました。分野は違いますが、私はあくまで記事を書く人の味方でありたいと考えています。
  • 返信 (さかおりさん宛) まさかここでお目に掛るとは思いませんでした。行き掛り上慣れない事をしています。ここでお目に掛ったのも御縁ですので、さかおりさんにはお手数をお掛けしますが是非コメントを頂戴したいのです。重鎮たるさかおりさんに大所高所からご意見を頂ければ、議論の収束も近くなるのではと期待しております。ご面倒と思いますが、何卒宜しくお願い致します。
今回の件で、お二方から遺恨を持たれると思います。ですが私は最初に述べた通り、あたら有能な執筆者二名が疲弊してWikipediaから去るのを座視できないから、本来私には何も関りがない本依頼を何とか収束・軟着陸させようと考えています。お二方にはその辺りの私の考えを汲み取って欲しいと切に願っております。口幅ったい物言い、申し訳ございません。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:09 (UTC)[返信]

まとめ[編集]

さて、話題もそろそろ煮詰まって参りましたので、この場は一旦締めたいと存じます。これまでコメント下さった多くの方々には、深く御礼申し上げます。またお世話になるかもしれませんが、その際は何卒ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。--Falcated会話2022年10月11日 (火) 12:28 (UTC)[返信]

上記まとめですが、まとめになっていないように思います。煮詰まってきたのでしたら、どのような結論に至ったのかを書くべきではないでしょうか。
また、このコメント依頼は、形の上ではみそがい様の行為が対象になっていますが、Falcated様の行為に対してもコメントされています。Falcated様は、「コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない」ことを約束し、私の念押しに対しても「『コメント依頼で集まった総意に対して異議を唱えず』は、上で宣言した通りです。信用して下さるとありがたいです。」とおっしゃいました。Falcated様の記事の選考への関わり方について、みっち様から「『秀逸』や『良質』といった『ラベル』にこだわりすぎない方がいい」、私から記事の選考は「項目や内容を作成・追加した人にその場で手直しを求める場ではない」、WhiteSpaceCoder様から「いったん選考から離れて」というコメントがありました。Falcated様の宣言を信用して今後はこれらのコメントに従っていただけるものと信じておりましたが、Falcated様のまとめでは全く触れられていないばかりか、これらのコメントがされた後も、これまで通り関与されておられるようです。今後も今まで通りの関わりを続けられ再び記事の選考で同じような問題を引き起こした場合には、コメント依頼を経ても改善されなかったと判断して対応せざるを得ないと考えます。--石焼ビビンバ会話2022年10月12日 (水) 06:12 (UTC)[返信]
コメント 「まとめになっていない」というのは同感ですが、しかし現実として多くのコメント依頼ではちゃんとしたまとめがされていませんし、Falcatedさんにだけそれを求めるのもどうなのかなという気がします(WP:SPEEDかもしれませんが)。石焼ビビンバさんは、Falcatedさんのことを「自分の意見に拘泥せず、他人の意見を受け入れる度量のある方」と評価していらしたので、そういった期待をしていた分だけ落胆してしまったということかもしれません。おそらくは石焼ビビンバさんもいたずらにFalcatedさんのことを批判したいわけではなく、しっかりとこの件にけじめをつけて今後の活動の指針を示してほしいとの思いなのでしょう。それがFalcatedさんご自身のためでもあると思います。一方、このコメント依頼に寄せられた意見の数々は、私から見てもそれぞれ一理あるものだと感じました。そのうえで申し上げれば、Falcatedさんにもみそがいさんにもそれぞれに改善すべき点があったということでお二人がしっかりと反省すべき点を反省できていればそれで良いのではないでしょうか。Falcatedさんの選考への参加に関しても、参加姿勢を見直してみてはどうかというご提案があったのは事実ですが、一方で河川一等兵さんは「良質な記事の選考にも欠かせない人材」とおっしゃっています。問われているのは、参加すること自体の是非ではなく、参加の仕方を改善できるかどうかということだろうと思います。石焼ビビンバさんの9月17日のご指摘に関しては私も同様に思いましたが、最近Falcatedさんが参加なさったWikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/家康公の時計 20221011では、ご自分で資料を入手して加筆を予定しているとのことです(改名提案がなされているから、というコメントは良質な記事の基準とはあまり関係がないようにも思いましたが……)。とりあえず今後の改善がみられるかどうか見守るということではどうでしょうか。--180.196.169.72 2022年10月12日 (水) 14:21 (UTC)[返信]
180.196.169.72様、私の直近のコメントの最後の一文は、「今後の改善がみられるかどうか見守る」という意味だととらえていただいて結構です。--石焼ビビンバ会話2022年10月12日 (水) 17:05 (UTC)[返信]
上記まとめ後、Falcated様はこちらではみそがい様の問いかけも含めて応答がありませんが、ノート:家康公の時計、Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/家康公の時計 20221011、 Wikipedia:投稿ブロック依頼/Meine Libeでコメントがあります。現時点では、改善がみられるかどうかはコメントを控えます。--石焼ビビンバ会話2022年10月15日 (土) 08:02 (UTC)[返信]
  • ちょっと待ってください。私は記事選考に関わらないなどとの約束はしておりません。石焼ビビンバさんが本コメントと全然関係ない話に終始していたのは、それが目的だったのですか。そんな話はお断りです。印象操作そのものです。二度とそんな話をなさらないよう。--Falcated会話2022年10月17日 (月) 14:06 (UTC)[返信]
    上記ご発言は、「コメント依頼で集まった総意に対しては絶対に異議を唱えない」「信用して下さるとありがたいです」を反故にするものと受け取りました。とても残念です。--石焼ビビンバ会話2022年10月17日 (月) 14:45 (UTC)[返信]
    返信 (Falcatedさん宛) 石焼ビビンバさんが申されていることは印象操作ではありません。どうぞ貴方が為すべき優先順位を再確認して下さい。多くの方が心配されているんですよ。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 17:05 (UTC)[返信]
    私は、Falcated様がこのコメント依頼をノート:フェルメールの作品での着地点を探るために立ち上げたのだとすると、なぜ議論活性化や合意形成のためのコメント依頼ではなく利用者の行為についてのコメント依頼としたのか、いまだに理解できません。意見が対立した相手を議論の場から排除しようとしたとしか考えられません。
    Falcated様の目的が何であれ、みそがい様の行為についてのコメント依頼とした以上は、対になるFalcated様の行為についても言及されるのは当然で、私のコメントがFalcated様の望む内容ではなかったからと言って「全然関係ない話に終始していた」と印象操作されるのは甚だ心外です。--石焼ビビンバ会話2022年10月19日 (水) 02:01 (UTC)[返信]
  • まとめ節に書くのが適切かどうか分からないのですが、今回はみそがいさん、Falcatedさんの双方に問題が指摘されたということで、お二人の同意が得られるようであれば、いったん両者が記事「フェルメールの作品」から離れてクールダウンするということで手打ちにしたらどうでしょうか。当該記事の帰趨は、お二人を除く第三者の手に委ねる以外に丸く収める方法がないように見えますし、お二人ともに終わりのない議論を続けるよりも他の記事にてご活躍いただくのが建設的だと思います。コメント依頼が終わったようでいて終わっていないという現在の状態は、みそがいさんにとってもFalcatedさんにとってもその他の参加者にとってもあまり得るものがありません。そのうえで、みそがいさんやFalcatedさんがここで指摘されたような問題を今後も起こしてしまうようなことがあれば、そのときはどなたかが問題提起をすればよいのではないでしょうか。もちろん、その場合は石焼ビビンバさんがおっしゃるように、コメント依頼にて改善点を指摘されたものの、その指摘を自己の改善に繋げられなかった、という評価がなされることになります。私自身は、みそがいさんもFalcatedさんもしっかりと自己の問題点を改善していただけると期待しています。コメントを残している皆様もおそらく同じ思いでしょう。改善できると期待しているからこそ改善点を挙げるのです。--106.168.175.188 2022年10月16日 (日) 14:32 (UTC)[返信]

終結に向けての提案[編集]

  • 提案 依頼者と被依頼者ともに、フェルメールに関する記事の編集から手を引くということではいかがでしょう。当コメント依頼の終了について意見の相違が見られたので、まだ継続していると判断して提案しました。ご意見を寄せた第三者の方々からもご意見をうかがえれば幸いです。私の意見は‎第三者のコメント([19])に書きました。--Moke会話2022年10月18日 (火) 06:01 (UTC)[返信]
  • 提案 Mokeさんの御意見を受けて、本依頼を締めるための私案を述べたいと思います。より良い着地点を見出すために、出来れば中立的な第三者の方々からのご意見等が頂けましたら幸甚です。
    1. 「フェルメールの作品」だけでなく、フェルメールに関する編集・執筆・議論の一切からFalcatedさんとみそがいさんは撤退し、以後一切介入せず第三者に任せること。また第三者により決定した記事執筆に関する方針・記事内容について異論を挟まないこと。ここはMokeさんの御提案に沿います。
    2. Falcatedさんはみそがいさんやみっちさんなどから指摘された・求められた質問に対して、誠実な回答を行うこと。回答を行うまでの間は、本依頼の提起者としての責任を果たし、本議論に携わった関係者全員に責任ある行動を示すため、一旦Wikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/Meine Libeを除く(※1)本依頼以外の全てのWikipedia内における活動を中断すること。これがない限りは、みそがいさんは決して閉めることに納得は出来ないだろうと思いますし、そこまで拗れてしまっています。なおこの条項については義務に近い努力目標と致します(※1)。
    3. Falcatedさんの回答に対し、本議論に携わった関係者(可能な限り全員)が納得したら、みそがいさんはFalcatedさんの回答を御諒承頂き、今までの件は水に流して頂くこと。また、一応本依頼の被依頼者というお立場上、ご自身に寄せられた第三者コメントに対して総括をして頂くこと。
    4. 上記三点を本議論関係者が認めたら、それを「総意」として本依頼を閉じ、本依頼終了後は、絶対にこれらの議論について蒸し返さないこと。
以上になります。お二方にとっては厳しいかも知れませんしご納得出来ない点もあろうかと存じます。しかしMokeさんのように本来自由に執筆したくてもこの係争がある限り安心して執筆できないという弊害が出てきてしまっている以上、妥協点の見出せない論争には半ば強引であっても決着を付ける必要があると考えました。Mokeさんのお気持ちに、お二人とも思いを致して頂きたいと痛切に思います。--河川一等兵会話) 2022年10月18日 (火) 13:20 (UTC)--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:53 (UTC)(※1:ご指摘に伴い追記変更)。[返信]
なお、私儀、出張により10月21日夜までこちらへのご返信が出来ません。ご返答が遅れることにつきましては予めご了承下さい。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:53 (UTC)[返信]
  • 返信 (Falcatedさん宛) ご回答頂き有難うございます。ですが、みそがいさんもご指摘されていらっしゃいますが、コメントの内容が抽象的で具体的な中身が正直見えて来ないのが現状です。この状態ではコメントを頂いた各位に対して十分な説明にはなっていないと私も感じます。ですので、再度お手間をお掛けして恐縮なのですが、以下の点をご留意頂きながらご回答下さいますようお願い申し上げます。
  1. 提出時点において、みそがいさんに対するコメント依頼を提出するに当たり、提起内容が適切だと判断したその理由について。依頼冒頭に述べられてはおりますが本質的な理由を具体的かつ簡潔に
  2. 現時点において、みそがいさんに対するコメント依頼提出・提起内容は適切であったか、あるいは否かについて。そして適切/否と認識した具体的な理由について。
  3. みっちさんへの返答の中で「ここ数週間で学んだことの一つとして、今後の活動に活かします」とありますが、ご自身が起こした事案に対して各方面より寄せられた助言・苦言から何を学び、その学びをどう今後の活動に活かされるのか。Falcatedさんが考えておられる具体的な再発防止策について。
本来中立的な立場として、直接的なコメントは控えなければならないのですが、恐らく他の方も同じ事をみそがいさんと同様にご質問される可能性が高いので、敢て口を挟みました。「査問」紛いになってしまい心苦しいですしFalcatedさんには申し訳ありませんが、ここを乗り越えないと先には進めないと感じましたので、上記の点を踏まえてコメントを頂戴できればと存じます。私に報いる必要はございませんが(そんな大それた人間ではないので…)、ご自身を戒めたいとお思いであるならば何卒宜しくお願い申し上げます。--河川一等兵会話) 2022年10月24日 (月) 09:33 (UTC) 一部修正--河川一等兵会話2022年10月24日 (月) 15:05 (UTC)[返信]

被依頼者の意見[編集]

お手数をおかけしております。Mokeさん、河川一等兵さんのご提案に同意します。--みそがい会話2022年10月18日 (火) 14:02 (UTC)[返信]

  • コメント 各位よりいただいているご意見に対して。
  • Falcatedさんが他の場でも軋轢を生んでいる状況であることは知りませんでした。そのような状況にあっては、私がそれぞれ求めているFalcatedさんのコメントは根本的な解決に繋がることではないと考えます。本コメント依頼の場を収束するために私から要望することは、既に私は表明しましたが、河川一等兵さんの提案を受けていただくことに尽きます。ただし、被依頼者である私に対しては上記の理由からFalcatedさんには、2、3項においては次の1点のみを回答していただくようお願いします。
    • 「本コメント依頼の提起は適切であったか否かとそれについて現時点でのお考え
  • これは私か感じている根本部分であり、提起内容が適切であったか疑問の声も上がっているからです。どのようなコメントをいただけるか分かりませんが、私が望むものであってもなくても私からそれに対してこの場では更に何かを要求しないようにします。提案各項、および、ご自身、各位に対するコメントに対しては各位のご対応に任せ、私からの発言は極力控えるようにします。私はまとめられた内容を受け取り、それを表明することで被依頼者としての収束としたいと考えています。したがって、Falcatedさんには真摯な対応を望むものです。--みそがい会話) 2022年10月19日 (水) 13:49 (UTC) --下線部2箇所修正しました(内容は上記1点のみに絞ります。それ以外は不要です)--みそがい会話2022年10月21日 (金) 11:41 (UTC)[返信]


  • 返信 (Falcatedさん宛)2022年10月21日 (金) 15:14 (UTC)、2022年10月23日 (日) (UTC)のコメントに対し)[返信]
  • 私が申し上げてきたコメントの内容を咀嚼されていないのであろうことは分かりました。1文目とそれ以降が噛み合っていないことからも私の印象は強められています。今のFalcatedさんはそう回答せざるを得ない状況であると察するしかありません。残念です。しかし、それはそれとして、私に対してコメントいただけたことについては既に述べたように発言を控えます。
  • (Falcatedさんの他の方々への回答に対し)皆さんからFalcatedさんに対してコメントが多々寄せられており、本項の収束を図るべく労力を割いていただいている中、回答内容が具体性に欠けている、あるいは、いわば些末な事項のみに言及し本質を避けているように感じるためにFalcatedさんが今後どのように行動しようとしているのか私には見えてきません。Falcatedさんの行動の何が問題とされているのか今一度いただいているコメントを読み直し、その上で、より具体的に指摘に対する行動内容・指針等を表明なされた方がいいのではないかと感じています。コメントいただいた方それぞれが納得されるのであれば、これは私の余計なコメントでしかありませんので、あらかじめ各位にお詫びいたします。
--みそがい会話2022年10月23日 (日) 20:37 (UTC)[返信]


  • 返信 (Falcatedさん宛) (2022年10月28日 (金) - 2022年11月2日 (水) のコメントに対し)
  • コメントいただいている皆さんへ
  • Falcatedさんのコメントに対して返信することはしないつもりだったのですが、今一度コメントします。
  • まずは河川一等兵さんの議論誘導に対しお礼を申し上げます。
  • Nekotasuさん、みっちさんのコメントが寄せられていますが、私も同様に感じる部分が多々あります。Falcatedさんのコメントでは、何らかの事象が発生した後にどう対処するかが主であって、今回のコメント依頼自体の妥当性や、過去に引き起こした行動によるコミュニティの混乱を発生させないためにはどうするかという点が欠落しているように感じます。みっちさんの私論にも書かれています通り、執筆を優先し、議論を呼びそうな場面を極力避けるということを考えるのも一つです。コメント依頼、記事の選考/再選考、投稿ブロック依頼などは後者に属するものだと思います。ただ全てを避けよということではありません。重要なことは、必要な議論は必要であるということであり、同時に、ご自分の意図との対立が発生しているときに議論を放棄するのは悪手であることを認識することです。そして、自身の発言がどのような影響を及ぼすのかを、投稿する前に今一度読み直して第三者の眼で確認することが必要なのだと思います。
  • Falcatedさんは浮世絵関係の記事編集を当面行わないという宣言をされました。私としては唐突な感じは否めませんし、必要性も感じません。それ以外の記事で私と編集意図の違いが生じた場合や、浮世絵関係記事で他者による何らかの劣化編集が発生した場合の対処も考慮すべきであって、フェルメール関連を除く個別記事群を編集しないと宣言することは益が少ないと思います。また、その編集を解禁する際に「この場で」と言われていますが、それまでこのコメント依頼はクローズしないということなのでしょうか。
  • このような状況において、今回および今までのFalcatedさんのコメントに対して、現時点で納得出来る部分は正直なところ多くはありません。
  • それはそれとして、本コメント依頼の被依頼者は私ですから、皆さんからいただいているご意見を受け、再度ここで下記に明確にします。
  • また、今回の私のFalcatedさんに対するコメントは、そのまま私自身に投げかけているものでもあります。
  • 私としては、可能であれば、上記の表明で本コメント依頼の終結としていただけないかと考えています。
  • 一方で、議論が継続しているFalcatedさんの行動や発言に対する疑義やご意見については、被依頼者である私とは一旦切り離し、Nekotasuさん、河川一等兵さんのやりとりもありましたように別の場所で行う必要があろうかと思います(議論進行の関係上、それが一旦保留され、本項で継続されていることは重々承知していますが)。私が先頭に立ってその場を立ち上げることは立場上しません。しかし、場が出来た場合には何らかのコメントをすることもあろうかと思います。
  • 以上、ご配慮よろしくお願いします。
--みそがい会話2022年11月2日 (水) 14:17 (UTC)[返信]

依頼者の意見[編集]

  • コメント:みなさま。しばらくここを見るのを止めておりました。私の為にわざわざコメントを下さり、ありがとうございます。今日はもう遅いので、明日以降に対応致します。--Falcated会話2022年10月19日 (水) 14:43 (UTC)[返信]
  • コメント:では記します。Mokeさんのご提案、「フェルメールに関する記事の編集から手を引く」を承諾致します。Mokeさんにご迷惑が掛かっていたのでしたら、まことに申し訳なく存じます。それと河川一等兵さんの私への要望ですが、よくよく考える必要がありますので、このコメントを一旦送信してから、引き続き書きたいと存じます。なお、「本依頼以外の全てのWikipedia内における活動を中断すること」を厳守致します。--Falcated会話2022年10月20日 (木) 12:59 (UTC)[返信]
  • 返信 (Falcatedさん宛) 慌てなくて結構ですので、皆様のご意見を十分吟味して頂きながら、ご回答下さい。第1項はご承諾頂けたという認識で宜しいでしょうか。第2項につきましては、特にみそがいさんが要望されている「本コメント依頼の提起は適切であったか否かとそれについて現時点でのお考え」についてのご回答は必ず入れて頂ければと存じます。みっちさんへのご回答と併せて宜しくお願い致します。--河川一等兵会話) 2022年10月21日 (金) 09:13 (UTC) -- みそがいさんの改訂に合わせて下線部加筆修正。--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 13:50 (UTC)[返信]
  • コメント:続けます。まず、「第1項はご承諾頂けたという認識」でご理解願います。
  • それとみそがいさんからの「提起内容が適切であったか」についてですが、「提起」自体は「適切」であると考えます。但し、感情的な表現や、関係ない内容を盛り込んでしまったために、議論がねじれてしまったことは、私の責任です。またみっちさんが言われる、「本来なら対象者はFalcatedさんとみそがいさんお二人であるべきところ、依頼者は別だと考えたのか、対象をみそがいさんのみとしたため」は否定しようがありません。ですので、「利用者の行為についてのコメント」でなく、「合意形成のためのコメント」にしておけばよかったのですが、その時点でそう考えることは出来ませんでした。他の方にもですが、このようなことが二度と起こさないよう肝に銘じます。 それと別件ですが、TLA編集の取り消しには、感謝申し上げます。
  • 申し訳ありませんが、今日はここまでとさせてください。--Falcated会話2022年10月21日 (金) 15:14 (UTC)[返信]
  • コメント:みっちさんのコメントに対してお返事します。これまで何度もコメント下さり、感謝しております。Wikipedia:エチケットを今、再度読み返しました。「私は自分の判断を常に疑っています。」とのお言葉を含め、ここ数週間で学んだことの一つとして、今後の活動に活かします。意図して行ってはおりませんが、みっちさんが私に望む方向と、違う所に行っているのだとしたら、まことに申し訳ないことです。お嫌かもしれませんが、今後とも宜しくお願いします。私はこの通り、言葉の裏を読む能力に欠けますので、直截的に仰って下さって結構です。答えになっていないかもしれませんが、これを返答と致します。--Falcated会話) 2022年10月23日 (日) 13:09 (UTC) 一旦送信します。--Falcated会話2022年10月23日 (日) 13:09 (UTC)[返信]
  • コメント:126.73.88.30さん。コメント有難うございます。
Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/家康公の時計 20221011」…絶対に今やるべきではありません。
それは理解しておりますので、大丈夫です。
>ここに至るまでにたくさんの方が踏みとどまるようにそれとなく諭してくれたはず。
みっちさんが仰られた、「河川一等兵さんをはじめ、記事執筆にかけてはウィキペディア有数の利用者の方々から真摯なコメントを寄せられたことを重く受け止めていただきたい。…ある意味幸せなことなんですよ。」も同様ですが、感謝致しております。
  • Sethemhatさん。心配して下さり、誠に有難うございます。私も独自研究は、他の方から指摘されて理解しました。そうやって新規参加者さんに伝えていけばいいかと存じます。
  • 河川一等兵さん。もう言葉では尽くせない程の御恩を頂戴しました。それに報いれるよう、戒めます。--Falcated会話2022年10月23日 (日) 14:54 (UTC)[返信]
  • すみません、昨日コメントを書いたのですが、寝ぼけていたのか、アップされていませんでした。明日までに、再度書きますので、恐れ入りますが、お待ちください。--Falcated会話2022年10月28日 (金) 14:56 (UTC)[返信]
  • では、河川一等兵さんの問いかけに対して、再度書きます。
1.2.繰り返しになりますが、フェルメールの作品での来日作品情報は、WP:JPOVWP:POV)に抵触すると考え、該当箇所の削除をノートで提起したものの、結論が出る見込みがなく、コメント依頼を提出したわけですが、その提出自体は妥当だと今でも思います。しかし、記事内容だけでなく、個人批判をしてしまったことは、言い訳出来ない誤りでした。そのことを強く認識させられたのは、みっちさんの2022年9月10日付の、Wikipedia:エチケットWikipedia:善意に取るに則って、慎むべき、というコメントで、その時点では、冷静になりきっていなかったせいもあってか、すんなり理解できなかったのですが、後日読み直し、「『悪意』があるかどうかは、ご本人にしかわからない」は、確かにその通りですし、「反発・脱線の原因ですから、慎むべき」は、その後の暗示でありました。自身を恥じるとともに、みそがいさんをはじめ、皆さま方にお詫び申し上げます。本コメント依頼の混乱の責任は、私にあります。
3.は明日書きますので、宜しくお願い致します。--Falcated会話) 2022年10月28
遅くなりましたが、3.について述べます。今後、意見の対立が起きた場合、1.2.で記したWikipedia:エチケットWikipedia:善意に取るを読み返し、一呼吸おいてから、冷静に対応します。そのことを忘れないよう、私の利用者ノート[20]に、リンクとテキストを、この文をアップした後に貼ります。冷静な頭で再考し、私の対応の方に問題があると認識した場合、当然のことながら、取り消し・謝罪をします。加えて、みそがいさんとの繋がりとして、浮世絵関連記事の編集は、来年(2023年)いっぱいまで手を付けないこととします。これも利用者ノートに付記します。現時点で考えていることは、以上です。--Falcated会話2022年10月29日 (土) 22:11 (UTC)[返信]
  • みなさま ご意見ありがとうございます。みっちさんの議論への接し方を拝読致しました。今回の為に書かれたような内容で、恥じ入ります。この中のいくつかのアドバイス5項目は、私はすべてダメでした。今回のコメント依頼においては、方針類の引用は最小限に以外の4つが当てはまります。あくまで本題の、来日作品情報が必要か否かだけに絞れば、ここまで複雑にならなかったわけですし、もしかしたら記事ノート内で妥協点が見出させたかもしれません。 私の最近の案件として、家康公の時計の改名がありますが、初稿者さんとは、意見が合わなかったものの、コメント依頼を出そうとは全く思いませんでした。私が書いた記事ではないから、という点もあるかもしれませんが、それだけでなく、初稿者さんに対する嫌悪がない点もあるでしょう。 私は(他の方ともですが)みそがいさんと諍いをしたくありません。そのためにここに来ているのではありませんし。献策のなかの「下策」は取りたくありません。「上策/中策」のどちらかは悩むところですが。 私が執筆の妨害をされたと感じ、それを感情的に表出したことが、みそがいさんの行動を縛ったのでしたら、それは申し訳なく思います。あくまで冷静に対応すべきでした。今後は信用して下さりたく存じます。--Falcated会話2022年10月31日 (月) 15:59 (UTC)[返信]
  • Nekotasuさんのご意見に対し、お答えします。私は諸執筆者さんに対し、リスペクトを持っていないということは御座いません。ですが、先に記した「嫌悪」の語は、比喩とはいえ、不適切でありました。取り消した上で、謝罪致します。その上で、浮世絵記事と同様、2023年末まで、記事選考には関わらないことと致します。但し、私が執筆に関わった記事は除きます。2024年以降、再び選考に関わりたいとの意志がある場合は、この場でみなさまに問いたいと思います。 なお、申し訳ございませんが、11月6日(日)まで家を空けますので、この後の対応は11月7日(月)以降となります。ご了承願います。--Falcated会話2022年11月2日 (水) 10:42 (UTC)[返信]
  • みなさま 遅くなりましたが、思うことを書きます。コメントをくださった方々には感謝致します。繰り返しになりますが、今後も記事を書いてゆきたいとは思いますが、対立はしたくありません。皆様方のご意見をしっかり咀嚼するためにも、暫く休むのが良いと考えるに至りました。これまでにも用いた指標、来年(2023年)いっぱいまで手を休めることと致します。2024年時点で、やる気や心の余裕があれば、戻りたいと思います。その際は宜しくお願い致します。--Falcated会話2022年11月10日 (木) 14:10 (UTC)[返信]

第三者の意見[編集]

コメント 横からの意見ですいません。別件でFalcatedさんの対応に不信感を抱き、数か所で苦言が呈されている状況、このコメント依頼でも依頼者であるFalcatedさんへの指摘が増えてきていることもあり、Falcatedさんに対してコメント依頼を提出しようかと考えていました。このコメント依頼の一因となっているフェルメールの再選考でのことも、Falcatedさんの軽率さ、不誠実な対応にあり、私が提出したブロック依頼での対応と通じるものがあると思っています。河川一等兵さんのご提案ですと、このコメント依頼以外は対応するなとなってしまいますので、ちょっと困るといいますか…。また、議論を蒸し返さないに越したことはないと思いますが、私がFalcatedさんのコメント依頼を提出した場合、本コメント依頼には触れないのは不自然になってしまいそうで。--Nekotasu会話2022年10月18日 (火) 14:31 (UTC)[返信]

  • 返信 (Nekotasuさん宛) ご意見頂きありがとうございます。そちらの内容も拝読させて頂きました。由々しき事態であることは承知しております。ですが、Falcatedさんへのコメント依頼は一時保留して頂けませんでしょうか。既に本事案で記事編集に弊害が発生しており、コメント依頼が複数になると議論が分散して共倒れに陥り弊害が解消されない危険性が生じます。Wikipediaの本分はあくまで「記事の執筆」であり、その阻害要因を除去することが最優先と思います。また、同時並行でコメント依頼を開くことはFalcatedさんを追い詰める危険性が高いです。確かに様々なポカをされていますが一方で有能な執筆者でもあります。もし今回のコメント依頼の結審にも拘わらず再度同じ轍を踏んだその時は、コメント依頼を存分に行って頂いて構いません。以上二つの理由から、できればこちらのコメント依頼を優先させて頂きたく存じます。決してそちらの事案を軽視している訳ではないので、御諒承頂ければ幸甚です。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:46 (UTC)[返信]
    返信 分散といいますが、これだけ依頼者に対する意見が集まっている状態だと、それぞれ分けた方が何が問題でどうすれば解決できるか明確になるような気がします。このコメント依頼が「フェルメールの記事における一連について」と題されたものであればここで議論すればいいでしょうが、あくまでみそがいさんを対象にしたコメント依頼であり、みそがいさんの名前が題された場所でFalcatedさんの議論が続けられるのも不健全であると考えます。河川一等兵さんのご提案も、みそがいさんよりFalcatedさんへのものが多くなっています。
    その上で、これはみそがいさんへのコメント依頼であるため、みそがいさんから何が問題だったか、これからどうしていくかが語られればそれが終了の目安になるかと思われます。
    私が依頼提出を考えていると言ったのは、独断の行動にならないためであり河川一等兵さんが出さない方がよいと判断されている状態で、それを無視して提出することはありません。しかし、状況はもはや安易なウィキブレイクで収まるようなものではなく、一度膿を出し切った方が心機一転記事の執筆へ取り掛かれるのではないかと思います。--Nekotasu会話2022年10月18日 (火) 16:09 (UTC)[返信]
    返信 (Nekotasuさん宛) 仰せの通り、本来はみそがいさんへのコメント依頼だったはずが、おかしな方向性になっているのは事実であり、ルール上不健全です。原則論としては別途コメント依頼を立ち上げて処理するのが妥当です。下の方でIPさんもご指摘されましたが、件の事案については例外としてFalcatedさんに責任を持って対応してもらいます。ただ先述した通りの理由でコメント依頼の立ち上げは待って頂きたいのです。管理者でもない一参加者の不躾なお願いなのは百も承知です。また本依頼を終了するにしても、みそがいさんが総括するためにはFalcatedさんに誠実な回答をしてもらうのが絶対条件です。コメント依頼を通読して頂ければお分かり頂けると思いますが、最早収拾が付かない程拗れています。第三者のコメント節での私のご提案をご覧になられたか分かりませんが、みそがいさんは今回の提案を受け入れて下さいました。後はFalcatedさん次第です。もし不誠実であったり、逃げたりした場合は、御存分に膿を出せば宜しいかと存じますが、それまでは静観頂けると有難く存じます。ご無理を申し上げまして、大変申し訳ございません。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 16:35 (UTC)[返信]
    返信 いえ、私は私の意見を述べましたし、その上で河川一等兵さんの思いがあることも理解していますし、要望通り経緯を見守りたいと思います。1点だけ。「優れた執筆者」であることに私も異論ありませんが、それがために対応が拗れ、河川一等兵さんにも影響が出ないか憂慮します。ラインを引き、あまり特別扱いにならない着地になってほしいです。--Nekotasu会話2022年10月18日 (火) 16:58 (UTC)[返信]
    返信 (Nekotasuさん宛) ご承引頂き大変感謝しております。この合意形成に付きましてはあくまで中立に、ただ意見の取りまとめと進行を粛々と行います。私情は挟みませんので大丈夫ですよ。それとこれとは別ですから。私の中での一線も考えています(まあ、成り行きでこんな立場になってしまい、早く執筆とGA選考に戻りたいです)。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 17:13 (UTC)[返信]
  • コメント Falcatedさんには今後も活動を続けていただきたいので、皆さんの言葉を重く受け止めていただきたいです。ただ、「一旦本依頼以外の全てのWikipedia内における活動を中断すること」はまずいです。Nekotasuさんがおっしゃっている件ですが、Falcatedさんは「Wikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/Meine Libe」で、Falcatedさん自身が提起した論点について最後まで責任を持って片付けるようにNekotasuさんだけでなくSumaruさんからも強く求められています。このコメント依頼ももちろん重要ですが、NekotasuさんやSumaruさんのコメントを拝見する限り、あちらはあちらで誠意ある対応がなければ納得してもらえないだろうというほどに拗れてしまっています。「Wikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/Meine Libe」とそれに関連して必要な作業が生じた場合は例外ということにできないでしょうか。--126.73.88.30 2022年10月18日 (火) 14:42 (UTC)[返信]
  • 返信 (126.73.88.30さん宛) 承知致しました。その件は例外と致しましょう。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:46 (UTC)[返信]
    コメント 河川一等兵さん、ご理解ありがとうございます。口出しついでにFalcatedさんに対して、全くの部外者の感想を少しだけ。この件に関わっている方々は、河川一等兵さんをはじめとして、ウィキペディア日本語版でも有数の貢献をなさっている方々ばかりです。そういった方々が、揃ってFalcatedさんの行動に問題があると感じ、それでもなお投稿ブロック依頼という最悪の事態には向かわないようにギリギリで軌道修正を図ってくださっている、というように私には見えました。もちろん、記事を書く時間を削ってのことです。これでもなおFalcatedさんが問題を起こしてしまうようであれば、本当にもう後はないでしょう。「Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/家康公の時計 20221011」の件でFalcatedさんは資料を入手し、加筆をしようと準備しているのだろうと思いますが、絶対に今やるべきではありません。ここに至るまでにたくさんの方が踏みとどまるようにそれとなく諭してくれたはずです。上のほうでそのように諫めた石焼ビビンバさんに対して、「そんな話はお断りです。印象操作そのものです。二度とそんな話をなさらないよう」とおっしゃっていますが、それは地獄に垂れてきた蜘蛛の糸を断ち切る行為にほかなりません。--126.73.88.30 2022年10月18日 (火) 16:12 (UTC)[返信]
    返信 (126.73.88.30さん宛) ご指摘の通りです。私もそこを心配しています。優先順位を間違えたその時、恐らく私にも庇うことはできなくなります。実際上記のようにコメント依頼発出を求める意見も出ておりますし…--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 16:35 (UTC)[返信]
  • コメント 今までコメントしておりませんでしたが、みそがいさんではなくFalcatedさんの状況が悪化しているように見えますので、コメントを投じます。
河川一等兵さんのご提案について、1, 3, 4は賛成なのですが、2の第2文は限りなく義務に近い努力目標ということにできないでしょうか。私はフェルメール関連が発端での被依頼者の行動が問題にあげられているものだと思っていましたが、上のIP氏が提示されたWikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/Meine Libe を拝見してこれはFalcatedさんが相当まずい状況にあると思いました。本コメント依頼でも「さて、話題もそろそろ煮詰まって参りましたので、~」「ちょっと待ってください。~」など、Falcatedさんがコメントをされるたびに状況が悪化していっているような気がいたしております。IP氏の意見に同意し、誠意ある対応(というか弁明)をまずそのブロック依頼でされることを推奨しますし、現状問題が発生している議論場所にコメントなしというのはさらにまずいと思います。そもそもFalcatedさんの行動を縛りすぎるのもよくないとも思いますので。
私は当初このコメント依頼がここまで話が大きくなっていくとは全く思っていませんでした。しかし、現状を見ると明らかに双方及び議論参加者が「疲弊」に足を踏み込んでいると考えます。また、意図せずして第三者であるMokeさんの執筆を萎縮させることになり(これに関しては私は思うところがありますが)、全体としてコメント依頼を出すことによる、利用者の行動の改善から得られる利益よりも、長引くことによる不利益の方が大きくなっていると考えます。私は依頼者・被依頼者の能力を評価していますが、だからこそ、それぞれの領分で節度を持った活動を続けられることを希求します。
なお、Falcatedさんのコメント依頼を出すことはあまり良くないのではないかと思います。--Sethemhat会話2022年10月18日 (火) 15:22 (UTC)[返信]
 追記 河川一等兵さんの2022年10月18日 (火) 15:09 (UTC)のコメントを拝読しておりませんでしたが、「私は有能な執筆者である貴方を失いたくないという気持ちに変わりはありません。貴方はもう崖っぷちにいることをどうか分かって下さい。お願いします。」というお言葉に全面的に同意します。私が書いた記事は最初出典不足で独自研究も紛れており、ひどい状態でした。たまたま記事が強化記事に選出され、GA選考にかけられた時に何度もコメントを頂いた方こそがFalcatedさんでした。ここでコメントを頂けなかったら私が今Wikipediaで活動することができていたか怪しいです(このためFalcatedさんのGA選考におけるコメントの多さは私は問題視していません)。だからこそ、今Falcatedさんが良くない状況に置かれている時に踏みとどまりよく考えて頂きたいのです。
私がこのコメント依頼に早期にコメントしていれば状況はましであっただろうかと後悔してもいます。再度、自らの行動について考え直していただけませんか。--Sethemhat会話2022年10月18日 (火) 15:39 (UTC)[返信]
  • 返信 (Sethemhatさん宛) 承知致しました。そちらについては仰る通り義務に近い努力目標に致します。ご指摘の通り、相当まずい状況であることは確かですが、有能な執筆者が疲弊するのは本意でないので何とかまとめればと考えております。引き続きご意見賜れば幸甚です。--河川一等兵会話2022年10月18日 (火) 15:46 (UTC)[返信]
  • 報告こちらにありましたコメントにつきましては、本件に派生したコメントですのでノートへ移動致しました。ご了承ください。--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 09:50 (UTC)[返信]
  • コメント 河川一等兵さんのご提案に賛成します。当コメント依頼の他に生じている話題との調整が必要な場合は、変更についても基本的に賛成します。--Moke会話2022年10月19日 (水) 01:34 (UTC)[返信]
  • コメント 河川一等兵さんより私宛にコメントを頂きましたのでコメントさせていただきます。まず、問題を解決させようとされておられる河川一等兵さんには大変心苦しいのですが、現在進行形でFalcated氏の抱える諸問題の解決に私から申し上げることはありません。といいますか、そんな義理はございません。多くは申しませんが、執筆者としての私の尊厳を踏みにじる解釈をFalcated氏はなさいました。あまりの曲解に唖然とし、抗議する気すら起きず閉口致しました。それ以来この御方とは極力関わりたくないのです。おそらく私が憤慨している理由すら、当の本人は自覚されていないでしょう。他利用者からの苦言やアドバイスを袖にするような人格の御方に、周囲が何か言っても無意味かもしれません。ご自身が本当の意味で自覚を持たない限り、同様のトラブルは今後も続くでしょう。前言と矛盾する言動、不用意な言動、すぐに翻意される等、ハッキリ申し上げれば「浅慮」に尽きます。そんなことよりも、私としては河川一等兵さんが辟易されてしまう弊害のほうが何倍も大きな懸念事項です。行きがかり上とは言え、見返りの無い労力を割く価値はないと私は考えます。--さかおり会話2022年10月19日 (水) 03:04 (UTC)[返信]
  • 返信 (さかおりさん宛) コメント頂きありがとうございました。そのような経緯があることは存じ上げませんでした。私と致しましては無理強いするつもりはございませんので、今後はさかおりさんに対してコメントや賛否表明の要望は行いません。お騒がせ致しました。あとご心配も頂き恐縮です。一度名乗り出たからには最後まで全うしますが、こうした仲裁役は今回限りとするつもりです。--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 09:13 (UTC)[返信]
  • コメント 河川一等兵様のご提案に賛成いたします。みそがい様とFalcated様には、コミュニティの総意として受け入れていただくことを願います。
Nekotasu様ご提案のFalcated様に対するコメント依頼ですが、私も現時点では不要と考えます。このコメント依頼で、記事の選考に対する姿勢やそこでのコメント内容、唐突で軽率な提案による議論進行の攪乱、他の利用者に対する自身のルールの押し付けなどの点でFalcated様に苦言が呈されており、実質的にFalcated様の行為についてのコメント依頼としても機能しています。依頼提出は、このコメント依頼終了後のFalcated様の行動をコミュニティで見守り、改善が見られなかった時で良いのではないかと思います。また、そうなった場合には、出すのはコメント依頼ではないと思っています。--石焼ビビンバ会話) 2022年10月19日 (水) 11:27 (UTC)(インデント調整致しました)--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 09:13 (UTC)[返信]
このコメント依頼は初手から誤りがありました。本来なら対象者はFalcatedさんとみそがいさんお二人であるべきところ、依頼者は別だと考えたのか、対象をみそがいさんのみとしたために、Falcatedさんはご自分の「非」を考慮外に置いたことをコミュニティにアピールしてしまったわけです。私が最初のコメントで「エキセントリックな」としたのはこのようなところを含めてであり、その後に明らかにされた、ブロック依頼などやさかおりさんの尊厳を傷つけたという件も、ご自分の思い込みだけで突っ走って反発を買った事例ということになるでしょう。「ラベルにこだわりすぎない」「慎むべき」と忠告申し上げたのに、この依頼がまだ閉じられないうちに新たな問題が生じてしまったことは残念です。
当初、Falcatedさんがご自分の非を認めて全面的に謝罪する、みそがいさんはこれを受け入れ、「フェルメールの作品」の展示情報については当面ご自分で除去されるか、除去を受け入れるということでまとまるのではないかと見立てていました。ただしこれは他人から指示されて仕方なくやるのではなく、ご自分から気づいてすすんですることが重要だろうと考え、直接的にはお示ししませんでした。そのためか、Falcatedさんには十分に伝わらなかったようです。みそがいさんも度量の大きさを示す機会があったと思いますが、譲ろうとはなさいませんでした。一方的に被疑者のように仕立てられては、それも難しかったでしょう。
前回のコメントで最後のつもりでしたから、これ以上重ねる言葉もありません。Falcatedさんには、河川一等兵さんをはじめ、記事執筆にかけてはウィキペディア有数の利用者の方々から真摯なコメントを寄せられたことを重く受け止めていただきたい。このような状況で不謹慎な言い方かもしれませんが、ある意味幸せなことなんですよ。--みっち会話2022年10月20日 (木) 01:38 (UTC)[返信]
  • 報告この節にありましたFalcatedさんのコメントは「依頼者の意見」節に移動致しました。Falcatedさんにおかれましては、コメントは「依頼者の意見」節に記載頂きますようお願い申し上げます。--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 09:13 (UTC)[返信]

依頼者・被依頼者表明後の意見[編集]

依頼者のFalcatedさん、被依頼者のみそがいさんお二方より終結案に対しての意見表明が出揃いましたら、コメントを頂いた皆様におかれましてはこちらにご意見を頂戴できればと存じます。なお依頼者・被依頼者ご両名につきましては引き続き「依頼者の意見」「被依頼者の意見」節に受けた質問をご回答頂ければと存じます。--河川一等兵会話2022年10月21日 (金) 09:13 (UTC)[返信]

  • 返信 (Mokeさん・Nekotasuさん・Sethemhatさん・石焼ビビンバさん・みっちさん・126.73.88.30さん宛) お二方からの御意見が出揃いました。終結案第3項に基づき、Falcatedさんの御表明に対しまして御納得されるかどうかの御意見を頂戴できればと存じます。御納得頂けるのであればみそがいさんの総括フェイズに進みますし、そうでない場合は別途こちらにご意見を頂戴できればと存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。--河川一等兵会話2022年10月30日 (日) 14:09 (UTC)[返信]
    • コメント 私が別件から来ているからかもしれませんが、具体的なものとは思えず正直なところ「これだけ?」という感想を抱きました。河川さんが答えやすいようにコメント依頼の提出が適切だったかについて絞ったためかもしれませんが、「ご自身が起こした事案」がフェルメールの論争やコメント依頼の提出に矮小化されているように感じました。ただ、皆さんが消耗しているような気もするので、終わりでよいという方が多ければ反対しません。--Nekotasu会話2022年10月30日 (日) 15:23 (UTC)[返信]
      • コメント Falcatedさんの追加コメントでは結局みっちさんについてしか触れていないし、ビビンバさんが言っている「みっち様の助言・苦言以外は受け付けないという意思表示」を改めて表明しているだけにしか思えないのですが。例に挙げている「家康の時計」でも、特に記事名にこだわりがないという初稿者に対し、「これ以上話が進みそうにないので、他の方のご意見を待つことと致します。来月あたまにWikipedia:月間新記事賞があるので、そこで読んでくださる方に期待します。」だとか、良質な記事の選考でも、改名提案が出ているから反対のように初稿者を責めるような発言をしていて、はっきりいってリスペクトが感じられません。あまつさえ、この期に及んで「嫌悪」という表現をよく使えるなと思います。結局、フェルメールの展示云々はコメント依頼を出すちょうどいいきっかけで、取り消し線入れた編集履歴がたいしたことないみたいな個人攻撃がしたかったんですかね? どう頑張っても信用なんてできそうにありません。「有能な執筆者」ということが強調されるような状況であれば、いっそのこと会話ページやノートページ、選考で他者に関わらず記事の執筆だけやってもらうのが一番丸く収まるんじゃないかと思いました。--Nekotasu会話2022年10月31日 (月) 16:40 (UTC)[返信]
        • コメント すぐ撤回するような発言を散々咎められているのに、今になっても繰り返すって自分の置かれている状況理解しています? 嫌悪があるかないかでコメント依頼出すか出さないか決めてるなら、あなたが出しているこのコメント依頼は不適切ってことになると思いますよ。取り消したからってこちらが受けとった印象は取り消せません。あと、記事選考だけじゃなくて、まともに応対ができないなら他人に迷惑かけるだけだから、いっそ誰とも関わらない方がいいんじゃないですか?って言ってるんです。河川さんが終結に向けて提案してくださったのに、だらだらと発言して余計に状況を悪化させていることに気づきましょうよ。言わないでおこうかなと思ったんですけど、あなたに最初にイラっときたことについて触れておきますね。フェルメールの作品「誤操作」と言って私の編集を復帰していますが、「誤認識」や「早とちり」が正確ですよね? 誤操作って、誤って取り消しボタンを押してしまったとかそういう時に使うと思うんですが。この時抱いた、まともに謝罪すらできないという印象が正しかったと、当該ブロック依頼やこのコメント依頼で改めて感じました。もう時間と労力が無駄だと感じたので、これで最後のコメントにします。--Nekotasu会話2022年11月2日 (水) 11:37 (UTC)[返信]
        • 賛成 (期間:無期限) Nekotasuさんの依頼者への標準名前空間以外の部分ブロック依頼に賛成します。本コメント依頼で明らかになったとうり依頼者は議論でコミュニティを疲弊させる利用者です。でも執筆者としては有能なので記事の執筆だけするのがみんなにとって幸せです。議論でコミュニティを疲弊させなくなったことが分かったら即解除できるように期限は定めない方がいいでしょう。--2400:2200:8B:D843:D0E6:7290:ACF4:A735 2022年11月2日 (水) 00:05 (UTC)[返信]
    Nekotasu様と同じ感想です。Falcated様は「各方面より寄せられた助言・苦言」をどう活かすのかと問われて「Wikipedia:エチケット・Wikipedia:善意に取る」に則って対応すると回答されましたが、「各方面より寄せられた助言・苦言」はそれだけではなかったと思います。この回答は、要するにみっち様の助言・苦言以外は受け付けないという意思表示に見えます。実際、誰も言っていない「浮世絵関連記事の編集は、来年(2023年)いっぱいまで手を付けない」という唐突な宣言からも、何も伝わっていないんだなという感想しか持ちませんでした。
    Falcated様は、肝心な点をはぐらかして、とにかく早くコメント依頼を終わりにしようとする態度に終始しており、他者のコメントに真摯に向き合い自らを省みることは期待できそうにありません。さかおり様が早くから指摘されておられたように、私もこれ以上は時間の無駄だと考えるに至りました。Falcated様のコメントの如何にかかわらず、コメント依頼に集まった各位のコメントに「絶対に異議を唱えない」で従うかどうか、今後のFalcated様とみそがい様の行動をコミュニティで監視していくということで、このコメント依頼は終わりで良いと思います。--石焼ビビンバ会話2022年10月30日 (日) 16:08 (UTC)[返信]
    • コメント 河川一等兵さんが当コメント依頼を終了することに賛成します。これは2022年10月19日 (水) 01:34 (UTC) の自身の発言を引き継いだものです。この他にも意見が可能ですけれど、私について「お門違い」という残念な発言があったため付け加えません(ノート参照)。私は、こうした言葉を受けてまで当コメント依頼に参加を続ける意欲はありません。--Moke会話2022年11月4日 (金) 14:23 (UTC)[返信]
  • コメント うーん。私の「答え」はもう書いているので、同じことを繰り返したくないんですが。ぶっちゃけ、Falcatedさんがみそがいさんにどれだけ謝れるかなのではないでしょうか。それさえちゃんとできれば、後はなんとでもなるというくらい。これは初めから私が言っていることです。Falcatedさんはご自分ではすでに取り消し・謝罪済みという認識なのかもしれませんが、このコメント依頼自体が間違っていて、その結果みそがいさんにどれだけの負担を強いたかということに考えが至っていないように思います。覆水盆に返らずといいますが、一度やってしまったことは取り返しがつきません。これだけの時間とやり取りを重ねて、現状が精一杯なのだとしたら、かなり残念です。手前味噌ながら、私論として利用者:みっち/議論への接し方を書いておりますので、もし興味を持っていただけるならご一読ください。以上です。--みっち会話) 2022年10月31日 (月) 11:15 (UTC) (コメントを上段に移動しました)--河川一等兵会話2022年11月2日 (水) 16:13 (UTC)[返信]
  • 返信 (Falcatedさん・みそがいさん宛) ご意見を御表明頂きありがとうございました。あとは皆様のご意見を頂戴し、合意が得られたらみそがいさんの総括を頂き、終わりになります。各位からの御意見に対する御返信は、上記の通り「依頼者の意見」「被依頼者の意見」節に陳述をお願い致します。--河川一等兵会話2022年10月30日 (日) 14:09 (UTC)[返信]
  • 提案 返信 (Mokeさん・Sethemhatさん宛) Falcatedさんに具体的な意見表明をお願いして以降静観しておりましたが、結論は一つの方向性に収斂し「総意」となる流れかと存じますし、これ以上時間を掛けることへの否定的意見が大勢を占めております。ただ、まだご意見を頂戴していない方がいらっしゃいますので、金曜日一杯までは引き続き静観します。残るお二方には、出来得れば議論収束のための御意見を頂戴致したく存じます(白紙委任でも構いません)。金曜日の23時59分までに追加のご意見が無い場合は、既にみそがいさんより総括を頂いていることもありますので、土曜日に終結へ向けての「総意」を取りまとめます。詳しくはその際に申し述べます。--河川一等兵会話2022年11月2日 (水) 16:13 (UTC)[返信]
    • コメント 委任します。じっくり考えてからコメントをしたいのですが、今週末忙しくそれをする時間もないため、中途半端なコメントをするくらいならば他の皆様にすべて委ねた方がよいと考えました。
    ただし、善意に取る方針に照らし、Falcatedさんがよこしまな心ではなく、精一杯の誠意を持って再返信を行ったと推定するべきではあると思います。--Sethemhat会話2022年11月4日 (金) 09:13 (UTC)[返信]
  • この依頼は選考に絡んだことなのでコメントしますが、依頼者は最近わたしと関係した選考で、ある行動に出ました。このコメント依頼で他の方が書かれたコメントからするに、この依頼が継続中に、あの行動に出るのはいくらか勇気が必要だったはずです。本人はわかっていることのはずなので今は詳しく説明しませんが、ここでいわれていることが起きていたと思います。それらをよく思案してほしいです。--主水会話) 2022年11月4日 (金) 14:51 (UTC)--主水会話2022年11月5日 (土) 18:06 (UTC)[返信]

終了提議[編集]

さて、11月4日(金)23時59分という期限を超過し、御意見も出尽くしたと思いますので、コメント依頼終了に向けて収束を図ります。

終結に向けての拙案に対しまして、依頼者・被依頼者含め多くの方にご意見やご賛同を頂戴いたしました。その結果、最終的な方向性が定まったように思えますので、以下の形を「総意」として取りまとめようと考えています。以下Falcatedさんを依頼者、みそがいさんを被依頼者と表現いたします。まず当初終結案を提示した結果を簡潔に示します。

  • 第1項における「フェルメールの作品」並びにその他フェルメール関連記事に対し依頼者・被依頼者は一切の編集・執筆・議論から撤退するという提案については、ご両名が同意されました。
  • 第2項につきましては、依頼者は一先ず全ての活動を中断し本依頼への回答に注力され、私から逐次注文を致しましたが、コメントを頂けました。
  • しかし第3項について、結論として依頼者の御回答は被依頼者のみならず、コメントを頂いた諸兄からの納得は得られず、むしろ更なる批判が相次ぎました。「回答に対する納得」が本項の肝でしたので、これが達成されない時点で本項の総意形成と当初終結案に基づく解決は失敗しております。私の質問誘導の仕方が拙かったためで申し訳ございません。しかし被依頼者からは再発防止と終結案遵守を踏まえた上での「総括」を頂いております。

依頼者に対する問題は私を含め既にコメントされた全ての方が上記で述べられている通りなので敢て再掲致しませんが、根本にある問題点は「自身の判断を優先して、相談や合意形成の手段を事前に取らず拙速に行動し、批判を受けると直ぐに撤回する(しかも、その判断がことごとく悪手になっている)」に尽きると思います。コメントを寄せられた方々はこれに対する具体的な再発防止策を求めており、私も追加意見で依頼者に要望しておりましたが、私の伝え方が悪く結果こうなってしまいました。慙愧に堪えません。またみっちさんからのご指摘通りそもそも本依頼提出自体が齟齬であり、結果的に本来被依頼者へのコメント依頼のはずが依頼者に対するコメント依頼の様相となり、不健全な運営となりました。依頼者は言葉使い等に対する釈明はありましたが本依頼提出については「適切」という見解を示しております。コメントされた方が本当に知りたい・聞きたい事を既に提示しているにも拘らず依頼者が具体的に回答しなかったことで、誠意を以て回答していないと判断を下され、議論を放棄する方が続出したのが現況です。この期に及んで主水さんのご指摘による新事実も発覚し、依頼者の本依頼に対する軽視姿勢は否めません。しかし、その中でも解決案を示された方も多かったので、そのご意見も踏まえ以下にコメント依頼終了のための参加者「総意」案を提示いたします。

  1. 第1項については終結案原案通り、依頼者・被依頼者双方ともフェルメール関連記事の執筆・編集・議論の一切に永久に関与しない。
  2. 被依頼者はご自身が示された「総括」に従い、特にWikipedia参加初心者に対してはWP:礼儀を忘れないWP:新規参加者を苛めないでください等を念頭に置いて、意図を十分に説明する行動をとる。
  3. 依頼者は参加者各位から指摘された問題点を真摯に反省し、以降「自身の判断を優先して、相談や合意形成の手段を事前に取らず拙速に行動し、批判を受けると直ぐに撤回する」行動を二度と行わない。また努力義務として管理系の議論には参加せず、記事執筆に専念する。選考の自粛や浮世絵関連記事編集の自粛は依頼者の随意として本依頼では関知しないが、記事執筆に関する議論や選考に対するコメント発出ではWikipedia:エチケットWikipedia:善意に取る利用者:みっち/議論への接し方を遵守した発言を行う。
  4. 「総意」が合意に至り、本依頼が終了した以降は依頼者・被依頼者共に本依頼までに行われた一切の議論や対立を水に流し、以後仮に新たな対立が発生したとしても絶対に蒸し返さない。
  5. 上記の項目に違反した場合、コミュニティによる制裁を受ける可能性があることを依頼者・被依頼者は承諾する。

以上と致します。なお第4項の「絶対に蒸し返さない」という点につきましては、あくまで依頼者・被依頼者に対して過去の議論を別所の議論で持ち出さないという意味ですので、コメントを頂いた各位を縛るものではございません。従いまして、仮に依頼者・被依頼者に対する新たなコメント依頼やそれ以上の依頼が発議された際に、提議者が本依頼内容を参考資料として利用することを妨げるものではないことをご留意ください。今回、成り行きとは言え、本依頼終結のため微力を尽くしたつもりではございますが、議事進行が拙かったため当初終結案の通りに「総意」を導けなかった不手際、またMokeさんとSethemhatさんの間で無用な対立を招いてしまった点に対し、深くお詫び申し上げる次第です。

  • 返信 (Falcatedさん・みそがいさん・Mokeさん・Nekotasuさん・Sethemhatさん・石焼ビビンバさん・みっちさん・主水さん宛) これ以上の議論停滞による参加者各位の疲弊を防ぐため、以上のように「総意」案を皆様のコメントを基に作成いたしました。Wikipedia:合意形成に基づき今から168時間後の11月12日(土)14時30分までに異論がなければ、それを以て拙案を本依頼に対する参加者各位の「総意」とし、本依頼を閉鎖致します。なお、各位の状況を鑑み今回のコメントは異論がある時のみに限り、御同意される場合はご返答は無くて結構です。これ以上各位に負担を強い、貴重な時間を消費させるのは私も本意ではございません。以上、最後のお願いになります。宜しくお願い致します。--河川一等兵会話) 2022年11月5日 (土) 03:56 (UTC)(修正)--河川一等兵会話) 2022年11月5日 (土) 04:43 (UTC)(ご指摘を受けて期限を変更)--河川一等兵会話2022年11月5日 (土) 05:31 (UTC)[返信]
  • 返信 (さかおりさん宛) 一度でもコメントを頂きましたので現況をご承知おき頂くためお知らせ致しました。さかおりさんに対して特段のアクションを求めるものではございませんので、無視して頂いても結構です。--河川一等兵会話2022年11月5日 (土) 04:19 (UTC)[返信]
手続き論についてだけコメントします。Wikipedia:合意形成では、合意形成のための合理的な期間は通常168時間とされています。後から無効だと言って反故にする者が現れかねないので、手順は踏んだ方がいいと思います。--石焼ビビンバ会話2022年11月5日 (土) 05:02 (UTC)[返信]
  • コメント 部外者なのですが一言。みそがいさんに対するコメント依頼として提出されているということに鑑みると、今後みそがいさんが別の利用者とトラブルになった際に、相手方がみそがいさんの過去について調べる中でこのコメント依頼を参照する機会があるかもしれません。そうであれば、不要な誤解によってみそがいさんが不利益を被らないように、終了宣言に際しては「今回の事案に関して依頼文で述べられたほどの深刻な問題はみそがいさんにはなく、本コメント依頼は、本来は「合意形成のためのコメント依頼」とすべきところ、Falcatedさんが判断を誤り、さらに感情的な表現や関係ない内容を盛り込んで提出してしまったものである」(Falcatedさんの2022年10月21日 (金) 15:14 (UTC)のコメント参照)というような内容がコミュニティの総意として明記されるべきだと思います。横やり失礼いたしました。--126.187.53.168 2022年11月6日 (日) 12:10 (UTC)[返信]
  • コメント依頼者本人が結局1年以上のウィキブレイクを宣言し鎮火を図っていますが、最後の編集がみそがいさんはじめ多くの方を巻き込み問題とされたフェルメールの作品自分1人だけの加筆功績として列挙するという、何の反省も見られないものです。再来年以降の活動再開後また問題を起こすことは明白であり、その時にまた1年以上も前の本議論を掘り起こし忘れていた話をもう一度思い出しながらブロック依頼に対処するのはコミュニティにとって無駄な労力です。皆様の記憶のホットなうちに依頼者をブロック依頼で無期限ブロックにするべきではないでしょうか。--Blacksunnihoero会話2022年11月11日 (金) 11:12 (UTC)[返信]

終了[編集]

報告 返信 (Falcatedさん・みそがいさん・Mokeさん・Nekotasuさん・Sethemhatさん・石焼ビビンバさん・みっちさん・主水さん・さかおりさん宛)

提議後、当初の終結案提議から本総意案提議までの間にご意見を頂いた皆様を対象に、Wikipedia:合意形成に基づき提議から168時間後の11月12日(土)14時30分まで、最終の総意案に対する御意見がないかお時間を頂きました。タイムリミットまでに参加者各位からの異論は提議されませんでしたので、この総意案は同意されたものと致します。よって、依頼者・被依頼者におかれましてはこの5項目を総意として受容頂き、遵守頂きますようお願い申し上げます。なお、本依頼の当初目的でありました「フェルメールの作品」関連以外のもう一点、依頼者が指摘しておりました被依頼者の「行為」自体につきましては、意見を頂いた各位から被依頼者の行為について特段の悪意や瑕疵はなく、依頼者の主張に同意する意見がなかったことを予め申し添えておきます。
9月8日に提議されました本依頼ですが、総意が発効となりましたのでこれを以て終了・閉鎖と致します。本来であれば私の役目はここで終わり、終了宣言と閉鎖措置は依頼者たるFalcatedさんが実施するのが筋ではございますが、Falcatedさんは2023年までの長期ウィキブレイクを宣言されました。このため依頼者による終了・閉鎖は見込めなくなりましたので、不本意ではありますが私が代行して処理を行います。なお、依頼者に対するコメント依頼/投稿ブロック依頼を求めるご意見がございました。そちらにつきましては今回の総意には関知致しませんが、第三者による依頼提出を妨げるものではございません(ただ「欠席裁判」になりますが)。
最後になりましたが、本依頼の議事進行や総意形成につきまして不慣れではありましたが全うさせて頂きました。多大なご支援を頂きましたことに感謝申し上げると共に、数々の不手際がありましたことを改めてお詫び申し上げます。終わるに当たりコメントがあれば御随意にご発言ください(Falcatedさんに対してであれば、直接利用者会話ページに記載された方が良いでしょう。ご覧になられるかはともかくとして)。長きに亘り関与された皆様、大変お疲れさまでした。ではこれにて閉じます。--河川一等兵会話2022年11月12日 (土) 06:22 (UTC)[返信]
河川さん、大変お疲れさまでした。このコメント依頼では、「有能な執筆者」という言葉が幾度も使用されましたが、Wikipediaが共同編集の場所である以上、他者とのやり取りも執筆者として重要な要素になると思います。私は安易なウィキブレイクでは解決しない状態と意見していましたが、そうなってしまったことが残念でなりません。河川さんが一刻も早く執筆活動に戻られ、記事の充実に貢献されることを祈るばかりです。改めて、参加された皆様大変お疲れさまでした。--Nekotasu会話2022年11月12日 (土) 06:46 (UTC)[返信]
返信 (Nekotasuさん宛) Nekotasuさんの会話ページにご返信申し上げました。--河川一等兵会話2022年11月12日 (土) 08:21 (UTC)[返信]

報告 コメント依頼/コミュニティ・ポータルからページを除去し、閉鎖措置が完了いたしましたのでご報告いたします。--河川一等兵会話2022年11月12日 (土) 06:30 (UTC)[返信]