USAペルピニャン

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USAペルピニャン
正式名称 Union Sportive des Arlequins Perpignanais
創設年 1902年
本拠地 フランスの旗 ペルピニャン
グラウンド スタッド・エメ・ジラル
収容人数 14,593
会長 François Rivière
コーチ Patrick Arlettaz
Perry Freshwater
Christian Lanta
主将 Tom Ecochard
所属リーグ トップ14
2020-21 1位(プロD2・昇格)
ファーストカラー
セカンドカラー
セカンドカラー
公式サイト
www.usap.cat
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USAペルピニャン(Union Sportive des Arlequins Perpignanais)は、フランスラグビーユニオンクラブ。国内選手権7度の優勝経験を持つ伝統あるクラブである。チームカラーはサニェーラに由来する黄色と赤。

歴史[編集]

クラブは1902年、ASペルピニャンとして創設された。1914年に国内選手権の決勝に初めて進み初タイトルを獲得したが、直後に第一次世界大戦でこの時の優勝メンバーが数人亡くなっている。1919年にはクラブ名がUSペルピニャンとなり、1921年には決勝でスタッド・トゥールーザンを破り2度目のタイトルを獲得した。1924年からは3シーズン連続で決勝に進出し、1924年・1926年はいずれもスタッド・トゥールーザンに敗れ準優勝に終わったが1925年は優勝を果たしている。

1930年代は決勝に3度進み、いずれもビアリッツ・オランピックとの戦いとなり1935年・1939年は敗れ、1938年は勝利した。1933年にはクラブの名称が現在のUSAペルピニャンとなっている。その後第二次世界大戦による中断を挟んで1955年までに3回決勝に進み、2度のタイトルをとったがその後は結果を残せず低迷するシーズンが続き、1977年と1998年に進んだ決勝でもそれぞれASベジエ・エロースタッド・フランセに敗れた。それでも徐々に強さを取り戻したペルピニャンは2003年のハイネケンカップ2004年のトップ14で準優勝し、2008年に獲得したダン・カーターアキレス腱を痛め期待されたような結果を残せなかったが2009年にはASMクレルモン・オーヴェルニュを下し1955年以来の悲願の優勝を飾った。

2014年、シーズン13位に終わったUSAペルピニャンはプロD2(2部)に降格した。

2017-2018シーズンにはプロD2のリーグ戦を1位で終えると昇格をかけたプレーオフにおいて決勝でFCグルノーブルを破り優勝、2018-2019シーズンのトップ14復帰を決めた[1]が、2019年、シーズン13位に終わってプロD2(2部)に降格した。2020-2021シーズンにはプロD2のリーグ戦を1位で終えると昇格をかけたプレーオフにおいて決勝でビアリッツ・オランピックを破り優勝、2021-2022シーズンのトップ14復帰を決めた

戦績・タイトル[編集]

  • トップ14
    • 優勝: 1914, 1921, 1925, 1938, 1944, 1955, 2009 (7回)
    • 準優勝: 1924, 1926, 1935, 1939, 1952, 1977, 1998, 2004, 2010 (9回)

2021-2022スコッド[編集]

2021-2022のスコッドは次の通り。(2021年9月現在)

USAペルピニャン トップ14 スコッド[2]

プロップ

フッカー

ロック

フランカー/No.8

スクラムハーフ

フライハーフ

  • アルゼンチンの旗 Patricio Fernández
  • 南アフリカ共和国の旗 Tristan Tedder

センター

ウイング

フルバック

太字 はキャップを持っている選手。(c)はキャプテン。

所属した選手[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]