バニリン

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バニリン
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識別情報
CAS登録番号 121-33-5
PubChem 1183
ChemSpider 13860434
UNII CHI530446X
KEGG D00091
ChEMBL CHEMBL13883
RTECS番号 YW5775000
特性
化学式 C8H8O3
モル質量 152.15 g/mol
示性式 C6H3(OH)(OCH3)CHO
外観 白色あるいは淡黄色固体(通常は針状結晶)
密度 1.056 g/cm³, 固体
融点

80–81 °C (353–354 K)

沸点

285 °C, 558 K, 545 °F

への溶解度 1 g/100 ml (25 °C)
危険性
安全データシート(外部リンク) ICSC 1740
外部MSDS
主な危険性 肌、眼、気道に炎症起こす可能性
NFPA 704
1
 
0
Rフレーズ R22, R36.
Sフレーズ S24/25.
引火点 147°C
関連する物質
関連物質 アポシニンオイゲノールアニスアルデヒドフェノール
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

バニリン (: vanillin: 香草醛) は、バニロイド類に属す最も単純な有機化合物であり、バニラの香りの主要な成分となっている物質。ラテン語読みでワニリンと呼ばれることもある。

存在

天然物中にはバニラ安息香ペルーバルサムチョウジ(クローブ)の精油などに含有されている。収穫されたばかりのバニラ豆中には、配糖体であるグルコバニリンの形で存在しており、キュアリングと呼ばれる工程を経ることで加水分解されてバニリンが遊離し、バニラ特有の香気が発現する。バニリンの量が多いときにはバニラ豆の表面に白い結晶として析出する。1858年に、テオドール・ニコラ・ゴブレ英語版バニラエキスの乾燥物を熱水中再結晶してこの結晶物質を単離し[1]、バニリンの名が与えられた。

バニリンは、原料に黒麹を使用する蒸留酒である泡盛の古酒香の1つである。原料米中の細胞壁多糖にエステル結合しているフェルラ酸が,黒麹菌の持つフェルラ酸エステラーゼによって遊離され,その一部が脱炭酸されて4-ビニルグアヤコールとなり、蒸留液に移行し、貯蔵中に非酵素的酸化によりバニリンに変化する[2]。そのフェルラ酸の脱炭酸反応は,蒸留時の加熱が1つの要因であるが[2][3]、泡盛実用菌株においては黒麹菌の持つフェノール酸脱炭酸酵素が主要因であることが示されている[4][5]

合成

最初の合成は、1874年にヴィルヘルム・ハールマン英語版フェルディナント・ティーマンカール・ライマーらにより、コニフェリンを原料として行なわれた[6]。 これによりバニリンの工業的な生産が可能となり、彼らによってそのための香料会社ハールマン・ウント・ライマー社(現:シムライズ社)がドイツホルツミンデンに設立された。

現在ではより効率的な4つの合成法が開発されている。サフロールバニリン、オイゲノールバニリン、グアヤコールバニリンの3つの合成法の基礎的な部分の開発を行なったのもティーマンらである。

サフロールバニリン
サッサフラスの精油から得られるサフロールナトリウムメトキシドで処理して二重結合を移動させると同時にアセタールを開環させ、オゾン酸化で二重結合を酸化開裂すると同時にアセタールを除去してプロトカテクアルデヒドとし、ジメチル硫酸でメチル化してバニリンとする。
オイゲノールバニリン
クローブバニリンとも呼ばれる。チョウジの精油から得られるオイゲノールをアルカリで二重結合を移動させてイソオイゲノールとし、これをオゾンなどで二重結合を酸化開裂させてバニリンとする。
リグニンバニリン
亜硫酸パルプの製造の際に出る廃液中のリグニンスルホン酸をアルカリ中で酸化分解してバニリンとする。リグノバニリンとも呼ばれる。
グアヤコールバニリン
現在主流の合成法である。グアイアコールホルミル化して合成する。ホルミル化の方法はライマー・ティーマン反応を用いる方法やグリオキシル酸を付加させた後、これを酸化分解する方法などが知られている。

化学的合成のほかに、合成生物学を利用して細菌や藻類のDNA配列を人為的に操作することで、バニリンを生成する細菌や藻類を生み出そうという試みも行われている(シンバイオ・バニリン)。

用途

香料として使用される。食品に対してはアイスクリームをはじめとする乳製品チョコレートココアなどに使用される。たばこにも使用され、ピースのバニラフレーバーは特に著名である。香水にも使用される。バニリンを香水に使用したのは、1889年にゲランより発売された Jicky が最初とされている。以降、現在までオリエンタル調の香水には欠かせない素材の1つとされている。

また、有機化学の実験室では薄層クロマトグラフィー (TLC) の発色試薬として、酸性エタノール溶液が使用されていることがある。

バニラ香料の需要はバニラ・ビーンズの生産を上回り続けており、2001年には全世界で1年間に12,000トンのバニリンが消費されたが、このうち天然のバニリンは1,800トンのみ、残りは化学合成である[7]

類縁体

類縁体のエチルバニリン(3-エトキシ-4-ヒドロキシベンズアルデヒド)もバニリンより強いバニラ様の香りを持つ化合物として知られており、香料として用いられている。

その他

国立国際医療センター研究所に所属する山本麻由は、牛糞からバニリンを抽出することに成功し、2007年、第17回イグノーベル化学賞を受賞した。ケンブリッジ市最高のアイスクリーム店トスカニーニズ(Toscanini's Ice Cream)が彼女の成果を称えて "Yum-a-Moto Vanilla Twist" という新しいバニラアイスクリームを製作し、授賞式で振る舞われた[8]。もちろん、このアイスクリーム中のバニリンは牛糞由来ではない。

牛糞1グラムに水4ミリリットルを加えて200度で60分間加熱することで、1グラムあたり約50マイクログラムのバニリンが抽出された。つまり、牛糞中のリグニンスルホン酸をアルカリ中で酸化分解してリグノバニリンを生成したわけである。

元となった論文は、「第8回国際水熱反応ならびに第7回国際ソルボサーマル反応」合同会議で発表された「飼料中のリグニンが未消化で出ることの間接的証明」である。

人間の鼻にとって匂い始める濃度の数値は極めて微量で0.000000032 ppmであるという[要出典]

脚注

  1. ^ Gobley, N.-T. (1858). “Recherches sur le principe odorant de la vanille”. Journal de Pharmacie et de Chimie 34: 401–405. http://books.google.com/books?id=Yrs8AAAAcAAJ&pg=PA401#v=onepage&q&f=false. 
  2. ^ a b Koseki, Takuya; Ito, Yasurou; Furuse, Shinji; Ito, Kiyoshi; Iwano, Kimio (1996-01-01). “Conversion of ferulic acid into 4-vinylguaiacol, vanillin and vanillic acid in model solutions of shochu” (英語). Journal of Fermentation and Bioengineering 82 (1): 46–50. doi:10.1016/0922-338X(96)89453-0. ISSN 0922-338X. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0922338X96894530. 
  3. ^ 泡盛古酒用もろみ及び蒸留に関する研究”. 沖縄県工業技術センター研究報告. 2021年1月2日閲覧。
  4. ^ Maeda, Mayumi; Tokashiki, Masashi; Tokashiki, Midori; Uechi, Keiko; Ito, Susumu; Taira, Toki (2018-08-01). “Characterization and induction of phenolic acid decarboxylase from Aspergillus luchuensis”. Journal of Bioscience and Bioengineering 126 (2): 162–168. doi:10.1016/j.jbiosc.2018.02.009. ISSN 1389-1723. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1389172317312367. 
  5. ^ Maeda, Mayumi; Motosoko, Marin; Tokashiki, Tatsunori; Tokashiki, Jikian; Mizutani, Osamu; Uechi, Keiko; Goto, Masatoshi; Taira, Toki (2020-10-01). “Phenolic acid decarboxylase of Aspergillus luchuensis plays a crucial role in 4-vinylguaiacol production during awamori brewing” (英語). Journal of Bioscience and Bioengineering 130 (4): 352–359. doi:10.1016/j.jbiosc.2020.05.004. ISSN 1389-1723. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1389172320302280. 
  6. ^ Tiemann, Ferd.; Wilh. Haarmann (1874). “Ueber das Coniferin und seine Umwandlung in das aromatische Princip der Vanille”. Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft 7 (1): 608–623. doi:10.1002/cber.187400701193. 
  7. ^ Mark J. W. Dignuma, Josef Kerler & Rob Verpoortea (2001). “Vanilla production: Technological, chemical, and biosynthetic aspects”. Food Reviews International 17 (2). doi:10.1081/FRI-100000269. 
  8. ^ Improbable Research. “Winners of the Ig® Nobel Prize”. 2011年8月11日閲覧。

外部リンク

関連項目