上士幌駅
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上士幌駅 | |
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上士幌駅跡の交通公園(2011年8月14日) | |
かみしほろ Kami-Shihoro | |
◄北平和 (4.0 km) (5.1 km) 萩ヶ岡► | |
所在地 | 北海道河東郡上士幌町字上士幌 |
所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
所属路線 | 士幌線 |
キロ程 | 38.4 km(帯広起点) |
電報略号 | ミシ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面2線 |
開業年月日 | 1926年(大正15年)7月10日 |
廃止年月日 | 1987年(昭和62年)3月23日 |
備考 | 士幌線廃線に伴い廃駅 |
上士幌駅 | |
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かみしほろ Kami-Shihoro | |
◄中音更 (9.6 km) | |
所在地 | 北海道河東郡上士幌村 |
所属事業者 | 北海道拓殖鉄道 |
所属路線 | 拓殖鉄道線 |
キロ程 | 54.3 km(新得起点) |
駅構造 | 地上駅 |
開業年月日 | 1931年(昭和6年)11月15日 |
廃止年月日 | 1949年(昭和24年)8月31日 |
上士幌駅(かみしほろえき)は、かつて北海道河東郡上士幌町字上士幌に設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)士幌線の駅である。電報略号はミシ。事務管理コードは▲111408[1]。
歴史
- 1926年(大正15年)
- 1930年(昭和5年)3月31日 - 蒸気ロコモチーブクレーン設置[4]。
- 1931年(昭和6年)
- 1935年(昭和10年)11月26日 - 士幌線 当駅 - 清水谷間の開通により中間駅となる[5]。
- 1941年(昭和16年) - 王子製紙、木材流送廃止。馬車軌道廃止[3]。
- 1949年(昭和24年)8月31日 - 北海道拓殖鉄道 東瓜幕 - 当駅間運行停止。
- 1982年(昭和57年)11月15日 - 車扱貨物の取り扱いを廃止[2]。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取り扱いを廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)3月23日 - 士幌線の全線廃止に伴い、廃駅となる[2]。
駅名の由来
「士幌」の由来については「士幌川」を参照
駅の構造
2面2線の相対式ホームを有する列車行き違い可能駅で、側線を数多く有した。
駅周辺
- 北海道道418号上士幌停車場線
- 国道241号・国道273号
- 上士幌町役場
- 帯広警察署上士幌駐在所
- 上士幌郵便局
- 帯広信用金庫上士幌支店
- 上士幌町農業協同組合(JA上士幌町)
- 北海道上士幌高等学校
- 北海道拓殖バス上士幌営業所
- 十勝バス、北海道拓殖バス「上士幌2区」「上士幌3区」停留所
駅跡地
現状は「交通公園」[7]となっている。かつては客車が留置されていたが、老朽化により撤去されている。公園内には、2012年(平成24年)4月28日より交流施設が新設されている。
隣の駅
かつて存在した路線
- 北海道拓殖鉄道
- 北海道拓殖鉄道線(廃止)
- 中音更駅 - 上士幌駅
脚注
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、235頁。doi:10.11501/1873236 。2022年12月10日閲覧。
- ^ a b c d 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、889頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ a b c 上士幌町史 補追版 P408-409、王子製紙山林事業史 P105-109。 流送自体は明治25年の糠平上流国有林伐採事業から始まった。王子製紙の流送は大正5年からで、当時は音更川河口付近や木野に陸揚網場(網羽)を設けていたが、度々洪水の原因となっていたために周辺住民から敵視されていた。士幌線の工事が始まると大正11年(十勝郷土研究「トカプチ」第2号 P83では大正12年と推測)から上士幌に網場を設け、鉄道が開通するまで付近の土場へ貯木していた。
- ^ 『貨物積卸機械利用の栞』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ JR釧路支社「鉄道百年の歩み」平成13年12月発行。
- ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、137-138頁。ASIN B000J9RBUY。
- ^ 上士幌町交通公園 - 上士幌町