110丁目 (マンハッタン)
座標: 北緯40度47分57秒 西経73度57分17秒 / 北緯40.7993度 西経73.9546度
110丁目 (110th Street) はニューヨーク市マンハッタン区を走る通りである。この通りは一般にハーレムとセントラル・パークの境界として知られ、このセントラル・パークと接する区間はセントラル・パーク・ノース (Central Park North) とも呼ばれる。セントラル・パークより西の区間はカセドラル・パークウェイ (Cathedral Parkway) とも呼ばれる。
概要
[編集]110丁目は1番街とマディソン・アベニューの区間では東行きの一方通行であり、マディソン・アベニューから5番街の短い区間では西行きの一方通行である。5番街より西の区間では両方向通行となり、道幅もその東の区間よりも広くなっている。
110丁目と5番街の交差点(セントラル・パークの北東の角)は浅い円形劇場風のデューク・エリントン・サークル (en) となっており、デューク・エリントン像が建てられている。1997年の公表によると、この像は彫刻家のRobert Grahamによる作品で、高さ25フィート (7.6 m)、ミューズ — 9体の裸像カリアティード— がグランドピアノとデューク・エリントンを頭で支えているようになっている[1]。デューク・エリントン・サークル沿いには将来アフリカン・アート美術館 (en) が立地することになっている。
セントラル・パーク・ノースの区間には、数ブロック周りの新しい高級コンドミニアムとは著しく不釣り合いなリンカーン矯正施設が位置している。
110丁目とセントラル・パーク・ウエストおよびフレデリック・ダグラス・ブールバードとの交差点(セントラル・パークの北西の角)はフレデリック・ダグラス・サークル (en) となっている。
モーニングサイド・パーク (en) の南端は西110丁目のマンハッタン・アベニュー (en) とモーニングサイド・ドライブ (en) の間の区間と接している[2]。
セント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂の中庭の南端は西110丁目と接しており、この区間を含むモーニングサイド・ドライブからアムステルダム・アベニューの間はカセドラル・パークウェイと呼ばれている。110丁目の西端はリバーサイド・パーク (en) 手前のリバーサイド・ドライブ (en) である。
5番街より東の96丁目 (en) 、モーニングサイド・パークより西の125丁目、およびその間の区間の110丁目はマンハッタン内の住人の貧富、階級、人種を分ける境界線であったが、近年ではこれより北のエリアでも高級化現象が進んでいる。
セントラルパーク・ノース
[編集]- サド・ジョーンズ / メル・ルイス・ジャズ・オーケストラのアルバムについては「セントラル・パーク・ノース」をご覧ください。
セントラルパーク・ノースは西110丁目のセントラルパークの北端に接する区間である。この区間の西端はセントラルパーク・ウエスト、東端は5番街(セントラルパーク・イーストと呼ばれることもある)である。
セントラルパーク・ノースは、レノックス・アベニュー (en, マルコムXブールバード) およびアダム・クレイトン・パウエル・ジュニア・ブールバード(7番街)の南端となっている。
21世紀の最初の10年間で、セントラルパークの眺めを売りにした不動産開発が大規模に行われた。2003年、マンハッタンを拠点とするデベロッパーAthenaはこの通り沿いの不動産物件を買収した[3][4][5]。そのビルには「セントラルパーク・サウスのおよそ半値でセントラルパーク沿いに住める、ニューヨーカーのためのチャンス」の売り文句がつけられた[6]。セントラルパーク・ノース沿いの生まれ変わったハーレムは、マーシャ・ゲイ・ハーデン、en:Maya Angelouやカリーム・アブドゥル=ジャバーのようなセレブたちを惹きつけた[7]。新しく竣工したそのビルは20階建てで、48の居住ユニット、9,500の1階の小売りスペース、および48の駐車スペースを備え、各ユニットにはセントラルパークの眺め付きであった[8]。
有名な住人
[編集]ジョージ・ガーシュウィンは110丁目とアムステルダム・アベニューの北西の交差点のアパートに住んでいた。この場所で、有名なラプソディ・イン・ブルーは生み出された。また、アーサー・ミラーが子供時代にそこに住んでいた。
ランドマーク
[編集]- en:Ramath Orah
- アフリカン・アート美術館 (en)(建設中)
- デューク・エリントン・サークル (en)
- en:Avalon Morningside Park
- en:Towers on the Park Condominium
- フレデリック・ダグラス・サークル (en)
- セント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
交通機関
[編集]かつて存在した高架IRT9番街線の110丁目駅 (en) は、その高架の高さから有名な飛び降り自殺スポットであった[9]。
現在、ニューヨーク市地下鉄の駅が4駅110丁目沿いに位置している:
- IRTブロードウェイ-7番街線1系統:カテドラル・パークウェイ-110丁目駅 - ブロードウェイとの交差点
- IND8番街線A, B, C系統:カテドラル・パークウェイ-110丁目駅 - セントラルパーク・ウエストとの交差点
- IRTレノックス・アベニュー線2, 3系統:セントラル・パーク・ノース-110丁目駅 - レノックス・アベニュー (en) との交差点
- IRTレキシントン・アベニュー線2, 6, <6>系統:110丁目駅 - レキシントン・アベニューとの交差点
110丁目を走るMTAバスは、M2、M3、およびM4路線である。
ポピュラーカルチャーにおける110丁目
[編集]- この通りは、ボビー・ウーマックの曲"Across 110th Street"や1972年の同名の映画en:Across 110th Street(ヤフェット・コットーおよびアンソニー・クイン主演)でも知られている。この曲は、1997年の映画ジャッキー・ブラウンおよび2007年の映画アメリカン・ギャングスター、ゲームのen:True Crime: New York City、そしてTV番組en:How to Make It in AmericaのS2 E3のエンディングにも用いられている。
- サド・ジョーンズ / メル・ルイス・ジャズ・オーケストラは、まさにこの通りの別名であるセントラル・パーク・ノースというジャズアルバムを1969年にリリースしている。
- 映画ダイ・ハード3では、黒人キャラクターのZeus Carverはジョン・マクレーンに110丁目を越えるまではテロリスト犯Simon Gruberのことで頭を煩わせる必要がないことを告げている。
- 2005年の映画en:Carlito's Way: Rise to Powerで、この通りはニューヨークの他のランドマークとともに、Hollywood Nicky(ショーン・コムズ)、Artie Bottolota(バート・ヤング)率いるマフィア・ファミリー、およびCarlitoの一味の縄張りの境界線となっている。
- プロレスのタッグチームであるハーレム・ヒートのホームタウンとなっていた。
- ジョージ・ガーシュウィンはラプソディ・イン・ブルーを彼と彼の兄弟のIraが1924年から1929年まで住んでいた501 West 110th Streetで書き上げた。
- ジェイムズ・ボールドウィンによる短編小説en:Sonny's Bluesでは、Sonnyが110丁目を越えていくシーンがある。
参考文献
[編集]- 脚注
- ^ Duke Ellington Memorial Dedicated in Harlem, artnet. Accessed September 16, 2007.
- ^ Morningside Park, en:New York City Department of Parks and Recreation. Accessed August 3, 2008.
- ^ Gross, Max (June 14, 2007). “Across 110th–Central Park North Is Breaking Real-Estate Records”. New York Post 2009年11月2日閲覧。
- ^ Taylor, Candace (July 10, 2008). “Gourmet Market's Opening Signals Shift in East Harlem”. The New York Sun 2009年11月2日閲覧。
- ^ Padalka, Alex; Stabile, Tom (February 2007). “Keeping Up with the New York Region’s Leading Developers”. New York Construction 2009年11月2日閲覧。
- ^ Keil, Braden (July 16, 2004). “Harlem High-Rise Planned”. Wired New York 2009年11月2日閲覧。
- ^ Schoeneman, Deborah (May 21, 2005). “Above It All–Central Park North always had great views—and few takers. But the secret is finally getting out.”. New York 2009年11月3日閲覧。
- ^ Stoler, Michael (December 4, 2006). “The Tale of Three Harlems”. The New York Sun 2009年11月2日閲覧。
- ^ 1927年のThe New York Timesの記事: "the number of suicides from the 110th Street Station of the Sixth Avenue elevated is ruining the business of the merchants with shops below, according to [the merchants].... According to [a spokesperson] there were eleven suicides from that station in the past year, and the effect has been such that potential customers prefer to walk a little farther rather than risk seeing a person hurtle from above."
- 文献
- Douglas, George H. (2004): Skyscrapers: A Social History of the Very Tall Building in America. McFarland & Company, ISBN 0-7864-2030-8. (110th St station popular for suicides: p. 170).
- "Merchants Complain Suicides Hurt Business; Seek Way to Guard 110th St. Elevated Station" - New York Times, January 31, 1927, p. 19
- "Mixed-Income High Rise Takes Condominium Form" - New York Times, June 30, 1985[1]
- "A Housing Renaissance Sweeps Central Harlem" - New York Times, August 27, 1989 [2]
- "In Frederick Douglass Tribute, Slave Folklore and Fact Collide" - New York Times, January 23, 2007 [3]
外部リンク
[編集]- 501 West 110 Street Tenants Association
- Duke Ellington Statue: [4]