須賀神社 (小城市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
須賀神社
拝殿
拝殿
所在地 佐賀県小城市小城町松尾3594
位置 北緯33度18分9.79秒
東経130度12分18.05秒
座標: 北緯33度18分9.79秒 東経130度12分18.05秒
主祭神 健速須佐之男大神櫛稲田姫大神
社格 県社
創建 延歴22年(803年
別名 祇園さん
例祭 7月第4日曜及び前夜
主な神事 小城山挽祗園
地図
須賀神社の位置(佐賀県内)
須賀神社
須賀神社
テンプレートを表示

須賀神社(すがじんじゃ)は、佐賀県小城市小城町松尾にある神社旧社格県社

祇園川の北側にある、千葉氏の山城・千葉城(別名・牛頭城)が置かれていた小山(城山)に鎮座する。麓にある一の鳥居と神門を潜ると急峻な山肌を一直線に上る153段の石段が参道として本殿までをつなぐ。なお石段の途中に肥前鳥居の二の鳥居がある。拝殿には天井絵が残り、その奥、石垣上に本殿がある。

歴史[編集]

古くは祇園社と称しており、社伝によれば延歴22年に創建され当初は「清祠」と称し佐賀・小城・杵島3郡の宗廟として栄えたとされる。後に地頭職にあった千葉胤貞が九州下向の際に、当社のある城山に城を構え、また京都祇園社(現八坂神社)の御分霊を勧請し神体の木像を納め、千葉氏の守護神としたとされる。

戦国期には龍造寺隆信が社地・社領を寄進し、1590年(天正18年)には鍋島直茂が神殿を修復、翌19年にはさらに拝殿を再建したが、1828年(文政11年)に火災により焼失している。1876年(明治9年)廃仏毀釈により社号が「祇園社」から「須賀社」に改称された。

祇園会[編集]

山挽き祇園の挽き山。桜城館に展示されている10分の9サイズの複製。

旧暦1月15日の花紫祇園、6月15日の団扇祇園、8月15日の柿祇園があり、特に団扇祇園の山車曳きは千葉胤貞が軍事訓練の一環として始めたと言われ、後の小城藩も祭りを受け継いだ[1]。小城藩主鍋島元茂公年譜には藩士たちも多く参加していたことが残る。前夜祭の横町による浮立奉納から始まり、翌日に上町、中町、下町の3台の山車が巡行する[2]。かつては能や田楽などもあり「見事見るには博多の祇園、人間見るには小城の祇園」[3]と呼ばれるほどであった。1843年(天保14年)に鍋島直正による倹約令により一時山車挽きは中止されたが明治に入って再開されている。

その他[編集]

男はつらいよ ぼくの伯父さん」(1989年)「ソフトボーイ」(2010年)で特徴的な参道の石段が撮影場所として使用された。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 『角川日本地名大辞典 41 佐賀県』 角川日本地名大辞典編纂委員会、角川書店、1991年9月1日
  • 現地案内看板

外部リンク[編集]